第45話 自供という名の独白
直斗の言葉はもう止まらなかった。
今までためてきた言葉を、すべて田中にぶちまける。
「武があそこにいたのも、お前の仕業だ! お前は北川先生の声を合成して、午後八時ちょうどに武を旧校舎の二階に呼び出した。さっき俺を荒井の偽音声で呼び出したのと同じ手口でな。こうして『午後八時に武が北川先生の死体を発見する』という状況を作り上げれば、七時四十分から大勢の生徒と一緒に屋上にいたお前には、完璧なアリバイが成立するからだ」
田中は亜季の首に腕を回したまま、感心したように小さく頷いてみせた。
「なるほど……筋が通っている。だが、それなら一つ疑問が残る。どうして麻衣は『尾崎武の姿を見た』と警察に証言しなかったんだい?」
まるでクイズの答えを求めるような、無邪気ですらある問いかけ。
直斗は奥歯をギリ、と噛み締めた。その真実に気づいた時、どれほど胸が張り裂けそうになったか、目の前の男は微塵も分かっていないのだ。
「それは言うまでもない、麻衣は親友の武を庇ったんだ! もし『武を見た』と正直に言えば、武は間違いなく警察に殺人犯にされてしまう。かと言って『すでに倒れている先生の姿だけを見た』と証言すれば、警察は死亡推定時刻を八時より前だと判断する。そうなれば、七時四十分より前に単独行動ができた、お前のアリバイが崩れてしまう!」
「…………」
「麻衣はパニックになりながらも、親友の武と、恋人のお前の『二人』を同時に守ろうとした。だから、警察に『午後八時に北川先生が首を絞められているところを見たが、暗くて犯人の顔は分からなかった』と嘘の証言をしたんだ。そうすれば、死亡時刻は八時に固定されてお前は守られるし、武の名前も伏せることができる。……ノートの詩にあった『彼を庇うために、偽りの星図を描いた』とは、この苦しい嘘の証言のことだ」
暗闇の屋上でたった一人、究極の選択を迫られた麻衣の絶望を思い、直斗の声は小刻みに震えていた。だが、田中から返ってきたのは、ひどく冷淡な溜め息だった。
「……私としては、麻衣が素直に『犯行現場から逃げる尾崎を見た』と証言してくれれば、それで完璧だったんだがね。あの子は尾崎を庇って、余計な嘘をついてしまった」
まるで「予定外の仕事が増えて困った」とでも言わんばかりの、あまりにも軽い口調。その瞬間、直斗の怒りは再び煮えたぎった。
「貴様ッ――よくも武を! 教師のくせに、何の罪もない生徒を身代わりの殺人犯に仕立て上げて、どうしてそんな平気な顔でいられるんだ!」
「その点は少し申し訳ないとは思ったよ。だが、学校一の不良だった尾崎ほど、この殺人犯の役に適した人間が他にいなかったから仕方ない。……ただ、今回の完璧な計画の中で唯一、そして最大の誤算だったのは、麻衣と尾崎が幼馴染の親友であるという事実を、私が知らなかったことだ。まさか学年トップの優等生と、札付きのワルの尾崎が裏で繋がっているとはね。まったくの予想外、思いもつかなかったよ」
田中はやれやれと呆れたように息をついて、饒舌に語り始めた。
「――発端は三か月ほど前のことだ。あのお節介な女教師の北川京子が、どういう訳か私と麻衣が男女として付き合っていることを知ってしまった。これは後々分かったことだが、どうやら尾崎が麻衣と私の仲に気づき、それを北川に言いつけたらしい」
「武が――?」
武はそんなこと、一言も言っていなかったのに……。
こんな状況にも関わらず、直斗は強いショックを受けた。
武――なぜ、どうして自分に相談してくれなかったんだ?
「それでも北川が黙っていてくれればよかったんだがね。よりによってあの女、校長や麻衣の親に全て公にすると言い出したんだ」
「そんなの、言うに決まってるだろ!」
「いやいや、建前ではそうだろうが現実は違う。もし事が公になれば、私と麻衣は無理やり引き離され、学校も親も世間の晒し者だ。誰も救われない。みんな不幸になるだけだ」
「ふざけるな! そんなの、ただの自己中で身勝手な理屈じゃないか!」
「自己中だと……? この私が……? なあ直斗、お前は何もわかってないよ。私はただ降りかかる火の粉を払っただけだ。それにずいぶん白々しく聞こえるから、あんまり偽善めいたことは言わない方がいい。……ああ、この台詞は北川先生にも言ってやりたかったな。あの堅物の女教師にもね」
こいつ、まともじゃない――。
直斗は、まるで自分だけが絶対に正しいという田中の態度に、言いようのない不気味さを感じた。
きっとどこか、頭のねじがはずれているんだ。
「しかし、さすがの私も焦ったよ。この一件がバレれば懲戒免職を免れないし、下手をすれば後ろに手が回ってしまい牢屋行きだ。私ほどの人間が、そんなつまらない法律とモラルのために潰され、人生が終わってしまうなんてあってはならないことだ。だから完全な計画を立てた。――直斗、言っておくがこれは正当防衛だ。決して犯罪ではないんだよ」
「正当防衛――? そんなの誰が認めるか!」
「残念ながら、実際の裁判ではそうだろうね。だからこそ、この計画に失敗は許されなかった。分かるかな?」
「分かるか、そんなこと……」
「まあ少し黙って聞きなさい。あの日、私はあの女――北川に、私と麻衣との関係を告発する前に、どうか一対一で話し合いをしてくれと頼んだ。北川はまさか自分が殺されるとは思わず、指定した時間に旧校舎の二階にノコノコやってきた。――そして、やったよ」
田中の口調は冷静だが、どこか自慢げだった。
「……お前が、武の制服のネクタイを使って首を絞めたんだな」
「お、凶器のことまで知っていたか。侮れないね、君も」
「ネクタイの件は刑事に聞いた。だから気づいたんだ。武と最後に会った時、最近いくつも物が盗まれると言っていた。その中におそらくネクタイも含まれてたんだろう。教師のお前なら、生徒がいない隙に荷物を盗むチャンスはあったはずだからな」
「事件現場で尾崎が目撃されて、その上凶器のネクタイが彼のものであったとしたら、警察は100%尾崎を犯人だと断定するだろうからね。ただし、ネクタイに私の痕跡があったらまずい。だからその扱いには細心の注意を払ったよ。その苦労に比べたら、北川や荒井のAI音声を作ることなんてわけなかったな。同僚として、いくらでも学習データを録音できる機会はあったからね」
やっぱり電話の声まで――こいつ、とんでもない知能犯だ。
直斗は今さらながらゾッとした。
……どうすれば、俺はこんな奴を倒して亜季を助けることができるのか?
「――あとは北川の死体を警察に不自然に思われないよう、ほんの少し動かし、新校舎の屋上から双眼鏡を使えば見える角度に置いたんだ。ほら、君も見ただろう? あれもすべて計算ずくだったんだよ」
これで田中がついに自分が犯人だと直接認めた。しかも、まるで犯行の手口をひけらかすかのような話し方だ。
だが、こんな奴がこのまま素直に自首するわけがない。
直斗は思った。
間違いなく、こいつは全てを知った俺の口を力ずくで封じに来る。だからこそ、危険を冒してまでして、偽電話でこんなところに呼び出したのだ。




