37.野暮ですよ
「さあ、立ち話もなんだから、お茶でもしましょう」
その言葉で一同がティールームに移動すると、そこにはすでに4人分の席が用意されていた。
そのうちの一つに座ろうとしたのだけど、ユリウスさんが手を離してくれない。
(……ダメですよ?ご両親の前で膝抱っこなんて、絶対ダメですからね!?恥ずか死んでしまうっ!!)
なんて小さく首を振りながら心の中で叫ぶと、まるで心の声が届いたかのように、ユリウスさんは仕方ないといった表情で手を離してくれた。
そしてユリウスさんに椅子を引かれて一人で着席して、ほっと一安心。なんて気を抜いていると…
「…あら、ユリウスの膝には座らないのかしら?」
「ぅぐッ!!」
紅茶!変なとこ入った!!
ゲホゲホと激しく噎せる私に、すかさずアグネスさんがナプキンを渡して、背中をさすってくれた。
「人が多くて、今日は恥ずかしいようです」
「あら、それは残念ね」
夫人知ってたの!?そんな事まで報告がいっていた事に衝撃が走る。
そしてそれが普通かのような会話に混乱が隠せない。
(え…膝抱っこって、貴族社会では普通の事…!?あれ?確かユリウスさん、小さい子と大切な人にするとか言ってたの…本当に!?)
ついアグネスさんの顔を見るけど、その意味を理解したアグネスさんは静かに首を横に振ったので、けして貴族の常識ではなさそうだ。良か…良かったのか…!?
「あれは、二人っきりの時だけの『特別』のようです。ね、リコ」
「か…勘弁してください……」
息も絶え絶えに、真っ赤な顔を手で押さえて伝えると、ユリウスさんも夫人も似たような顔でクスクス笑っていた。
なお公爵は私をじーっと見てた。眼力こわい。
「――ところで、婚約式はいつ頃にするのかしら?」
「…こん…?」
コンヤクシキ。婚約式?誰のだろうか?
私が首を傾げユリウスさんの方を向くと、何故かユリウスさんは夫人に、人差し指を口の前で立ててシーッのポーズをしていて…
「…………貴方、まさか…ッ!?」
「母上、野暮ですよ」
「野暮とかそういう問題じゃありません!ちょっとこちらへ来なさい!!!」
お怒りの夫人に連れられて、ユリウスさんは部屋の外に行ってしまった。
何があったのかわからないけれど、公爵と二人で残された私も少し気まずい…!
「――…ユリウスは……」
「ひゃいッ!」
公爵に突如話しかけられ、変な声と共に肩がビクッとしてしまった。
その様子を見て、公爵は怒るでもなく、少しだけ声を和らげてくれた。
「…ユリウスは、貴女に良くしているだろうか?」
公爵の視線は手元の紅茶に落とされていた。
「ユリウスは、少し…冷めたところがある奴だが、悪い人間ではないんだ」
先ほど玄関ホールで見た堂々たる態度が嘘のように、少しだけ自信なさそうに、自分の子供を心配する『ただの父親』がそこに居た。
そして、夫人と同じように「悪い人ではない」とフォローする姿が、少し可愛く感じてしまった。
だから私は…
「…ユリウスさんはとても優しい方ですよ。私が不安で泣いている時も、傍に寄り添って慰めてくれました。ユリウスさんがいてくれたから、私はこの世界で生きていく勇気がもらえたんです。
それに、私が怪我した時もすごく心配もしてくれて、どちらかというと少し心配しすぎな気もしますが、……とにかく、冷たいだなんて一度も感じた事ありません!
とても素敵なご子息だと思います!!」
公爵相手につい熱弁してしまった。
先ほどまで怯えていた人間が急にハキハキ喋り出したからか、公爵はその切れ長の目をパチクリさせた後、
「…そうか……」
と少しだけ口元を緩めて笑った。
「…何か困った事があれば、遠慮なく言うといい」
「ありがとうございます…」
何だか先ほどより公爵が怖くない。前のめり気味になっていた姿勢を正して、もう一度紅茶を口に含み…
「可愛い子ね…。…あらユリウス、照れているの?珍しい」
「ほっといてください…!」
「げふんッ!!!?」
ドアの陰からそっと覗く二人の姿に気づいて、もう一度派手に噎せたのだった。
覗き見を注意すべきか悩み中の執事長。




