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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第三十一節.それぞれの忠義

「いやはや、ここまで麻呂の太刀が通用せぬとは。さすがは田庭国の毘沙門天、聞きしに勝る腕前でおじゃりますな」


 朋麻呂は軽く息を切らせながらも、なぜか嬉しそうに言った。


「少将様、正直感服いたしました。それほどの腕を()ってすれば並みの武人など物の数ではございますまい。……しかし、相手がこの姫宮とあっては話は別。いくら変幻自在に太刀を繰り出そうともこの首、容易には落とせませぬぞ」


「確かに確かに。其方(そなた)の申す通り、このままでは到底及びそうもありませぬな」


 そう言うと朋麻呂は戦意を失ったように藤一郎に背を向け縁のそばへと近寄った。


「……しかし、一対一では及ばずとも二対一であればいかがであろうか?」


 朋麻呂は縁に向かって語りかける。縁は目を伏せたまま答えない。


「毘沙門さん!」


 朋麻呂の行動を悟ったように近寄る茄蔵。藤一郎は黙って手で制すと、落ち着き払った様子で口を開いた。


「少将様、お付きの者がどれほどの腕前かは存じませんが、例え二人がかりであろうと結果は変わりません」


「ほう、何とも勇ましいこと。しかし其方(そなた)ほどの腕を持つ者があのような者に(くみ)しておろうとは、なんとも痛恨の極みでおじゃりますな」


「……あのような者?」


 眉をひそめ小さくつぶやく藤一郎に気を留めることもなく、朋麻呂は太刀を左手に持ち替えつつ縁に向かって右手を差し出した。すかさず縁は右腰に佩いた太刀の鞘を握り、その柄を差し出された朋麻呂の手に寄せる。


「ともあれ、このまま其方(そなた)らを見過ごすことなどできぬ相談。その女共々、大人しく麻呂に従っていただきまするぞ」


 朋麻呂は縁の太刀を掴んだ。が、掴んだ手をそのままに軽く舌打ちをすると、顔を強張らせながら唸るように声を上げる。



「……その身は白刃にして(ほむら)立ち、掲げる先の蒼天をも焼き焦がす。


振り下ろす一刀は陽炎(かげろう)とかすみ、流星光底(りゅうせいこうてい)怨敵を(たが)わず。


五大明王すら焼き滅ぼす三昧真火(ざんまいしんか)顕現(けんげん)


遭逢(そうほう)の不運を呪いつつ恐怖と共にその目へと焼き付けるがいい」



 やがて縁の鞘からゆっくり引き抜かれてゆく太刀。朋麻呂は藤一郎のほうへと向き直ると、引き抜いた太刀を水平に構えながら顔の高さまで持ち上げた。


灰燼(かいじん)残らず烏有(うゆう)()そう。浄焔(じょうえん)斑尾」


 その言葉に藤一郎は我が耳を疑った。


「浄焔、斑尾? まさか、五岳の……斑尾か……?」


 太刀を見つめながら訝し気につぶやく藤一郎。すると背後に控える茄蔵が不思議そうに問いかけた。


「ごがくのまだらお? 毘沙門さん、あの刀がどうかしたんかい?」


「五岳ってのは二百年前に作られたっていう五振の名刀のことだ。嘘か本当か知らねぇが太刀にはそれぞれ恐ろしい霊力が宿っていて、手にした者は天下を制する程の力を得られるって話だが……」


「天下? そりゃすげぇや……。さっきの公家様の口上といい、何か、カッコイイなぁ……」


 確かに茄蔵の言う通りだ。あの太刀が本物の斑尾かどうかはさて置き、恥ずかしげもなく愛刀の抜刀口上を述べ上げたうえ凛としてその太刀を見せつける朋麻呂の姿を前に、藤一郎は敵ながら羨望のような感情を抱いていた。


「……恥ずかしい真似をさせおって、いい加減素直に引き抜かれんか!」


 時を同じくして朋麻呂は小さく独り言を漏らしていた。すると、声にならない声が朋麻呂の心に返事を返す。

 

