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星降る夜に君が死んだ  作者: 天代 朔
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第40話  偽りの星図

 しかし、そう考えると、麻衣の証言に大きな矛盾が出てきてしまう。

 もし双眼鏡のピントを旧校舎の二階に合わせ、午後八時を待ち構えていたのだとすれば、果たして麻衣がそこに立っていた武を見逃すだろうか、という点だ。

 幼い頃からの親友であり、顔も体格も歩き方も嫌というほど見慣れている相手なのに――

 むしろ、気づかない方が不自然。麻衣は絶対に武の姿を目撃しているはずだ。


 では、麻衣はなぜ警察にわざわざ「犯人の顔はわからなかった。それ以外に誰も見ていない」と虚偽の証言をしたのか?

 武のことをかばうためか――?

 警察だけに対してそうしたのなら、それは分かる。だが、麻衣はなぜ俺にまで同じ嘘をついたのか……。

 三人の強い絆を考えれば、たとえ双眼鏡で武を目撃したとしても、それを隠す必要なんてないはずだ。  

 つまり麻衣には、この俺にすら言えない何かの秘密があったということだ。


 考えられる可能性は三つ。


 一つ目は、北川先生を殺したのが本当に武だった場合だ。

 麻衣はその瞬間を双眼鏡で目撃したが、武をかばうために「犯人の顔は見えなかった」と嘘を言った。

 だが、今さら武が真犯人でしたなんて、まったくあり得ない仮説だ。


 二つ目の可能性。旧校舎の廊下にいた武と、北川先生の首を絞めていた“別の人物”を、麻衣が同時に目撃していた場合だ。

 だがそれでは、麻衣は「犯行は見たが犯人は分からない」「他には誰もいなかった」と、警察に二重の嘘をついたことになり、あまりに不自然だ。

 それに武は言っていた。「俺は犯人も犯行の瞬間も見ていない」と。

 もし麻衣の証言が正しいなら、同じ時刻、同じ場所にいた武もまた犯人を見ているはずだ。

 ――なのに、見ていない。

 二人の証言は、ここで決定的に食い違ってしまう。つまりこの線もまずないだろう。


 そうなると残された可能性はただ一つ――

 麻衣は実は、北川先生が殺される瞬間など『見ていなかった』ということだ。つまり彼女が目にしたのは俺と同じ。すでに倒れている北川先生の姿と、双眼鏡越しに見た、走る武の姿だけだった、ということになる。


 そうか!!


 直斗ははっとして、もう一度麻衣のノートの最後のページ、六月二日の記録を開いた。そして夏の大三角形の図の下に麻衣が書いた、織姫ベガと彦星アルタイルの伝説を目で追った。


『夏の夜、天の川を隔てて輝くアルタイルとベガは、密かに互いを愛し合っていた。だが、孤独な天帝もまたアルタイルを想っており、その愛はやがて深い嫉妬へと変わった。

 天帝は二人を結ぶかささぎ橋を壊し、永遠に引き離そうとした。アルタイルはベガを守るため、デネブを囮にして、やむなく天帝の光を密かに消した。

 ベガはその罪を疑った。それでも彼を庇うために、偽りの星図を描いてみんなの目を欺こうとした。

 しかし天帝は本当は孤独ではなく、そばに寄り添う伴星があったのだ。その存在が真実を照らし出し、アルタイルの嘘は露わになった。

 ベガは深く傷つき、北の空に座すデネブとともに、静かに別れを告げた。


「さよなら、愛した星よ。もう二度と、光は交わらない」


 こうして三つの星は夏の大三角となり、互いを見つめながらも決して触れ合えぬ、悲しい永遠の恋として夜空に残った』


♢ ♢ ♢


 直斗がこの文章を初めて目にしたとき、『七夕の伝説ってこんな話だったか?  それとも少女漫画好きの麻衣がポエムでも混ぜて書いたのかな』――そう思って、深くは考えなかった。

 だが今、この瞬間にすべての意味を理解してしまった。

 同時に、全身から一気に血の気が引いていく。

 これまで散らばっていた暗い影の断片が、不気味な音を立てて噛み合い、巨大でおぞましい全体像が浮かび上がったからだ。


「麻衣――本当にそうなのか……」


 そのあまりの残酷な真実に、直斗の喉から低い呻き声が漏れた。怒りをなんとかねじ伏せようと、手にしていた双眼鏡をミシミシと嫌な音が鳴るほど強く握りしめる。


「どうしたんですか、滝沢先輩? 顔色、すっごく悪いですよ?」


 突然に、真横から声がした。

 いつの間にか亜季が直斗の隣に立ち、覗き込むようにこちらを見つめていた。その黒い瞳は、すべての真実を見透かしているように妖しく光っていた。


「……わかった。亜季、わかったんだ」


 直斗は震える声で、絞り出すように言った。


「え……!?」

「真犯人が」

「ほんとですか?」

「ああ、間違いない」


 さすがの亜季も驚きを隠せず、周囲に聞こえないよう小さな声で聞き返した。

 直斗は胸の奥から込み上げる殺意を必死に押し殺し、亜季にだけそっと囁いた。


「麻衣は――武が北川先生を殺すところなんて見ていなかった。いや、物理的に見えなかったんだ。ただ犯行を隠すため、利用されただけだったんだよ」

「へえ……。私にはよくわかりませんが」

「無理もない。俺もたった今わかったんだ」

「で、で、お姉ちゃんを騙して、武先輩を殺人犯に仕立て上げたその真犯人は誰なんですか?」

「それを言う前に、一つネットで調べてほしいことがある。亜季、今日スマホ持ってるか? 俺はこの前の荷物検査で懲りたから、持ってきてないんだけど」

「はい、ありますよ」

 

 亜季は周りをさっと見渡し、声をひそめた。


「じゃあバレないように、トイレにでも行って調べてきます。で、何を調べればいいですか?」

「教職員の異動名簿だ。ほら、四月に発表されるやつ」


 そんな直斗と亜季の頭上に広がる、暗い夜空とあまたの星々。

 星たちは地上で蠢く人間の愛憎などまったく感知もせず、ただ静かに明滅し続けていた。

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