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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第三十九節.呪死、あるいは圧死

「――恐怖と共にその目へと焼き付けるがいい!」


 朋麻呂は吐き捨てるように言い放ちぶっきらぼうに斑尾を引き抜くと、その鞘を不快そうに投げ捨てた。「おー」という茄蔵の歓声と共に藤一郎が感極まった様子で左拳を握りしめる。


「……とんだ道化役者でおじゃる。斑尾、この恥辱決して許さぬぞ」


――いやいや麻呂ちゃん、相も変わらず見事な口上だったぜ。さてと、これだけ盛り上げてもらったんだ、この斑尾様も一つ頑張らねぇといけねぇな。


 そう言うと斑尾は自らの刀身に紅蓮の炎を纏わせた。


「頑張るも何も、其方(そなた)を振るうは麻呂の役目でおじゃる。……まぁよい。相手は人に仇なす妖怪じゃ。精々気張るがよいぞ」


 突き立てておいた太刀を左手に握り、朋麻呂の視線はツチガミサマへと注がれる。


 ツチガミサマは朋麻呂たちに襲い掛かる気配もなく、ゆっくりと体を揺り動かしながら一同の様子をうかがっているようであった。その様はさながら自らの呪力が及ばぬことに困惑しているようにも見て取れた。


――襲って来ねぇのか? しかし、どうしたもんだ……。ジジィの護り石のお陰で熱病の呪いは受けずに済んでるが、転がる野郎の体に触れれば即死の呪いを受けるとか言ってやがったな。……アホが、あんなモンの体当たりなんざ食らった日にゃ呪いをもらうまでもなく圧殺されちまうぜ……。


 ツチガミサマの巨体を見つめながら藤一郎が考えを巡らせていると、不意にその横を朋麻呂が駆け抜けていった。


「少将様?!」


 藤一郎の呼び声に応ずることもなく、朋麻呂は地表近くを滑空する猛禽類もかくやといった様相でツチガミサマのもとへと駆けてゆく。迎え撃つツチガミサマは大きく広げた口を前に伸ばし、朋麻呂を一飲みにしてやろうと待ち構える。


――……大した験力(げんりき)でおじゃりますな。(いにしえ)の昔、神祇(じんぎ)(天地の神)の霊験をもってなお防ぎきれなんだと伝え聞く(あやかし)めの大呪。それがこのような石ころ一つで払いのけられようとはのぉ……野に下ろうと、やはり国師(帝が高僧に送る尊称)様は国師様といったところでおじゃるか。


 ツチガミサマの間近に迫るも尚も速力を落とすことなく相手に肉薄する朋麻呂。非常な勢いでツチガミサマが獲物を飲み込もうとした瞬間、光芒一閃(こうぼういっせん)、朋麻呂は左に飛び退くなりツチガミサマの胴体に沿ってその脇を走り抜ける。翼と見紛う狩衣の袖が黒毛にまみれた(あやかし)の体をかすめ、紅焔(こうえん)に沈む斑尾の(やいば)が紙上を走るカミソリのようにツチガミサマの身を斬り裂いてゆく。


 傷口から赤黒い体液が噴出し、低い咆哮と共にツチガミサマが大きく体を反らす。後れを取るなとばかりに駆けつけてきた藤一郎は朋麻呂の雄姿に鼓舞されるまま、せり上るツチガミサマの腹を愛用の段ビラで切り裂いた。再び山野に不気味な咆哮が響き渡り、自らの体液に濡れたツチガミサマは崩れるようにその場へと倒れこむ。そして地に伏したツチガミサマの先には茄蔵が立っていた。


「鷹兄ぃのカタキぃ!」


 ツチガミサマの頭上を狙い茄蔵が渾身の力で薪割り斧を振り下ろす。ツチガミサマの口は大きく潰れ、打ち込まれた鉄斧は上あごを貫通し舌へと突き刺さった。


「いいぞ、茄坊!」


 藤一郎が声を上げる。ツチガミサマは茄蔵の斧に頭を押しつぶされたまま完全に動きを止めていた。


 ――倒した……のか?


 驚くほど呆気ない幕切れに、それでも藤一郎が訝し気にツチガミサマの様子をうかがっていると、朋麻呂が駆け寄り意味ありげに笑いかけた。


「油断は禁物ぞ姫宮殿。この程度で倒れる(あやかし)なればとうに先人が退治しておるはず……」


 するとその言葉を契機に突き刺さっていた斧が上へと押し戻され始める。驚いた茄蔵が必死にこらえるも、斧はツチガミサマの体外へと勢いよく弾き出されてしまった。しかも確かに貫いていたはずの脳天は何事も無かったかのように塞がりはじめているようで、舌に開けた大穴も同様に消えかかっている。


「なんだよこりゃ……」


 驚愕する藤一郎を尻目にツチガミサマはゆっくり頭を持ち上げると、獲物を見下ろすようにその巨大な口先を一同に向けた。見れば先程横に割いた腹も急速に治りつつあるようだ。


