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星降る夜に君が死んだ  作者: 天代 朔
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第38話  午後八時が来る

「ちょっと先輩たちー! ピントの合わせ方、これで合ってますか!? 全然見えないんですけど!」


 不意に、感傷的な静寂を裂くような、場違いに明るい声が響いた。

 振り返ると、真新しい天体望遠鏡にしがみつくようにして亜季が騒いでいた。

 彼女はすっかり天文部に馴染んでいる……というより、持ち前の愛嬌と悪魔的なコミュニケーション能力で、入部して数週間とは思えないほど部の中心に居座っていた。


「あ、七瀬さん、そこは接眼レンズのダイヤルじゃなくて、こっちの粗動ネジを先に回すんだよ」

「えー? こっちですか? あ、なんか星っぽいの見えた! 門脇先輩すごーい!」

 

 門脇が顔を赤くして丁寧に教えている横で、亜季は無邪気な後輩を完璧に演じきっている。そのはしゃぎぶりは、傍から見れば姉を亡くした悲しみを乗り越えようと無理をして明るく振る舞っている、健気な少女そのものだった。


「こら七瀬、少し声が大きいぞ。ここからなら近所の家に聞こえないとは思うが、一応もう少し静かにな」


 背後から穏やかな声がかかった。振り向くと、田中先生が苦笑いを浮かべながら歩いてくるところだった。天文盤を手に持ち、夜空と生徒たちの様子を交互に見渡している。

 この間は顔には深い疲れがたまり、魂が抜けたような感じだったが、今日は違う。まだ完全に元通りというわけではないし、ときおり視線が遠くへ泳ぐこともある。それでも、こうして部員たちの輪の中に戻り、夜空を見上げながらさわやかに指導している。


「あ、ごめんなさい先生。ちょっと興奮しちゃって」


 亜季は舌を出して肩をすくめた。


「まあ気持ちは分かるけどな。今日は空の条件がいい。騒ぐより、ゆっくり見たほうが得だぞ」


 田中先生は軽く笑い、亜季の頭をぽんと撫でた。どこか兄のような、気取らない仕草だった。


「せっかくの新月だ。一応、いつもより星がよく見えるはずだからな」

「はい!」


 亜季は明るく頷いた。

 その無邪気な笑顔は、周囲から見ればただの元気な中学生女子にしか見えないだろう。

 だが、直斗は見逃さなかった。

 亜季がふとこちらに視線を向けた、その一瞬。

 ほんのわずかに口元が歪み、氷のように冷たい小悪魔の笑みが浮かんだのを。

 それはついさっきまでの無邪気な表情とは、まるで別人のようだった。


(……亜季は何かに気が付いたのか? それとも、油断するなと言いたかったのだろうか?)


 とにかく、今のうちに何か手がかりを見つけておかないと、次にここへ来られるのがいつになるか分からない。屋上へ通じる扉は鍵がかかっていて、普段は生徒は入れないからだ。


 直斗は小さく深呼吸をして、リュックサックから一冊のノートを取り出した。

 亜季から借りたままになっている、麻衣の天体観測ノートだ。

 ペンライトの細い光を頼りにページをめくる。最後のページに残されていたのは、事件が起きたあの日――六月二日の観測記録だった。

 そこには麻衣らしい几帳面な丸文字で、旧校舎が立つ南から東の空にかけての星図が描かれていた。星の明るさごとに色分けまでされた、非常に丁寧で美しいスケッチだ。そして夏の大三角形の下には、織姫と彦星の伝説が彼女の筆跡でつづられている。


 腕時計の針が、まもなく午後八時を指そうとしていた。

 北川先生が旧校舎で殺害された――あの時間だ。



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