2.だって私には何も無い
――いわく、この世界には魔素があり、魔素から魔物が生まれ人々の生活を脅かしていた。
そして、その魔素を浄化するためには、強い聖属性者が持つ浄化のスキルが必要で、その力を持つものを聖女と呼んでいた。
この世界の中でも浄化のスキルを持つ者は僅かに生まれるが、長らく生まれない場合には異世界から聖女を召喚していた。
「…先代の聖女が半年前に死去し、やむを得ず今回の召喚が行われた」
「魔素を浄化できず、増え続ける魔物の退治も行ってはいますが、もはや追いついていない状態です」
王子の説明に、後ろに控えた魔法使い達が補足を入れていく。
「そんな…事、言われても……」
「この世界の問題であって、貴女には何も関係がないことはわかっている。
しかしどうか力を貸して貰えないだろうか」
「で、でも…私…浄化なんて知らないし……」
真摯な態度で頼み込む王子や魔法使いたちに、透子さんは先程の勢いも忘れて、ただただ戸惑った様子だった。
(……これから、どうなっちゃうんだろ…)
話題が聖女の力に移り、視線を紅茶へ落とす。
王子も魔法使いたちも悪い人には見えない。
きっと聖女である透子さんは手厚く保護されるのだろう。
(でも、何の力も無い私は?帰ることも出来ないのに、どうすればいいの?)
胸にぽっかりと穴が空いたようだった。
急に生まれ育った世界から切り離された寂しさもあるが、それ以上に未知に対する恐怖が大きい。
(テンプレで言ったら、私は魔物とかが出る森に捨てられる展開になったりして……)
そこでレアスキルを駆使して幸せになっていくのが王道ストーリーだろう。
しかし、鑑定によると自分はスキル無し。
試しに小声で「ステータスオープン」なんて呟いてみたけど、なにも起こらなかった。
(もしくは町に降りて一人の力で生活していく方?
でも私、生活能力もろくにないし、体力も無いし不器用だから、生きていく自信ない…)
大好きな物語と重ねてみても、想像する未来が暗すぎて、徐々に自分の顔色が悪くなっていくのを感じた。
少し吐きそうになり口を手で覆うと、今まで会話に最低限しか加わっていなかったユリウスさんが声をかけてきた。
「随分と顔色が悪いね…。少し別室で横になるかい?」
「だ、…大丈夫です…!」
モブの言動に注目されていた事に驚きつつも、メイドに合図を送ろうとした彼の手を慌てて止める。
「全くもって問題ないですっ!お気になさらず!!」
「無理しなくて良いんだよ。話はもうまとまりそうだし、しばらく休憩していても…」
「あ、あの、体調が悪いわけじゃなくて、その…私の今後について、ちょっと…不安に…なっただけで……」
体調はバッチリです、と握りこぶしを作りたかったが、自分の言葉で再び活力を失った手は、力なくテーブルの上へ降りていった。
(…不安…どうしようもなく不安なんだ…。怖い、怖いよ…!
だって私には何も無い。スキルも知恵も体力も美貌も器用さも、何もかも無い。
こんなんで、物語のヒロインみたいに幸せになれるわけがない…ッ!!!)
水の膜が張った目を見られたくなくて、咄嗟にうつむいた。
大好きな小説やアニメみたいだと思った。でもきっと、私の現実はもっと厳しいのだろう。
怖がってる事なんて知られたくないのに、私の意思に反して、テーブルの上の拳が小さく震えた。
「…心配しないで」
優しい声と共に、ガタリとイスが動く音が聞こえた。
すぐ側に人の気配を感じたと思ったら、片手が大きな男性の手に包み込まれて、衝撃で涙が引っ込んだ。
「貴女は僕が…」
そう、心配そうに低く囁かれた声に…
「――もちろんあの子の待遇も!!」
透子さんの声が被った。
それに驚いて顔をあげると、やはり私の手を握っていたのはユリウスさんだったが、それを気にしてる場合じゃない。
「勝手に呼び出したのはそっちなんだから、聖女とか聖女じゃないとか関係無しに丁重に扱いなさい!
粗雑な真似したらボイコットしてやるんだから!!」
「へっ?」
透子さんから指を指され、みんなの視線が一気に私に集まる。
戸惑っていると、王子がこちらを見て頷いていた。
「無論。そちらのリコ殿もユリウスに支援を頼んでいる」
「はい、アシュフォード家にて心を尽くしてお迎え致します」
「へっ!?」
思いもよらない決定事項にユリウスさんの顔を見上げると、その目が温かな黄みの橙色な事に気づき、
(はちみつみたいな色してるんだな…)
なんて場違いに思ってしまった。
いいぞ、聖女!被せていけぇ!!




