第二十一節.主馬の怪
「村の言い伝えではツチガミサマに祟り殺された人間はそのまま埋めちまうと数日後に墓から蘇って村を襲うってんで、一度骨になるまでよーく焼いてから村から離れた場所に深い穴を掘って埋めちまうらしいですよ」
「それじゃあ、あの煙はもしかして……?」
茜がそう言うと一同は村の奥から勢いよく天へと昇ってゆく白煙を見上げた。
「今朝方に村人の一人が亡くなったそうです。外にも数名の者が祟りの病で今も床に伏せているとか言ってました」
「それは何とも気の毒な話だな……神様がヘソを曲げている原因は分からんのか?」
「村人たちにもよく分からないそうです。何でもツチガミサマを祀る洞ってのが村の先にあるらしいんですが、そこに近寄ったことが原因じゃないかと……ただ、近寄った者皆が皆祟られたってわけでもないようでして」
「何でそんな場所に行ったのだ?」
「その洞の近くに村の炭焼き小屋があるそうなんです」
「炭焼き小屋? そうか、炭焼きに出た先で祟られたというわけか」
「らしいですね」
茜は立ち上る煙を見上げたままその場に立ち尽くしていた。すると酩酊が錫杖を鳴らしながら村の中へと歩き出した。
「どうされました法師様?」
慌てて声をかける富士重。酩酊はいつになく真面目な顔で振り返った。
「村人を祟る神の御心は分からぬが……。その病とやら、ひとつ拙僧が診てやろう」
「やめとけじいさん。下手なことをすると俺達まで祟りに巻き込まれちまうかもしれねぇぞ」
「お主らは湫野宿に戻っているがよい。拙僧はしばらくこの村に滞在してみるとしよう」
藤一郎の制止を振り切り酩酊は村の奥へと向かってゆく。
「アホが、こんな寒村で声高に念仏を唱えたところで大した布施は期待できねぇぞ!」
「ほっほっほ。心配せずとも生死の境にある者から施しなど期待してはおらんよ。もっとも快気の末に拙僧のありがたい話が聞きたいというならばそれなりの対価はもらうがの」
酩酊は振り向くこともなく笑って答えた。言葉を失う藤一郎。すぐに富士重は茜のそばへと駆け寄った。
「翠扇様、私も法師様と共に残ることをお許しください。念のためにこの太刀はお返ししておきますので翠扇様たちはどうか我々に気にせず宿場にお戻りください」
富士重はそう言って頭を下げつつ、持っていた布包みの太刀を差し出した。茜が無表情のまま太刀を受け取ると富士重は自分の願いが聞き届けられたと解釈し、再び一礼をするなり急いで酩酊の後を追った。
「待て、お前たち」
その場を立ち去ろうとする二人に向かい茜が声を上げる。酩酊と富士重は足を止めた。
「二人とも勝手な行動をするな。……鷹丸、泊めてくれそうな家が見つかったと言っていたな。案内しろ」
茜は太刀の包みを鷹丸に差し出す。鷹丸は戸惑いながらも太刀を受け取ると、同時に藤一郎の顔色を窺った。
「翠扇様、まさかこの村に逗留するおつもりですか?!」
藤一郎が血相を変えて茜を見る。
「最初からそのつもりであったろう」
「いやしかし! 万が一翠扇様がこの地の神に祟られるようなことにでもなったら」
「ツチガミサマの洞とやらに近づかなければよいのであろう? それともその祟りとやらは人から人にうつるものなのか?」
「あ、いえ、そういった話は無いようですが……」
急に視線を向けられた鷹丸は困惑気味に答えた。
「ならば問題はあるまい。富士重、我らは一足先に今宵の宿へと向かう。後ほど合流し詳細を聞かせてくれ」
「承知いたしました」
富士重は恭しく頭を下げると酩酊と共にその場を去っていった。
◇
「こんなあばら家で大したもてなしもできませんが、どうかご勘弁くだせぇ」
小さな囲炉裏を前にして与平とサチの百姓夫婦は茜と藤一郎に平伏した。
「いや、屋根のある場所に泊めていただけるだけでも幸せです。しばしの間厄介をかけると思いますがどうかよろしくお願いいたします」
そう言って茜と藤一郎が頭を下げると与平とサチは尚も恐縮する。村人の温情により一行は主馬に宿を借りることができたが全員が一同に寝起きできるほど大きな民家が村には存在しなかったため、茜、藤一郎、酩酊は与平夫婦の家に、三兄弟と慈螺はそこから少し離れた場所に立つ常吉の家に泊まることとなった。どちらの家も瀬川村にある三兄弟の家と同程度の広さであり、百姓らしく簡素な作りの家であった。
