第二十七節.その太刀はかく語りき
「退治してこいって……おい、じいさん! ひょっとして呪いを掛けた野郎を始末すりゃ鷹坊は助かるってのか?!」
一筋の光明を得た藤一郎は意図せず酩酊に詰め寄る。
「野槌は自身が認識した存在に対し無条件で呪いをかけてきおる厄介な妖じゃ。その呪いは呪われた者が命を落とすか野槌が生き続ける限り続くのじゃ」
「つまりそいつを退治しちまえば呪いは解けるって寸法なんだな?!」
「そうじゃ。……しかし今回に限ってはそう単純な話ではないかもしれん」
「何だよ! どっちかが死んじまえば呪いは消えるんだろ?」
もったいぶった酩酊の口ぶりに藤一郎は苛立ちを覚えた。
「確かに相手が野槌であれば退治さえしてしまえばそれで解決じゃ。しかし先程慈螺に聞いた話では相手は大ムカデに匹敵する巨体の持ち主であったとか」
「あぁ、俺も実際に見たわけじゃねぇが、あの感じだと相当デカい奴だろうな」
「ワシの知りうる野槌はせいぜいが蛇程度の大きさじゃ。大ムカデほどもある野槌など見たことも聞いたことも無いわい」
「じゃぁ何か? 鷹丸に呪いをかけやがったのは野槌ってヤツじゃねぇってことか?」
「そうとも言い切れん。力の強さは違えど呪いの性質は野槌のそれと酷似しておるからのぉ。ワシも知り得ぬ巨大な野槌が存在しておるのかもしれぬ……。ただ、もし相手が野槌ではなくそれによく似た呪いを用いる全く別の妖であった場合、単純に退治しただけでは呪いが解けぬ恐れもあるのじゃ。……呪いの中には掛けた本人が死んだ後も現世に残り続けるものもあるからのぉ」
「なんだよそりゃ! それじゃぁ手の打ちようがねぇじゃねぇか!」
「しかし相手が野槌ではないにしろ、呪い自体は同じものである可能性も――」
「あー、もう、じれってぇな! 鷹坊には時間がねぇんだろっ?! それにじいさんが退治を口に出したってことは、確実じゃねぇにしろその方法が一番目算が高いと踏んだからじゃねぇのか? なら、四の五の理屈をこねてねぇでさっさと実行に移そうや!」
「ほっほっほ、これは驚いた。お主、見た目によらず意外と頭も回るようじゃのぉ」
「何だとジジィ?!」
「ふむ……確かに今は時間が惜しい。もしも呪いが解けぬようであればそのときに方法を考えるほかあるまい。しかし血気に逸って用心を怠るではないぞ? 相手は先人も持て余した得体の知れぬ妖なのじゃからな」
「わぁってるよ。化け物のことは俺に任せときな、必ず退治してきてやらぁ。それよりも、じいさんの力で鷹坊の命はどこまで伸ばせそうなんだ?」
酩酊は藤一郎に再び背を向けると、筆を取り出し護摩木に何かを書き始めた。
「随分と粗削りな護摩木じゃな……まぁ、もって一日といったところじゃろう」
「一日か……」
僅か一日……しかし放っておけば半刻ともたぬ命、上等と言うべきか。藤一郎としては今すぐにでも洞穴に駆け戻って憎き妖と一戦交えたいところではあったが、相手の正体も判然としない中ああも暗い洞穴内で戦いを挑むことは自殺行為に等しい。藤一郎が静かに打開策を模索している中、珍しく険しい表情を浮かべた茄蔵が藤一郎に近寄り口を開いた。
「毘沙門さん俺も一緒に連れていってくれよ。鷹兄ぃを助けてぇんだ」
「分かってる、茄坊は大事な戦力だからな。行きたくねぇって言っても連れて行くつもりだったぜ。あと、慈螺。お前にも付いてきてもらうぞ。あんな目に遭った直後で申し訳ねぇとは思うが、あの暗い洞穴の中で行動するにはお前の助けが絶対に必要だ」
「はい。もちろんお供いたします」
椿姫はその美しい顔に強い決意の色を浮かべながらうなずいた。
「富士坊はここに残ってじいさんの補助をしてやってくれ。きっちり祈祷を続けてもらわねぇと鷹坊が死んじまうからな」
「……分かりました。姫宮様もどうかお気をつけて」
「おう! 俺らに任せておけって。間違いなく妖の首を上げてきてやるぜ」
平伏する富士重の肩を二度三度と叩く藤一郎。囲炉裏の炎は煌々と燃え上がり、呪いの言葉を暗誦する酩酊の声は捲土重来の鬨のように一同の心を鼓舞していた。そんな中、床に伏せる鷹丸を漠然と見つめていた茜は不意にある考えへと思い至っていた。
――待てよ、たしか与平はツチガミサマを封じたのは御剣神社の創建に関わった神職だとか言っておったよな……ならばご神体として祀られていたこの太刀が何か有用な情報を知っているのではないか?
