34.怪しいものではないよ
その訪問者は突然現れた。
「やぁ、初めまして。君がリコ・カワスミヤケだね」
(カワス……なんて…?)
借りている部屋にやってきた謎のおじさんは、ニコニコと笑いながらベッド横の椅子に腰掛ける。
私の世話をしてくれていた侍女たちが少し焦っているので、お偉いさんなのかもしれない。
「僕はベン。怪しいものではないよ。よろしくね」
「はぁ…リコです」
護衛が動かないので、不審者ではないのだろう。
ベッドの上で姿勢を正して挨拶をする。
右足以外の包帯はすでに取れていて、ベッドにいる必要はないのだけど、ユリウスさんや侍女がなかなか出歩かせてくれなかった。
「…今回の件は、大変だったね」
私の腕に貼られた傷テープに金色の目を向け、おじさんがポツリと呟く。
魔物の森へ置き去り事件の事を言っているのだろう。
「…君は、この国を憎むかい?」
「……憎む?」
急に物騒な事聞かれたな…。
「事件の首謀者は裁かれたけど、君は聖女召喚に巻き込まれて、こんな仕打ちを受けたんだ。国に対して恨み言が蓄積していてもおかしくはない、と、僕は思うんだよ」
そう言って敢えて語尾を明るく上げるおじさんの言葉に、少しだけ深く考える。
「……でも、この国は誠意をみせてくれました」
力も何もないおまけの私なんて、それこそ初日から魔物の森に捨て置かれても、最悪殺されてもおかしくなかったのに、この国はこうして手厚く保護してくれた。
「この国の方針のお陰で、私はアシュフォード公爵家で、温かく迎え入れてもらってます。なに不自由なく暮らせています」
ユリウスさんが保護を「当然の権利」だと言いきったのも、この国がそれを常識として、しっかり方針を固めてくれていたからだろう。
「確かに、強制的に召喚されてあちらの世界にも帰れないなんて理不尽だと思いましたが、……あの日、初めて見た魔物はとても恐ろしくて、本当に死んでしまうかと思いました。
この国の人たちは、この恐怖と暮らしているのだと思ったら、召喚してまで聖女を求めた意味もわかります」
そして無理やり連れてきてしまった聖女には、せめて最高の待遇を。
逆ハーな協力者制度はやりすぎだと思うけど、イケメンに惚れさせてこの国に留まらせるってのは、国を守るための手段として決して悪いことではないだろう。
強制的に働かせる事も出来ただろうに、あくまで心を動かすための制度なのだから。
「…魔物の森に置き去りにされた事は怖かったですが、あれは個人が起こした凶行ですし、個人の感情や行動まで全て国が管理出来るとは思ってません」
真意を探るように、金色の瞳がこちらをじっと見つめる。
「攫われて、すぐに騎士団を派遣してくれたとも聞きました。私はこの国から、ちゃんと誠意を受け取ってます。幸せに暮らしています。だから…」
届きはしないけれど、そっと左手を伸ばす。その手の先には、迷子になった子供のように、どこか不安そうな表情を浮かべる――
「そんな悲しそうな顔しないでください、王様」
「…気づいてたのかい」
「えっと…テオドール様やシルヴァン様にそっくりですね」
それから、優しい目元がユリウスさんによく似ています。
そう告げるとおじさん改め王様は、少し恥ずかしそうに頬を指で掻き、大きくため息を吐いた。
「あーーー、カッコ悪いね、僕。恨まれてるんじゃないかって探りに来て、正体モロバレだったなんてはっずかしー!」
「あ、でも本心なので!別に気を使ったりもしてませんから!!」
王族二人に似てるし、情報に詳しいから王様かなって推理したけど、両手で顔を覆って恥ずかしそうに身を捩るおじさんが本当に王様なのか、なんだか疑いたくなってきた。
「………君は、本当に幸せ?」
「はい」
「…そう、それを聞けて良かった」
そう優しく笑ったあと、姿勢を正し表情を引き締めると、王様の持っていた空気が一気に変わった。
「――では改めて、ヴィーネ王国国王ヴェネディクトだ。
聖女の妹リコよ、これからも我がヴィーネ王国に留まり、その清らかな心を待って繁栄に力を貸してくれ」
イケオジだけど50代が身を捩る姿は見たくない。




