第43話 最後の対決
「すべての犯人はあんただったんだな。――田中良彦先生」
光の中に立っていたのは、スラックスに白い半袖ワイシャツという見慣れた姿の青年教師――天文部顧問の田中だった。
直斗の言葉を受けても、にこやかな表情は一切崩さない。
「こんばんは、滝沢。こんな遅くにすまないね」
いつもと変わらず、生徒に語りかけるような穏やかな声。その落ち着いた響きに、直斗は正体の分からない恐怖を覚えた。
亜季は田中の腕の中で、身動きを封じられていた。細い首に回された腕には、逃げることを許さない冷たい力がこもっている。懐中電灯の光を浴びた亜季は肩を震わせ、大粒の涙を目に浮かべ、頬にはいく筋もの跡が残っていた。
「先輩、ごめんなさい……私、余計なことしちゃいました……」
その震える声を聞いた瞬間、直斗の中で張り詰めていたものが、別の形にわずかにたわんだ。
(亜季……まったく、やってくれたぜ……)
おそらく亜季は、一向に動こうとしない自分にしびれを切らし、単独で田中にぶつかっていったのだろう。
無鉄砲な後輩への呆れもあったが、それでも亜季が無事でいてくれたことに安堵し、直斗は「気にするな」と、小さく首を振った。
「さて、滝沢――」
田中は亜季を拘束したまま、足元の小型LEDランタンをつま先で操作して点灯させた。青白い光が下から差し込み、田中の整った顔を不気味に照らし出す。
「まずその懐中電灯を消しなさい。眩しくていけない」
まるでホームルームで生徒を諭すような口調だった。
「リュックをゆっくり床に置いて、スマートフォンも出すんだ」
直斗は唇を血がにじむほど強く噛み締めた。言いなりにはなりたくなかったが、田中の腕が亜季の首に食い込むのを見て、従うしかなかった。
懐中電灯を消し、リュックを下ろす。ポケットからスマホを取り出すと、田中は畳み掛けた。
「さあ、スマホを前に突き出し、先生に見えるよう完全に電源を切るんだ。終わったらそれを地面に置いて、こちらへ蹴りなさい。少しでも変な動きをしたら、その時は――わかるね」
外との連絡を断ち、録音の手段を奪う。こちらには致命的に不利だが、直斗に選択肢はなかった。電源ボタンを長押しし、画面が完全に暗くなるのを確かめてから、コンクリートの床に置く。
つま先で軽く蹴った。
ケースが床を滑る乾いた音が、屋上の静寂に吸い込まれた。スマホは田中の足元の少し手前で止まる。
田中は亜季を抱えたまま、足でスマホを自分の方へ引き寄せた。
「よし間違いない。見覚えのある君の黒いスマホだ。電源も切れている。素直で助かるよ」
田中は満点の答案を褒めるような笑みを浮かべた。
この男は三人も殺している。今も人質を盾に取り、自分を追い詰めている。それなのに、田中の顔には『誠実な若手教師』の表情が、一ミリも崩れずに貼り付いていた。狂気の片鱗すら見せない、その完璧な"普通"こそが、彼の本当の異常さを際立たせていた。
「他に録音機器は?」
「……ない」
「そうか、まあその言葉を信用しよう」
それは事実だった。だが、田中に指摘され、初めて直斗は後悔した。こういう時のために、もう一台スマホなりレコーダーなり用意しておくべきだったのだ。
「さて、もう一つ、肝心な物があるよね?」
「……肝心な物?」
「七瀬麻衣のノートだよ。天体の観察記録のノートさ」
なぜ田中がノートのことを――?
あれは麻衣が誰にも見せなかったはず……。
いぶかしく思った直斗は、捕らわれている亜季を見た。
視線に気づき、亜季は申し訳なさそうな表情を浮かべてサッと下を向く。
やっぱり、亜季はノートのことも喋ってしまったのか。
このノートは麻衣が残してくれた、目の前の男がすべての事件の真犯人であるという唯一の証拠なのに――これだけは、絶対に渡すわけにはいかない。
「……ここにはない。家に置いてきた」
「本当かい?」
「ああ」
「ならば仕方ないね。事件の証拠についてはすべて持ってくるように言ったはずなのに、言いつけを守れない君が悪い。すまないね、亜季。ペナルティとして死んでもらうよ」
田中はそう言い放つと、躊躇なく亜季の細い首を、ヘッドロックのように太い腕で締め上げ始めた。
亜季はたちまち苦悶の表情を浮かべ、必死に体をよじってじたばたともがく。
こいつ……脅しではなく、本気だ!