茜はそばに置いてあった布包みを引き寄せると、乱暴に包みを解き太刀の柄を強く握りしめた。
「少し聞きたいことがあるのだが、良いか?」
――百八十年前にこの地に現れた妖のことでございますね。
「やはり妖の正体を知っておるのか?!」
ひときわ大きく発せられたその言葉は一同の目を茜へと惹きつけた。
――あの妖はある事象が発端となって巨大な力を得てしまった野槌に相違ありません。当時、神社創建の大きな脅威と判断した初代宮司様が躑躅崎様の力をお借りして何度も退治を試みたご様子でしたが、野槌の強大な呪詛の前に多くの人々が命を落としてしまいました……。
「巨大な力を得た、野槌……」
物悲しそうに語る太刀の言葉に茜はポツリとつぶやいた。
――あの時、神職方の呪詛封じの法を用ってなお防ぎきれぬ熱病に苦しめられながらも、武士方は果敢に野槌へと戦いを挑んでおられたようでした。しかしどれほど斬りつけようとも野槌の傷は瞬く間に癒えてしまうようで、このままではいたずらに被害が拡大するだけだと判断された宮司様は多数の犠牲者と引き換えになんとか山中にある洞穴へと野槌を誘い込むことに成功し、強力な結界の術を用いて彼の妖が外界へと出てこれぬよう封じ込めたのでございます。
「ちょっと待て、野槌に刃は効かぬということか? それではどう退治したらよいのだ?!」
――神職方の祈りによって神々の祝福を受けた刃であれば傷の癒えを遅らせることも可能なようではありましたがそれも一時的なもの。相手の傷が癒えぬ間にあれだけの巨体を斬り伏せるとなると一筋縄ではいかぬかと。
言葉を失ったまま苦い表情を見せる茜。藤一郎は茜の発言に凶兆を感じつつも、感情を押し殺したまま次の言葉を待った。
――……ですが手だてが無いわけではありません。この身に本来の霊力が戻れば或いは皆様のお力になれるやもしれません。
「どういう意味だ?」
――本来私には大きな霊力が宿っておりました。しかしその力が悪人の手に落ちることを危惧しておられた躑躅崎家のご意志により、この身が御剣神社に祀られるに際して私の刀身と霊力とは切り離されて別々に祀られることとなったのです。この儀式は外部に知られることがないよう極秘裏に行われ、その事実を知る者は私と代々の宮司様、そして躑躅崎家の一部の方だけかと思われます。
「霊力を切り離された?……それで、その力があれば野槌を退治できるのか?」
――宮司様はそのように仰っておられました。
太刀の言葉に希望を感じながらも、しかし茜の表情は陰りを見せたままであった。
「一つ聞くが……お前にそれほどの力があるのならば、なぜそのとき野槌を退治することができなかったのだ?」
茜の疑問は至極真っ当なものであった。太刀は僅かにためらいを感じさせながらも話を続けた。
――……当時私の力は既に分かたれておりましたが、私の力に目を付けた宮司様は再び刀身に霊力を戻した上で野槌討伐の一助とするよう躑躅崎家の方に進言されておりました。ところが躑躅崎家の方はその提案に難色を示し、どれほど説得しようとも色よい返事をいただくことが叶いませんでした。結果として宮司様は更なる犠牲を覚悟の上で野槌を封じる道を選んだと聞いておりますが、常々「お前の力を使うことができれば」と嘆いておられた姿を今も忘れることができません……。
「なぜ公家のヤツはそこまで頑なに拒否したのだ?」
――詳しいことは存じませんが、太刀を渡した者が私の持つ力に魅入られてしまいそのまま持ち去ってしまうことを危惧されていたように聞いております。
「ふん、そんな理由で現場の者に被害を強いていたというのか。公家共のしみったれた性根は今も昔も変わらんと見えるな」
茜は不快感を吐き捨てるようにつぶやいた。