 ――そう怒るなよ麻呂ちゃん。名だたる霊刀を振り回そうってんだ、相応の手順ってもんを踏んでもらわねぇといけねぇ。それにこれだけ派手にキメたんだ、(やっこ)さんだって度肝抜かして驚いてるはずだぜ。


莫迦者(ばかもの)め、あの二人をよく見てみるがよい。あれは麻呂の醜態に呆れておる目じゃ。……全く、毎度毎度要らぬ手間を掛けさせおってからに、麻呂の権威が丸潰れでおじゃる」


 ――そんで、俺に頼るってことはアイツら麻呂ちゃんが認めるほどの強敵ってことなんだろ? なら、ちったぁ力見せちゃってもいいってことだよな?


彼奴(あやつ)らは生きたまま捕らえて問いたださねばならぬことがあるのじゃ。消し炭にしてしまっては意味がないでおじゃる。お前は力を抑えておればよい」


 ――んだよ、この斑尾様を持ち出しておいてつまらねぇな。……まぁいいや。そんじゃ見てくれだけでも霊刀らしく振る舞っておくかな。


「余計なこと――」


 朋麻呂の言葉を待たずして斑尾はその刀身から紅蓮の炎を吹き上げる。瞬間的に立ち上った炎はすぐに勢いを弱めつつも刀身全体を包み込み煌々と燃え続けている。藤一郎たちは目を見張った。


「……どうやらハッタリじゃなさそうだな。まさか本物の五岳を拝める日がくるたぁな」


「すげぇなぁ、まるで妖術みてぇだ……」


 朋麻呂は血払いでも行うかのように斑尾で空を斬ると、両手の太刀を下げたまま藤一郎たちに近づいた。


「とんだ茶番に付き合わせてしまったでおじゃるな。さて、続きとまいろうか」


 言うが早いか朋麻呂は一息に藤一郎との距離を詰めると、左右の太刀を巧みに操り五月雨式に刃を浴びせかける。先程までであればどれほど変則的な軌道であれ危なげなく対処していた藤一郎も、二振の刃が相手となれば勝手が違う。しかも火焔を流しながら襲い掛かる斑尾の斬撃は優男(やさおとこ)の片手斬りとは思えぬ程の速力と重みを持ち、まともに受けようものならば防いだ段ビラごと体を両断されそうな勢いすら感じられる。


 朋麻呂の攻めは休みなく続き、藤一郎は反撃の機会すら見出せないほどの防戦一方へと追い込められていた。


「いかがした毘沙門天殿? ここにまできたからには手加減は無用ぞ。遠慮のぉ打ってまいられい」


 二刃を振るう手を止め朋麻呂が告げる。余裕を見せる朋麻呂とは対照的に藤一郎は険しい表情を浮かべたまま無言をもって相対する。


「ほっほっほ、さしもの毘沙門天も少々肝を潰したと見えますな」


 言葉と同時に踏み込むと朋麻呂は左手の太刀を袈裟に走らせた。藤一郎は慌てる様子も見せず一歩引いてその太刀をやりすごすが、すぐさま燃え盛る斑尾が腹部へと突きかかる。咄嗟に上体を反らし辛くも斑尾の刺突をかわすも、その瞬間、突き出された右腕とは対照的に、脇へと引き絞られた朋麻呂の左肘が藤一郎の意識に映り込む。


 反射的に藤一郎は背後へと飛び退いた。直後に現れた太刀の切っ先は目標を失い(くう)を穿つ。苦し紛れの回避は全身の均衡をゆがめ、海老のように反った体が地面へと倒れ込む。藤一郎は段ビラを握った右手を地につくと、倒れる体を腕力で押し返し、横へと転がりながら何とか体勢を立て直した。


 目まぐるしく変わる視界の中に朋麻呂の姿を捉え、段ビラを両手で握り直し次の局面へと備える藤一郎。しかし朋麻呂は左の太刀を突き出したまま動くことなく藤一郎を見つめていた。


