26.例えモブだって
ハッハッと浅い呼吸を繰り返していると、殴られた後頭部と右足がズキズキと痛みだした。
そっと手で頭の後ろを触れると、髪に血がついて固まったような感触があった。
「う…わ……」
殴って森に捨てられるくらいに恨まれていたのか。その事実に呆然とする。
(……結局、捨てられた……)
スキルもなにも無いモブの私は、結局誰かの邪魔になって捨てられた。
(助けも、来ないかもしれない…)
だってモブだから。物語の重要人物なんかじゃないから。
(ピンチの時に、能力が目覚めるとか、精霊に助けられるとか、そんな都合のいい事も起こらない…)
このままひっそりと死ぬのかもしれない。だって、
(だって…私は…この世界に必要のないモブだから…!!)
瞬きと共に溢れた涙が頬を濡らす。
――怖い、怖い、怖い、痛い、悔しい、……淋しい…ッ!!
(このまま私は、一人ぼっちで消えるの…ッ!?)
「っふ…ッ、ぐ…ぅ…!!」
抑えきれずにこぼれ出た声を、ブラウスの袖に染み込ませる。
嗚咽に堪えように肩を抱きしめると、……胸元でチャリ、と小さな音が聞こえた。
は…と息を溢し、震える指を伸ばすと、小さな琥珀が指先に触れる。
熱を持たないはずのそれは、私の冷たい指に当たると、ほのかな温かさを感じた。
「……こ、れは……」
見えなくてもわかる。温かなはちみつ色の石。
――ここで何不自由なく健やかに暮らせること。それが君の権利なんだから。
不意に彼の言葉を思い出される。
「…ユ、リウ…さ……」
ーー君がアシュフォード家に来てくれて嬉しいよ。
落ち込む私を、抱きしめてくれた。撫でてくれた。キスをしてくれた。
ーーリコ、ここにいて。
この世界にいて良いのだと、教えてくれた。
「ユリ、ウスさん…」
――それなら僕はずっと君を甘やかせるね。
(ああ…、ああ……!)
彼の言葉を思い出すと、冷え切って小さくなっていた心が、温かなもので満たされる。
優しく撫でてくれる、その大きな手に頬ずりをしたい。
優しくて甘い、そのはちみつ色の瞳を間近で見ていたい。
照れた時に赤らむその耳に、そっと触れてみたい。
止めどなく溢れる感情に、熱い涙がポロポロとこぼれ落ちた。
(―――貴方が、好き……)
彼にそんなつもりは無いのかもしれない。
ペット枠で可愛がられてるだけでも良い。ただの義務感での優しさでも良い。
身の程知らずでも、分不相応でも、泥棒猫の庶民でも、なんて言われたって構わない。
(私が…、私がユリウスさんを好きだという気持ちは、紛れもない本物だから…!!)
まだ、彼に好きだと伝えてもいないのに、モブだからこんな扱いを受けても仕方ない?大人しく死ぬしかない?
(…そんな事、ない…!)
誰かの成長の下地になる、ナレ死なんてクソくらえだ。
(…諦めない。絶対に、生きて帰る…!!)
長い木の枝を拾い、杖にしながらゆっくりと立ち上がる。足は痛むけれど、動かせないほどではない。
(生きて、ユリウスさんに伝えるんだ…!
例えモブだって……ううん、違う)
勇気を分けてもらうように、ネックレスをもう一度握りしめた。
(モブなんかじゃない。私は、私の人生の主役だから…!!)
動くのに適していない優美なマーメイドスカートは、護身用ナイフでスリットを入れて歩きやすくする。
どこに向かえば良いのかは分からないけど、とりあえず遠吠えと反対方向を目指そう。
右手に木の棒、左手に護身用ナイフを持ちながら、ゆっくりと足を踏み出した。
(痛い…けど、歩ける…!!)
1歩ずつでも進もう。ユリウスさんならきっと助けに来てくれるから…!
――万が一はぐれてしまった時は、心の中で強く僕の事を呼んで。
唐突にその言葉を思い出した。ネックレスを買ってもらった街歩きの時に、教えて貰ったおまじないだ。
(心の中で…強く…ユリウスさんを……?)
心の声なので呼吸は関係ないけど、少しあがった息を整えて、目を瞑る。ネックレスに意識を集中させた。
(―――っユリウスさんんんんんッ!!!イケメンが!過ぎるので!!手加減してくださいいいいいッ!!!!)
心で全力で叫んで目をそっと開ける。
…これで良いのだろうか。
何故それで良いと思ってしまった…!?