「何でもお武家様方は中州国より御剣神社に参拝にいらしたとか。そんな遠方からわざわざこんな辺鄙な場所まで来られるとは、何かあの神社によほどの理由がおありで?」
その言葉に藤一郎がギロリと目を向けると与平は上げかけていた頭を再び下げ、すかさず「申し訳ありません!」と続けた。
「ここはあなた方の家で我らは居候の身です。どうかそう畏まらないでください。確かに我らは中州国の者ですが実は主君の命により三野守様のお屋敷に伺う用向きがありまして、今はその帰り道なのです」
与平は畏まったまま「ははぁ!」と答える。
「屋敷に滞在していた折に湫野宿のそばには珍しい太刀を祀る神社があるという話を耳に挟みまして、武家に生きる者としてはそのような神社があるならば一度は参拝していこうかと思い立った次第なのです。今は不心得者の所業によりそのご神体も行方知れずという話ですが、それでも拝殿を前に合掌することで何らかのご利益があるのではなかろうかと淡い期待を持って参詣したところ生憎と神社には都の公家様がご滞在中とのこと……。あと二、三日もすれば都にお戻りになられるとのことですが、その確認のためにここと湫野を往復するのもまた面倒な話です。いっそ参拝を見合わせ国元に戻ろうかとも考えましたが、どういうわけか無性にあの神社から惹きつけられるものを感じまして、これは神様のお導きとでも言うのでありましょうか? ……それほど急ぐ旅でもなし、こうなったら何としてでも参拝せねばなるまいと思い近隣に数日の宿を求めていたところでございましたが、主馬の方々とあなた方夫婦の厚情を賜り、感謝の意味も含めここでこうして事の成り行きをお話ししている次第です。ですからどうかもう面を上げてください」
気さくに語る茜を前に幾分緊張の糸がほぐれた与平夫婦は互いに顔を見合わせながらおずおずと頭を持ち上げると、「それは信心深いことで……何もないところではございますが、どうかごゆっくりお過ごしくだせぇ」と遠慮がちな笑顔を見せた。
「姫宮」
そう言って茜が目くばせをすると藤一郎は「はっ」と応じ、あらかじめ用意しておいた銭束を懐から取り出し与平の前に差し出す。紐で結ばれた銭の塊を前に夫婦は目を丸くした。
「これはせめてもの気持ちです。どうかお納めください」
「こ、こんな大金を? あの……本当にいただいてしまっても……?」
「遠慮は無用です。それよりも――」
先程までの緊張も忘れ、思いもかけぬ幸運に嬉々とする与平夫婦。そんな二人の様子に構うこともなく茜は鷹丸に聞いたツチガミサマとその祟りについてより詳しい話を聞かせてくれるよう夫婦に頼んだ。すると茜の口からその名を聞いた途端、与平は伏目がちに重苦しい表情を浮かべる。そして本題を避けるようにボソボソと言い訳じみた言葉を並べていたが、やがてためらいつつも人づてに聞いたというツチガミサマの伝承を語り始めた。
与平の話ではこの村の奥にある山の中腹には大きな洞穴が口を開いており、そこは古くからツチガミサマと呼ばれる神様が眠る洞穴として村の者たちの信仰と畏怖の対象であったそうだ。言い伝えではツチガミサマは洞穴の中で静かに眠り続けており、もしツチガミサマを起こしてしまえばこの地に大きな災害を引き起こすと言われているらしい。
先代の沙汰人が調べたところによると御剣神社の縁起録(創建の由来が記された書物)にもツチガミサマに関する記述が見られるそうで、それによるとツチガミサマは百八十年前の神社創建の折に突如この地に現れた妖らしく、当時の主馬に甚大な被害をもたらしていたそうだ。
ちょうどその頃、都の躑躅崎家から要請を受けこの地に御剣神社を創建するため尽力していた時の神職はこの事態を重く受け止めると、すぐに躑躅崎家に助力を乞い妖を無力化すべく行動を起こすこととなる。その結果、妖の強大な妖力に苦戦しながらもなんとか件の洞穴に封じ込めることに成功したのだそうだ。
縁起録に曰く、その外見は黒い体毛に覆われた巨大なケムシのようであり、近寄るものには緩やかな死の祟りを、触れる者には速やかな死の祟りを与えるという。そして文章の最後には妖を封じ込めるため洞穴の入り口に張られた注連縄は決して断つことのないよう強く書き記されていたとのことだった。




