15.願ったりだ
「――それから、君の事だけど…」
何度目かの「自分で食べれます」コールがスルーされつつ、ユリウスさんが薄く切ったチーズを私の口に運びながら教えてくれた。
曰く、「この生活に慣れてから伝えようと思ったけど、思わぬ場面でアホに引っ掻き回されると困るから」と。
以前教えて貰ったように、私の生活は国に保障されており、その中で自由に過ごしてもらって構わないらしい。
ただ、私には僅かに聖属性があるので、出来れば貴族、それも聖属性者の貴族に縁付かせたいというのが、この国の意向だと教えてくれた。
「婚姻で聖属性者の血を取り込むと、子孫に聖女が生まれる事が稀にあるんだ」
ただし聖属性はひどく気まぐれな性質らしく、先代聖女の息子であるアシュフォード公爵は聖属性を持たないらしい。
(聖属性すら簡単に増やすことが出来ないのか…。それは召喚に頼りたくもなるかも…)
「『聖女』って呼ばれてますが、浄化のスキルって男性にはないんですか?」
「女性特有のスキルみたいだよ。男性にも現れたら良かったんだけどね」
世界的にみて、慢性的な聖女不足らしい。
聖女はもちろん、聖属性者も価値が高いようで、周辺国との取り合いが水面下で行われているとか、いないとか。
だから他国に取られないよう、高待遇なのかと納得した。
しかし結婚か…。
「結婚とかまだまだ先のことだと思ってたので、全く想像がつかなくて…」
それでも、ユリウスさんの役に立てるなら、どこぞの貴族に嫁ぐべきか。
でも、現代の恋愛結婚の価値観で育った私に、政略結婚とか荷が重すぎないか。ユリウスさんなら、いい感じの嫁ぎ先を探してくれるかもしれないけど…うーん。
(考えるだけでちょっと憂鬱…)
「これは国からの希望だから、全部無視しても良いんだよ。
僕としては、聖属性とか結婚とか気にせずに、リコが幸せになれる人生を歩んで欲しい」
大きな手が私の頭を撫でる。求めていた温かさに胸がドクリと跳ねた。
「…そうやって甘やかされたら、いつまでも公爵家でゴロゴロしちゃいますよ」
「ふふ、願ったりだ。それなら僕はずっと君を甘やかせるね」
何も考えず、猫のようにただのんびり過ごすのは幸せかもなぁ…。
やっぱりペット枠最高かもしれない。
(…いずれ嫁いでくるだろうユリウスさんの奥様には邪魔かもしれないけど)
「――ただ…」
撫でられる気持ちよさに身を委ねていると、手がピタリと止まった。
どうしたのかと見上げると、甘く蕩けてたはちみつ色の目が、私の姿を捉えて…
「君の目の前にも、聖属性者の独身貴族がいるっているのは覚えておいて?」
持ち上げた私の手に、ちゅっと、唇を落とした。
(ぴぎゃああああああああああああッ!?!?!?!?!?)
心の中で盛大に叫ぶと、何故かユリウスさんがたじろいだ。
その隙に手を奪還し、「アーハハハハハ、ユリウスさんも聖属性なんですネ―!!」なんておかしなテンションで言いながら、恥ずかしさを誤魔化そうとする。
それでもなお暴走する心臓を落ち着かせる為に、グラスを掴み冷たいジュースをぐいっと飲み、
「あ、それは…!」
「ゲフッ…!?にがい…っ」
「それは僕のグラスだよ。ほら、水を飲んで…」
間違えて飲んでしまった初めてのアルコールに、喉の奥が一気に熱くなる。
(しまった、やらかしてしまった!!
ダメだぁぁ、焦りすぎて迷惑かけてる…!)
早いところ部屋に戻った方がいい。
「さ、騒がせてしまって、……」
そう言いながら、慌てて立ち上がった瞬間、アルコールでふわふわした頭から理性が溶けていき、謝罪の言葉が止まる。
(何を、言おうとしたんだっけ?そう、そうだ…ユリウスさんがキスなんてするから…)
「ゆ…ユリウスさんが、カッコ良すぎるから悪いんです……!」
代わりに、するりと出たのはそんな言葉だった。
「えっ」
「………ん、え?」
(――あれ?…私、何言って………あ…)
言った本人が一番フリーズしている間に、目が回るようにフラリと体から力が抜けていく。
焦るユリウスさんの声と、強制的に夢に落ちていくような感覚。
倒れ込む体をしっかりと支えてくれる温かい腕を感じながら、私はそのまま意識を手放した。
その後の事は記憶にない。
――そして、翌朝。
「………………」
差し込む朝日に目を覚まし、ふかふかのベッドの上で天井を見つめる。
夢…じゃない。昨日のアレは、現実……。
(…………な、…なんて事をおおおおおッ!!!!!)
朝っぱらから、昨晩の最高に恥ずかしい醜態を思い出し、悶絶するのだった。
お酒、こわい。絶対に二度と飲まない……!!
割とグビグビっと飲んじゃった模様。




