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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第二十節.門前払いのその後で

「……翠扇様いかがいたしましょうか?」


 黙したままの茜に藤一郎が語りかける。


「出直すぞ」


「は?……あの、出直し、ですか? その、包みだけでもそこの者に――」


「出直しといったら出直した。余計なことを言うな」


「も、申し訳ありません」


「姫さん、せっかくここまで来たのにこのまま湫野まで戻るんかい?」


 一同の心中を代弁するように茄蔵が無遠慮に口を開く。


「仕方なかろう、少将様がお見えなのだ。しかも宮司の命令がある以上、無理に入ればこの者にも迷惑が及ぶ」


「そりゃそうだけんど、せめて太刀だけでも――」


「うるさい! だから余計なことを言っておらんでさっさと戻るぞ!」


 茜は茄蔵を叱りつけると集落の男に対し「手間をかけてすまなかったな。また日を改めて出直すとしよう」と告げ、さっさと来た道を戻り始める。


「申し訳ないことです」と頭を下げる男を残し一同は慌てて茜の後を追った。


 しばし無言のままに歩みを進める一同だったが、三叉路を前にして酩酊が茜に近づき問いかけた。


「嬢ちゃんや、どうして太刀を返さんのだ?」


「……今あの場に太刀を持ち込めば間違いなく少将様が関わってくるでしょう。話を聞く限り少将様はこの太刀に随分とご執心のご様子」


「ふむ、結構なことではないか。きっと大喜びの上、都に呼ばれて莫大な褒美が貰えるかもしれんぞ?」


「だから嫌なのです。私としてはあまり事を大げさにされ公家絡みの面倒ごとに巻き込まれるのは御免です」


「変わった嬢ちゃんじゃな。都の公家と繋がりができるとあれば一国の守護大名でさえ喜んで尻尾を振りそうなものをのぉ」


 首を傾げる酩酊の横で茜はせっかく戻した太刀を朋麻呂が収集欲に駆られて都に持ち帰ってしまうのではないかと心配していた。何せ二十年も行方知れずだったご神体だ。集落の者たちの口を何とか(つぐ)ませることさえできれば都まで真実が伝わることはないだろう。正直なところ戻した太刀がその後どうなろうと茜にとっては知ったことではなかったが、享楽的でお高くとまった公家風情にうまうまとお宝を持ち去られるのは何となく(しゃく)に障るのだった。


 朋麻呂さえ帰ってしまえばご神体帰郷の報は使者を通じて躑躅崎家側に伝えられるはずだ。そうなってしまえばいくら朋麻呂とはいえ勝手にご神体を持ち出すこともできまい。もちろん使者や集落側に朋麻呂の息のかかった人間がいないとは限らないがそのときはそのときだ。そこまで無駄に意地を張る必要も無かろう。


「富士重、太刀を貸せ」


 茜は唐突に足を止めると富士重に向かって広げた手の平を突き出した。


「あ、はい」


 富士重が麻布に包まれた太刀を手渡すと茜は包みの端から柄を露出させそれを握った。


「すまんな、お前の里帰りはもう少し後になりそうだ」


 ――お話しは聞こえておりました。二十年間沼に沈んでいたことを思えば今更数日待つことなど苦にもなりません。全てお任せいたします。


 茜は再び太刀の柄を覆い隠すと無言で布包みを富士重に差し出した。


「やはり湫野宿まで戻りますか?」


 富士重は両手で布包みを受け取ると茜に問いかけた。


「そうだな……」


 一刻(約二時間)程の距離とはいえ同じ道をまた往復しなくてはならないというのも正直億劫ではある。しかも二、三日経てば神社に参拝できるというのもあの男の予想であって朋麻呂の気分次第でどうとでも変わってくるだろう。三日後に再び訪れたところでまだ朋麻呂が滞在していたというのでは骨折り損以外の何物でもあるまい。茜がどうしたものかと思案に暮れていると茄蔵が丘の上に点在する民家を見上げながら口を開いた。


