20.誰よりも、大好きな
ユリウスさんの言葉の通り、ドロセアさんは大きな木の洞の中で、膝を抱えるようにして小さくしゃがみ込んでいた。
足音にハッとして顔をあげ、私の姿を捉えると、まるで威嚇する子猫のように声を張り上げる。
「――ショミンが何の用ですのっ!?不愉快ですわ、あなたなんてどこかへ行ってしまいなさい!」
「あの、私は…」
「…それともっ」
ぎゅっと力が込められたのか、ドロセアさんが握りしめたベビーピンクのドレスに深いシワが寄る。
「……ショミン、ごときが…わたくしを…笑いにきたのかしら…!?」
強がりも虚しく、震えた声が急速に小さくなっていく。
「…ユリウスお兄様に相手にされていないことなんて、わたくしが一番知ってますわ…。
……それでも、ユリウスお兄様と結婚するのは、わたくしですもの…。そうなるべきだって、お父様も、お母様も仰っていたもの…!!」
「……私、ドロセアさんとお話がしたくて、ここに来たんです」
私がかがみ込み、目線を合わせてそう告げると、ドロセアさんは睫毛を揺らしてこちらを見つめた。
「…ドロセアさんの、本当の気持ちが知りたくて。
ドロセアさんは、この結婚の話どう思ってますか?」
「わ、たくしは……」
ドロセアさんはぐっと唇を噛み締めていたが、やがて絞り出すように声を吐き出す。
「…っわたくしは、お兄様の事をお慕いしておりますもの。もちろん喜ばしい事ですわ!
昔からとても優しくて、博識で、素敵なお兄様ですもの!」
恋心を語っているはずなのに、何かに耐えるような、悲しみを帯びた声。
「きょ、今日は断られましたけど、以前はよくお膝に乗せてくださいましたの!小さなレディだと、よくエスコートしてくださったのですわ!」
(ああ、…この『お兄様』は…)
「そ、それから、ひまわりのような瞳も…濡羽色の髪も、全部独り占めしたいくらいに…」
(ドロセアさんが好きなお兄様は、ユリウスさんじゃない…)
「誰よりも、大好きなお兄様なのです…ッ!!」
(ニコラスさんだ…)
誤魔化す事も出来ずに、思い描いてしまった好きな人の姿。
溢れ出す恋心に、ドロセアさんの大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「なのに、なんでぇ…!!ニコラスお兄様じゃないの…っ!」
思わずこぼした幼い本音に、私はその小さな身体をそっと抱きしめた。
冷えていた小さな手が、すがりつくように私の服の袖を掴んでくる。
「嫌ぁ…っ!!お父様もお母様も、ニコラスお兄様じゃダメだって…っ!」
「…ずっと一人で、耐えていたんですね」
「いっそのこと、全く知らない方なら諦めもつきましたのに…、好きな人のお兄様に嫁げだなんて…!!」
「…辛かったですね」
(それでもドロセアさんは、自分の恋心に蓋をして、両親の期待に応えようとしていた。
こんなに小さい体で、すごい…本当にすごいよ…)
「うわぁぁぁん!!」
声を上げて泣きじゃくる小さな肩を、私はただ撫で続けた。
◇
しばらくして、目を真っ赤に腫らしたドロセアさんの涙がようやく収まった。
スンスンと鼻を鳴らしているものの、落ち着きを取り戻したようだ。
抱きしめていたときの名残で、未だに私のブラウスをちいさな手でぎゅっと握りしめている。
(恋心を抑えて嫁ぐ…。貴族としては、それが正しいのかもしれないけど…。
……これは完全に私の個人的な意見だけど、言ってしまおう…!)
小さな肩をぽんぽんと叩きながら、私はひとつ深呼吸をして言った。
「――私は貴族ではないので政略結婚なんてよく分かりませんが、言わせてください。
…いくら優良物件だからって20歳近く離れている人に、本人の気持ちを無視して嫁がせようとするなんて、クソだと思います!!」
ドロセアさんのご両親、すみません。可憐なお嬢様に汚い言葉を聞かせました。
だって私、身の程知らずの庶民だから、仕方ないよね!
「…く、そ…??」
こんな言葉はじめて…!!