「お見事でおじゃる! 麻呂の二段突きをしのぐとは。……心底感服いたしましたぞ」


「っへ、今のはたまたま体が反応してくれただけのことです。もう一度よけられる自信はありませんな」


「ご謙遜を。……しかし口惜しいのぉ。なぜ其方(そなた)ほどの武人が中州殿を裏切り導鏡ごときに力を貸しておるのじゃ?」


 お屋形様を裏切り導鏡に力を貸す? 朋麻呂は何の話をしているのか? 不可解な問い掛けに藤一郎は表情を曇らせた。


「導鏡に力を貸す、とは?」


 その言葉に今度は朋麻呂の表情が曇る。


「とぼけるでない。麻呂が調査のため中州国へと放った忍びを退けたのはお主であろうが?」


「は? ……いえ、そのような事をした覚えはありませんが……」


「知らぬ、と申すか?」


「……そもそも導鏡と懇意であられるのは少将様でございましょう?」


「麻呂が彼奴(あやつ)と? 苦し紛れに何を(たわ)けたことを」


 要領を得ない会話に疑問を抱きながらも互いの心中を探り合う二人。茄蔵はそんな二人の話を聞きながら訝しげに藤一郎へと語りかけた。


「毘沙門さん、ひょっとして俺たち何か勘違いしてるんじゃねぇか?」


「アホが、騙されるんじゃねぇ茄坊。お前は百姓育ちだから知らんかもしれんが、都の公家連中ってのは互いに騙し合うことを生業(なりわい)にしているような連中なんだぞ。そんな人間の口車にうまく乗せられてるんじゃねぇぞ」


「聞こえておるぞ、無礼なヤツめ……ならば白妙の危機に都合よく現れたことはどう説明するつもりでおじゃるか?」


 朋麻呂はその視線を一人立つ白妙へと移した。


「それは先ほど申し上げた通り――」


「この期に及んでまだ(しら)を切るか。ほんに太々(ふてぶて)しいことよのぉ。よいか? 白妙が密かに討鬼殿の屋敷を抜け出していたことは既に知っておったのじゃ。そしてどういう訳かこのような辺境の村里へとやってきおった。……大方ここで待機していた其方(そなた)らと合流し、また良からぬことでも企てておったのであろうが?」


「我らが……この女と?」


 藤一郎と茄蔵も白妙へと目を向ける。周囲の視線を一手に集め、白妙は戸惑いの様子を見せた。


「あの、私は本当にご隠居様の言伝を……」


「全く、何奴(どやつ)も妄言ばかり吹きおって……其方(そなた)の素性などとうに割れておる。だからこそ麻呂自ら都より出向いてやったのだ。導鏡……いや、澄恒(ちょうこう)の手飼い、伊喜国(いきのくに)の女忍び“白妙”よ」


 白妙は動揺する素振りこそ見せないが、何か反論するでもなく不安げに朋麻呂を見つめていた。


 澄恒? 伊喜の女忍び? 藤一郎は思いもかけぬ朋麻呂の言葉に混乱しながらも、どことなく感じる不穏な気配に息を詰まらせた。朋麻呂がすぐに言葉を続ける。


「どういった理由で三野のご隠居殿に取り入ったのかは知らぬが、(まご)うことなく澄恒の指示によるものでおじゃろうが? 彼奴(あやつ)のことじゃ、今度は三野国の動乱を企んでのことに違いはなかろう……全く、帝の治めるこの太平の世で忌々しきことよ」


 そう言うと朋麻呂は天を仰ぎながらため息を漏らした。


「どうじゃ、最早言い逃れなど通らぬぞ。そもそも遠方への言伝に自分の妾を使う莫迦者がどこにおる。いくら答えに窮したとはいえ、浅薄よのぉ」


 なるほど、言われてみれば確かにその通りか。朋麻呂の指摘に納得する藤一郎と茄蔵。ややあって白妙は静かに顔を伏せると「ふふふふ」と、こらえきれぬ様子で笑い声を漏らした。


「何やら存じませんが、勝手に潰し合ってくれれば儲けものと思っておりましたのに……さすがにそううまくはいかないようですね」

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