「やはり並みの刃では通じぬか。……ならば、斑尾の火炎ならばいかがでおじゃるかな?」


 突如として口元から胴にかけて炎が立ち上る。ツチガミサマは突然の発火に身悶えをしながらその場に倒れこんだ。


「“送り火”……切り裂いた傷口より霊火を生じさせ、敵対する者に炎の責め苦を与える。斑尾が持つ霊力の顕現でおじゃるが……これだけ毛に覆われておればよく燃えそうにおじゃりますな。」


「こいつはたまげた……さすがに霊刀と謳われるだけあるぜ……」


「本当だなぁ……」


 火だるまとなり転がるツチガミサマから慌てて距離をおきながら、藤一郎と茄蔵は感心したようにつぶやいた。

 

「ほっほっほ。とは言え、麻呂とて斑尾の力を使いこなせておるとはとても言い難い。山で例えるならばようやく一合目に到達した、といったところでおじゃろうか」


「いえいえ……このように丸焼きにされてしまっては、さしもの(あやかし)といえどひとたまりもありますまい……」


 やがて肉の焼き焦げる匂いが辺りに充満し、その身を包む炎からようやく解放されたツチガミサマは、全身から白い煙を立ち上らせながら巨大な炭の塊と成り果てていた。


「さてさて、中の焼け具合はいかがかのぉ?」


 落ち着き払った様子でツチガミサマに歩み寄る朋麻呂。直後に斑尾が語りかけた。


――止まりな麻呂ちゃん。……こいつ、想像以上の難物だぜ。


「何じゃと?」


 咄嗟に朋麻呂が足を止めると、焼け焦げたツチガミサマの体が大きく震えはじめた。


「こいつ、まだ生きてやがるのか?!」


 藤一郎が再び剣を握り直すと茄蔵も慌てて斧を構える。全身を震わせながらツチガミサマがゆっくりと体をもたげると、炭化した表皮の破片がバラバラと地面へ崩れ落ち、剥き出しの真皮を覆うように無数の黒い毛が一斉に生え始めた。そしてその体が一瞬肥大したかと思うと、外殻のように全身を覆っていた炭を弾き飛ばし、元通りとなったツチガミサマの体が一同の目前にあらわとなった。


 唖然と見守る一同を尻目にツチガミサマは開いた口をあらぬ方向へと向ける。その瞬間、何かを察したように藤一郎が叫んだ。


「やべぇ、来るぞ!」


 ツチガミサマは体を一文字(いちもんじ)に伸ばすなり、まるで寝転がる稚児のように藤一郎たちに向かって転がり始めた。三人は即座にその場を離れ難なく衝突を回避するも、ツチガミサマが転がり去る先に目を向けた朋麻呂が驚くように声を上げた。


「姫宮殿、寵姫殿が!」


 ツチガミサマの転がる先には怯えたまま一人立ち尽くす慈螺の姿があった。咄嗟に藤一郎と茄蔵が叫ぶ。


「逃げろ!」

「慈螺ぁ!」


 二人の声を受け慈螺は我に返ったように走り出すが、迫り来るツチガミサマの巨体から逃げ切るにはあまりにも遅すぎた。ツチガミサマは懸命に走る慈螺を無情にもひき潰すと、そのまま急斜面の手前まで転がり続けやがて回転を止めた。


 体をよじらせながら舌の垂れた口を三人に向けるツチガミサマ。心情こそ読み取れないものの、その姿からは「思い知ったか」と言わんばかりの余裕が見て取れるようであった。


 事態を全く飲み込めぬまま茄蔵は呆然と慈螺の姿を探した。とはいえ転がるツチガミサマの下敷きとなってしまった以上、どの道死の運命を免れそうにはない。それでも今の茄蔵の頭には慈螺の死などという概念は微塵も存在してはいなかった。つい先ほどまで確かにそこを走っていた慈螺。突如として消えてしまったその姿を茄蔵はただ単純に、ただ純粋に探し求めていた。


「……慈螺ぁ、慈螺ぁ?」


「野郎……やりやがったな……!」


 藤一郎が唸るように声を発するそばで朋麻呂は無念そうに顔を伏せる。ツチガミサマは再び転がり来るつもりであろうか、長い体を横に向けはじめていた。


 その時、慈螺を探す茄蔵の目に奇妙なモノが映り込んだ。埋もれた岩石の脇よりユラユラと姿を見せる二本の茶色い尾、直後に現れた後頭部は紛れもなく慈螺のモノであった。


「慈螺ぁ!」

 

 茄蔵の呼び声に慈螺は振り返ると、岩陰から飛び出すなり一目散に三人の居る場所へと駆けだした。


「おぉ!」と声を上げ歓喜する藤一郎。うれしそうな二人をよそに朋麻呂は困惑した表情を浮かべながら草原に慈螺の姿を探していた。

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