17.本気にしてくれて良いのに
(最近、ユリウスさんの距離感がすごく近い…)
執事に渡された郵便物に軽く目を通したユリウスさんは、そのまま何かを指示して返却する。
そして何事もなかったかのように、私の隣のイスに座り直した。
「今のは手紙ですか?なんだかたくさんありましたね…」
「あぁ、晩餐会の誘いとか、展覧会への誘いとかだね。全部断るよ」
「え、あれだけの量を断って大丈夫なんですか?」
「下心が透けて見える場に、わざわざ行ってやる必要はないからね」
下心?ユリウスさんと仲良くしたい、とかだろうか。
僅かに首を傾げると、ユリウスさんはクスリと笑った。
「『当日は娘を紹介したい』だ、そうだよ。
聖女様のお陰で婚約者選びが解禁になったからね」
「婚約…!!」
そうだ。協力者の意味が見直されたなら、ユリウスさんが誰かと結婚してもおかしくないのだ。
公爵家の跡取りで、優しいイケメン…、それは誘いの手紙も殺到するだろう…!
「今までのようにほっといて欲しいんだけどね」
断っているということは、今のところは婚約する気はないのだろう。
なぜか少しだけホッとした。
「…モテるのも大変なんですね…」
多分私が一生経験することのない悩みだ。
「……リコが助けてくれる?」
「え?」
私に出来る事があるのだろうか、紅茶から顔をあげて、目をパチクリさせながらユリウスさんの方を向く。
「…リコが僕と婚約してくれたら、ああいった誘いも無くなると思うんだけど」
クイと顎を持ち上げられ、はちみつ色の蕩けた瞳が私を捉える。顔が熱くなるのを感じた。
「な、に…を…ご冗談を……」
真っ赤になりながら何とかそれだけ伝えると、ユリウスさんはふっと笑ってテーブルから小ぶりのマカロンを取り、私の唇に押し付けた。
「本気にしてくれて良いのに」
甘い。口に入れたマカロンも、ユリウスさんの視線もとても甘い…!!!
(やっぱり距離が近くなってるぅぅ…!!)
◇
あのワイン誤飲事件の次の日から突如として始まった、ユリウスさんとの1日1回開催のティータイム。
その本日分が終了し、侍女のアグネスさんとともにふらふらと庭に出る。
(さすがに膝に抱っこされることはないけど、毎日当たり前のように、あーんで食べさせられる…!)
私の口の端についていたスコーンのジャムを、ユリウスさんが指で拭い舐めた日には、フリーズした頭が夜まで直らなかったものだ。
(いくらペット枠とはいえ、年頃の娘なんです…。ユリウスさんにそんな気が無いとはいえ、このままじゃ私が恥ずか死んでしまう…!!)
庭師のおじさんに許可をもらい、心のままに雑草をぶちぶち引っこ抜く。
そんな行動を、アグネスさんは「楽しいのですか?」と不思議そうに見ていたけど、心の平穏の為に雑草には犠牲になってもらおう。
(……あれだけ、誘いの手紙が来てたら、あっという間に婚約者とか決まっちゃうんだろうな。
さすがに婚約者が決まったら、こんな距離感も終わっちゃうよね…)
一応、国から任されてるので追い出されたりはしないとは思うけど、婚約者も良い顔はしないだろう。
(もしかすると、嫌がらせとかされちゃうかも…。
でも、私はただのペットなので!!嫉妬に値する存在じゃないのでっ!!)
植えられていたであろう何かの花まで引き抜き、遠くから庭師の「ああっ!」という叫びが聞こえた気もしたけれど、私の頭には入ってこない。
(――…ペット枠?…嫉妬に値しない存在?)
「………本当に…?」
優しく撫でる温かな手、しっかりと支える大きな腕、そして、甘く蕩けるはちみつ色の瞳…。
――君の目の前にも、聖属性者の独身貴族がいるっていうのは覚えておいて?
「う、ぁぁぁ〜…」
わからない。わからない。
ユリウスさんがどこまで本気なのか、私のこの気持ちが一体なんなのか…。
小さくうめきながら、引き抜いた花を無意識に胸に抱え込んでいたようで、「その花が気に入ったのですか?」というアグネスさんの声にハッと意識を戻す。
「そちらはキバナコスモスです。夏から秋にかけて咲く花ですね。気に入ったのでしたら、カットして持っていきますので、あの、出来たら手荒に毟らないで…」
庭師が花の説明のあとに何かぽそぽそと言っているが、いまいち聞き取れなかった。
「コスモス…。こんな色もあるんですね」
黄色と橙色を足したような、まるで誰かの瞳のような色…。見とれているとアグネスさんが補足を入れてくれた。
「キバナコスモス、聞いた事があります。確か花言葉は、『野生美』『自然美』、そして…『幼い恋心』」
…だったかと思います。というアグネスさんの落ち着いた声が耳をすり抜ける。
「幼い、恋心……」
この言葉が心の奥で響き、何かがストンとはまった音がした。
その事実に気づき、徐々に顔に熱が集まっていく。
「え、え?…な…な……わた……なん…なぁああああっ」
「リコ様?顔が真っ赤に……熱中症かもしれません、急いで室内へ!!」
「ちが、ちが…違うんです!ああああ、なんで私はぁぁぁ!!?」
自覚してしまった気持ちに、戸惑いが溢れ出す。
心配そうに顔を覗き込んでくる二人の前で、手をバタバタさせておろおろと動揺を隠せない。
そのパニックぶりがあまりにも凄まじかったせいか、涼しくなった秋口だというのに、熱中症の疑いで強制的にベッド送りになってしまった。
(――相手は次期公爵様で、私はただのモブなのに…!…好きになっちゃうなんて、身の程知らずだぁぁ…っ!!)
ベッドテーブルに飾られたキバナコスモスを眺めては、布団の中で足をバタつかせるのだった。
――嵐のような来客は、その3日後にやってきた。
侍女Aアグネス、Bベリンダ、Cキャロル
Aがメイン侍女、あと2人は補助




