16.ユリウス③
「おや、アシュフォード公爵ではございませんか。お久しゅうございます」
父と城を歩いている時、背後から声を掛けられ足を止める。やたら装飾品がギラギラした恰幅の良い男だ。
父の知り合いであったらしく、二人は挨拶を交わしていた。
「しかし、御子息も大きくなられましたな。今はおいくつでしたかな?」
そう言いながら僕を見る男に、軽く頭を下げ口を開いた。
「先月6歳になりました。今日は父の仕事の見学に来ました」
「ほ〜、これは聡明そうなお坊ちゃんだ!
…確か、御子息にはまだ婚約者を決められておりませんでしたな。いかがです?是非一度、私の家に…」
「卿、息子は次代聖女様の『協力者』としての任をうけている。婚約者を設けるつもりはなくてな」
揉み手でもしそうな勢いで擦り寄ってきた男は、言葉を遮る父の声に、大きな体をピタリと止めた。
そして、酷く冷めた目で僕を一瞥したあと、
「それはそれは、大切なお役目でございますね。応援しております。それでは私はこの辺で…」
と貼り付けた笑顔で場を辞した。
その、遠ざかっていく背中から声が響いてくる。
『ハッ、聖女の男娼になりさがったか。娘の良い嫁ぎ先だと目をつけておいたのに、当てが外れたわい!!』
「――父上、ダンショウとはなんでしょうか?」
「…今の男か。耳に入れる必要もない、低俗な言葉だ。帰るぞ」
――後になって、その言葉の意味を知った。
(『協力者』なんて名前をつけても、結局やることは、聖女に侍って機嫌をとって、誑かすだけだ。
あの男の言う通り、男娼と変わらないのかもしれない)
『協力者』が聖女の嫁ぎ先候補なだけに、婚約者を定める事はできない。
娘の嫁ぎ先にと狙う者、慕っているなどと言い寄ってくる者、それらは僕が『協力者』だと知るやいなや、手のひらを返したように、心の中で罵ってきた。
『下品』『女ひとりを囲うなんて』『汚らしい』…
僕のスキルは、望まずとも、そんな心の声を強制的に聞かせ続けた。
テオドールは、聖女を守り支える協力者という立場に誇りを持っていたけど、僕はそんなふうにはなれない。
(だって、こんな役割、誰からも軽蔑されて……)
「……小さい頃から、とんでもない重圧に耐えてきたんですね」
頬にリコの小さな手が添えられ、温もりを伝えてくる。ライトの光を反射して輝くこげ茶色の瞳が、僕に向けられていた。
「……軽蔑、していない?」
「ユリウスさんは、誑かすとかそんなのなくて、召喚されて困ってた人を助けてくれただけの、とても優しい人です」
その言葉を素直に受け取って良いのだろうか、気を使っただけじゃないのか、懐疑的な自分が嫌になる。
無意識に感情視のスキルを発動して、暴いてしまったリコの感情は、
「…!」
「聖女じゃなくて私でしたけどね」
綺麗な濃い黄緑色で、敬愛の色をしていた。
笑うリコの姿に、胸の奥がきゅっとして、その華奢なお腹に回す腕に力を込めて抱きしめた。
(――君にとって召喚なんて、巻き込まれただけの辛く悲しい出来事だったかもしれないけれど、…リコが聖女と共に召喚されて、この世界に来てくれて良かった…)
心からそう思った。
◇
聖女からの強硬な申し入れもあり、侍る目的での協力者は解体された。
はっきりと拒絶してくれた聖女のおかげだ。特に「聖女の修行辞めるぞ」の脅し文句が効いたようだ。
(…とすると今度は、婚約者の座を狙う者たちが殺到しそうで面倒だな)
元々、聖女が伴侶を1人定めた後は、残り3人の婚約者探しが解禁となる予定だった。
いつ聖女を召喚するか明確には定めていなかったため、結婚適齢期の令嬢たちのほとんどが、すでに結婚していたり婚約者が決まっている。
だが、こうなった場合、婚約破棄…最悪離婚までして、こちらと縁を結ぼうとする猛者が現れる事が懸念されていた。
(…リコがいい)
リコの嫁ぎ先候補にもなる協力者の二人と引き合わせる際にも、自分の色をまとわせるくらいに独占欲があることは自覚している。
その子供じみた威嚇に、エドガルドは気づいてなかったけど、シルヴァン様には揶揄われた。
(無理強いはしたくない。一番はリコの幸せだ。
……だけど、もし君が結婚を意識した時に、一番に思い出してくれるよう…)
「…君の目の前にも、聖属性者の独身貴族がいるっているのは覚えておいて?」
そう伝えて手にキスをすると、心の中で盛大に叫ばれた。
そのあと、慌てふためくリコが、間違って僕のワインを飲んでしまい、ものの見事に酔いっぷりを披露して、最終的に気を失うようにして眠りについた。
「くくっ…『カッコ良すぎるから悪い』か」
笑いながら、少し熱を帯びた彼女の体を優しく抱き上げる。
あまりにも軽くて華奢な体を落とさないようしっかりと固定し、静まり返った廊下を静かに歩く。
愛らしいパウダーブルーのベッドにそっとリコを降ろし、布団を首元まで引き上げた。
月明かりに照らされた寝顔を見つめ、乱れた前髪を指先でそっと撫でる。
「きっと君は、明日の朝も心の中で叫ぶんだろうね。
…おやすみ、リコ。良い夢を」
そっと腰を落とし、彼女の額に静かに唇を落とした。
最後にもう一度その顔を眺めてから、僕は名残惜しさを押し殺して部屋を後にした。
本当に酔ってなかったユリウス氏。




