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星降る夜に君は死ぬ  作者: 天代 朔
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第46話  殺意の計算

 田中は平然とした顔で続ける。


「私も尾崎と北川が親しくしていたことは知っていたからね。しかも尾崎は学校一の不良ときている。美人の女教師に交際を断られて殺したとなれば動機は十分だろう」

「荒井は――体育の荒井と花村先生が武を目撃していたのは偶然だったのか――?」

「おいおい、君はそのことも知っているのか!」


 田中は目を丸くし、大げさに驚いてみせた。


「……本人たちから聞いたんだよ」

「どんな手を使ったか知らんが、まったくとんでもない中学生だね、君も――まあそんなことはどうでもいい。荒井のことはもちろん偶然ではない。すべて計算済みなんだよ」


 田中は得意げに言った。


「要するに、万が一麻衣が犯行現場と武を見逃した時の保険を掛けたんだ。あの脳筋とババアの不倫バカップル、決まった曜日、決まった時間に旧校舎の一階の教室で乳繰り合っていたんだ。午後八時という時刻はそのタイミングにもぴったりだった。わざと天体観測会があるという申し送りもしないでおいたからね。そうしたらすべて狙い通り、あの二人は不倫の真っ最中に逃げる尾崎の姿をしっかり目撃してくれた。これに麻衣の証言が加われば、警察も犯人が尾崎であると断定するだろう」

「なんて奴だ……!」

「さらに愉快なのは、荒井は自分たちの不倫を隠すため、警察に尾崎が北川の首を絞めているところを目撃したと嘘をついたそうじゃないか。いやあ、あのさかりのついたバカどもがそこまでうまく証言してくれるとはね」

「……それでも麻衣が本当のこと――お前との関係や、犯人がお前かもしれないってことを警察に話すとは思わなかったのか」

「それはないね」


 田中はにこやかな顔で、即座に断言した。


「この計画の前に、私は麻衣に『北川京子はひどい女だ。一見模範教師に見えるが実は淫乱で男に見境がなかった。私と麻衣の仲に嫉妬してみんなにばらしてすべてを壊そうとした』――そういう風に吹き込んでおいたんだ。そんな女だから誰かの恨みを買って殺されることも有り得ると、麻衣に思わせるためにね」

「この悪魔め……!」

「その狙いは当たったよ。ポエムにもあった通り、事件の後、麻衣は私に疑いを持ったかもしれないが、だが私が北川を殺した犯人は絶対に自分ではないと麻衣に言ったら、素直にそれを信じてくれたよ」

「間抜けめ! 本当は北川先生には昔から付き合っているフィアンセがいたんだ。その人に俺と麻衣は偶然会ったんだよ」

「なに? フィアンセが――?」

「だから麻衣は、北川先生に関するお前の真っ赤な嘘に気が付いた。そして先生を殺した真犯人もやっぱりお前だとわかったんだ」


 あの日――北川先生のフィアンセの佐々木と初めて話した時以来、麻衣がまるで人が変わったようにひどく落ち込んでしまったのは、そのためだったのだ。

   

「なるほど、さっきのポエムにあった『天帝には伴星がいた』とはそいつのことか。実にくだらない、子供じみた表現だね」


 田中はため息をつき、苦々し気に言った。


「何を言ってるんだ! 麻衣がどんな気持ちでこの詩を書いたのかわからないのか? わざわざ名前を星に例えたのは、お前との関係が誰かにバレるのを恐れたからだ。お前の汚い嘘に気づいても、それでもお前を庇おうとしたんだ。それなのにお前はそれをバカにするのか?」

「バカになんかしてないさ。ただ浅はかだったと言っているだけだよ。麻衣には『二人の関係は絶対に誰にも言うな、どこで見られるかわからないからSNSにも紙の日記にも書いてはいけない』と、きつく言っておいたんだがね。その約束は守ってほしかったね」


 田中の口調はまるで教師の説教のようだ。

 その態度に、直斗に怒りが、余計に沸き立つ。

 

「なにが約束だ……! この卑怯者め」

「どうも話がかみ合わないな。滝川、ただ一つ君に言っておきたいのは、麻衣は私を心から信頼し愛してくれていた。そのことは終始変わりはなかったよ。お前は知らないだろうが、麻衣は家族関係で深い悩みを抱え自殺することまで考えていたんだ。それを救ってあげたのは私だからね。生きるための命綱ともいえる私との関係を自ら壊せるわけないだろう」


 麻衣が自殺を考えていた――?

 直斗はまた新たな衝撃を受けた。

 昔から悩んでいることは知っていたが、まさかそこまで――なんで俺はそのことに気付いてやれなかったんだ!

 そう考えると、頭と心が、どうしようもなく、ぐちゃぐちゃにかき乱された。

 

 動揺する直斗を見て、田中は意地の悪い笑みを浮かべ、追い打つように言った。


「麻衣は本当に天使のような美しい少女だった。そんな麻衣が、私に身も心も許してくれたんだ。身も心もね」

「身も心も……?」

「直斗、お前麻衣のこと好きだったんだよな。幼馴染なんだろ? ずいぶん長い間の付き合いってわけだ。その間にキスぐらいしたか? それともせいぜい手をつないだくらいか?」

「田中、おまえ、まさか――!」

「おいおい、なに下種な勘ぐりして興奮してんだよ。愛し合う男女がすることなんて一つだろ。決してやましいことじゃない。直斗、お前も十五だろ? ならわかるよな」


 田中の顔からは普段の明るく爽やかな印象が消え、代わりにいやらしく、見ていて不快になる表情が浮かんだ。


「そうさ、麻衣は私にすべてを捧げてくれたよ。もちろん彼女は初めてだった。いやあ、麻衣のからだは素晴らしかったね。みずみずしい青い果実とでもいえばいいのか――おっと、これは昭和のおっさんみたいなたとえだったかな」

「貴様っ――! 絶対に許さねえ!!」


 怒りが弾け、直斗の中で何かがぷつりと切れた。胸の奥から突き上げる衝動が、今にも走り出し、田中へ殴りかかるよう、身体を突き動かそうとしていた。

 だが、その瞬間、視界の端で亜季が必死に首を振るのが見えた。


 ――これは罠だよ。まだ耐えて。


 言葉にしなくても、亜季の表情はそう訴えているように思えた。


 そうだ、ここは冷静になれ。奴の挑発にのってはいけない――。


 直斗は胸の奥で荒れ狂う怒りを必死に押し込み、その場に踏みとどまった。


「おいおい、目の前の男に大好きな子の処女が奪われたってのに何もできないのかい。情けないなあ」


 圧倒的優位に立った田中は、余裕たっぷりに言った。


「……黙れ、この変態野郎!」

「先生に向かってずいぶん失礼な言い草だな。まあいい、とにかく多少のずれはあったものの計画は成功した。君を除き、誰もが尾崎が犯人だと思っている」


 田中はまるで良心の呵責を感じていないようだった。

 まさにサイコパス――直斗の背筋を、ひと際冷たい悪寒が走り抜ける。 

 だが、それでも、最後の、そして最大の怒りの炎は、心の中にずっと燃えたぎっていた。

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