30.ユリウス⑦
目覚めたリコをもう一度医師に診察してもらい、異常が無いことを確認して、静かに部屋のドアを閉めて廊下へと出る。
疲れているのか再び眠りについたリコの側には、王城の侍女が控えているので問題はないだろう。
誰もいない静かな廊下に一人佇むと、堰を切ったように安堵が押し寄せてきた。
(…間に合って、良かった……ッ)
魔物に襲われるリコの姿を思い出し、今更ながら手が震える。
(トウコがいたおかげだ。もし彼女が居なければ、今頃………)
もし、あと数秒到着が遅れていたら。
最悪な結果を想像して、爪が食い込むほど手を強く握りしめる。
自分だけでは守れなかった。間に合わなかった。不甲斐ない自身に対しての悔しさが胸の中に広がる。
(もっと、リコを守れるように、力を、権力を……)
――例え彼女が嫌がっても、逃げ場を塞ぐような強引なやり方であっても、守られるべき座に据えてしまおう。
リコの気持ちは不可抗力で暴いてしまったけれど、自己評価が低い彼女のことだ。正式な婚約の話を持ち出せば、僕との身分差や立場を気にして固辞するのだろう。
(何とか口説き落とすか…。でも、その前に僕が耐えきれずに手を出してしまいそうだな…)
赤く染まる頬、蕩けて潤む瞳、小さくこぼれる甘い声。もしここが公爵家で、リコの体調が万全だったなら、最後まで止められなかったかもしれない。
そんな邪な考えに、大きくため息を吐いて、これではダメだと頭を冷やすように大きく首を振った。
(…その前にやるべき事がある。気持ちを切り替えよう)
◇
「…遅かったわね。リコの容態は?」
入室してすぐにトウコが声を掛けてくる。リコが目覚めたという連絡はいっている筈だが、どうしても自分の目で見るまでは落ち着かないのだろう。
「問題はないよ。医師にも見せて、今は疲れて眠っている」
「そう…。……無体な事してないでしょうね?」
「リコが嫌がる事は何一つとして」
…恥ずかしがってはいたけれど。心の中でそう付け足すと、トウコは胡散臭そうな目でこちらを睨んできた。相変わらず勘の鋭い人だ。
「…莉子はまだ19よ?」
「リコの世界でもこちらの世界でも、すでに成人だと認識してるけど?」
僕がニッコリと微笑むと、トウコはその整った顔を露骨に歪ませた。
19歳ならばこちらの世界では結婚していてもおかしくない年齢だが、トウコとしてはまだまだ守るべき子供だと言いたいのだろう。随分と過保護なガーディアンである。
「トウコ、その話は今はいいだろう」
見兼ねたテオドールが呆れ顔で間に入ると、トウコは不満気に眉を寄せた。
「……まぁ、仕方ないわね。今は置いときましょう。今は!
…そろそろ時間かしら」
「あぁ、行こう。手筈はすべて整っている」
テオドールがトウコの手を取って自然とエスコートをする。
それが彼女の勝負服なのか、いつもより一層豪華なドレスを纏ったトウコのハイヒールは、歩くたびにカツカツと攻撃的な音を響かせていた。
◇
通されたのは、王城の奥深くにある非公式の小審議室。
室内には数名の騎士に見張られ、青ざめた顔で床にしゃがみ込む宰相・グリムワルド侯爵と、抵抗しないよう手錠をはめられ、顔を歪ませる娘のヴェロニカがいた。
ヴェロニカは僕の姿に気づくと、置かれた状況を理解していないのか嬉しそうな表情を浮かべた。
「あぁ、ユリウス様…!助けにきてくださったのですね!わたくしは何も悪い事などしてませんのに、このような酷い仕打ちを……」
悪びれる様子もなく、自身が犯した罪にさえ本当に気づいていない。
僕が底冷えするような視線を向けると、侯爵は絶望に表情を歪め、凄まじい剣幕で娘を怒鳴りつけた。
「黙らんか、ヴェロニカッ……!!」
そこへ、更なる威圧感を伴って国王陛下が姿を現す。
「――静粛に」
陛下の重い一言で、室内の空気が凍りついた。
(――さぁ、愚か者の断罪の時間だ)
なお、国王は禿げでも狸腹でもない。