「なぁ姫さん、あそこの村で泊めてもらうわけにはいかねぇかなぁ? 同じ所を行ったり来たりするよりそのほうが楽でねぇか?」


「アホが! あんな村に旅籠があるわけねぇだろうが。翠扇様に牛小屋ででも寝泊りしろってのか?」 


 すぐに藤一郎が反対の声を上げる。


「牛小屋じゃなくても頼めば誰かの(うち)に泊めてくれるんじゃねぇかなぁ」


「似たようなもんだ。そんなまともに布団も無いような場所に翠扇様を――」


「いや待て姫宮。……悪くない考えだ」


「え? ……いやしかし翠扇様!」


 確かに主馬で宿が取れれば湫野と神社を往復する必要はない。しかもあの村ならば朋麻呂が都に出発したかどうかの確認も容易そうだ。冬とは違い今の時期ならば雨風さえしのげるなら寝床に頓着はないし、住人に多少の銭を渡してやれば何かしら食い物も調達できるに違いない。確かに夜間の藪蚊(やぶか)対策は必要になるかもしれないがそれは藤一郎たちが何とかしてくれるだろう。何より旅先で百姓の民家に宿を借りるというのも趣きがあって面白そうだ。


「おい鷹丸。ひとっ走り行って泊めてくれる家がないか聞きまわってきてくれんか?」


「お安い御用ですよ」


 鷹丸は茜の頼みを二つ返事で引き受けるとすぐに主馬に向かって坂道を走っていった。


「翠扇様、本気なのですか?」


 当惑する藤一郎に「もちろん本気だ」と事も無げに答える茜。すると酩酊が藤一郎に近寄り茜の意志に同調する。


「よいではないか。たまには(しつら)えられた宿を離れ、人少ない山野で不便に甘んずるというのも己の内なる仏性と向き合うよい機会かもしれぬぞ」


「翠扇様は坊主じゃねぇ! 中州国の……武家のお姫様なんだぞ!」


「坊主であろうと姫様であろうと皆、心に等しく仏を(いだ)く“人”には違いあるまい?」


「そんな話をしてんじゃねぇ! こんな、いつ獣や妖怪が湧いてきそうな場所で昼夜を過ごさせちまって姫様にもしものことがあったらどうするつもりなんだよ?!」


「はて、そういったモノから嬢ちゃんを守るのがお主の役目ではないのか?」


「だから! そういったモノから守るためにももっと安全な場所でだな――」


「もうよい姫宮。お前の私を思う気持ちはうれしく思うがもう決めたのだ。首尾よく泊めてくれる家が見つかるようならば数日の間あの村に滞在させてもらおう」


「翠扇様!……いえ、承知いたしました……」


 茜の性格を知る藤一郎はこれ以上の問答が意味をなさぬことを悟り力無く答える。そして鷹丸が走り去った坂道を上り始める茜の後姿を追いながら――なに、じいさんが言った通り俺が姫様を守り抜けばいいだけのことじゃねぇか。と自分に言い聞かせた。


 茜を先頭に一同が主馬に向かって歩いていると突如村の奥からもうもうと白い煙が立ち上り始める。騒ぎ声が聞こえないところを見ると火事ではなさそうだが一体何をそれほど燃やしているのだろうか? 疑問に思いながらも一同が棚田を越え一軒の家屋の前までたどり着くと、村の奥から歩いてきた鷹丸が茜たちの姿に気づき駆け寄ってきた。


「鷹丸、泊めてくれそうな家はあったか?」


「ええ、まぁ……泊めてはくれるそうなんですが……」


 茜の問いに鷹丸は背後を振り返りながらもったいぶった様子を見せる。


「何だその歯切れの悪い言い方は」


「あの、少し嫌な話を聞きましてね。この村に泊まるのはよしたほうがいい気がして……」


「嫌な話って何だよ? 夜になるとでっかいムカデでも大挙して押し寄せてくるってのか?」


 藤一郎がからかうように口を挟む。鷹丸は不快感とは違う重々しい表情を見せながら藤一郎の方に顔を向けた。


「最近この村で(たた)りが頻発してるらしいんですよ。“ツチガミサマ”とかいう神様の」


「……なんだそりゃ?」


「俺もよく分からないんですけど、聞いた感じだとこの辺りで祀られている神様みたいですね。それでその神様の機嫌が近頃どうも芳しくない様子で……」


「機嫌の良し悪しで人を祟るとは困った神様もいたもんじゃの」


 酩酊の言葉に富士重が「そうですね」と同意する。茜は怪訝そうな表情を浮かべつつ鷹丸に問いかけた。


「それで祟られるとどうなるんだ? まさか命を取られるとでも言うのではなかろうな」


「祟られた人間は原因不明の病にかかっちまうらしいんですよ。何でも高熱にうなされて起きることもできなくなるそうで、そんで薬も効かないまま徐々に体が黒く変色していって、やがては……」


「死んじまう、ってのか?」


 藤一郎が先程とは打って変わって真剣な表情を向けると鷹丸は静かにうなずいた。

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