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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第十九節.お刀様の里帰り

 朝を迎えた茜たち一行は、太刀をそのあるべき場所へと戻すため南東にあるという御剣神社へと出発した。


 宿の女中が言うには神社のある集落は鹿鳴川を挟んだ反対側に存在するらしく、そこに向かうには粗目宿側の町外れから街道とは別に北東へ向かって伸びる細い道を進み、最初に見えてくる古い橋を使って川の向こう岸に渡る必要があるそうだ。その後は道に沿って南東の方角へ歩いてゆくと主馬(ぬしま)という小さな村落が見えてくるが、村の手前にある三叉路を村とは別の方向に進むことで目的の集落である通称“お刀様の集落”に到着できるとのことだった。


 お刀様の集落は主馬の目と鼻の先に存在するらしいのだがなぜか主馬からは独立しており、慣例として御剣神社の宮司(ぐうじ)が集落の自治管理を担っているらしい。集落には神職の縁故者たちが代々暮らしているそうだが、だからといって外部の者に閉鎖的というわけでもなく主馬や湫野宿の人間とも普通に交流があるそうだ。さらにこの集落は都の公家とも古くからの繋がりがあるようで、その筋からの援助のおかげもあり住民の暮らし向きは比較的安定しているらしかった。


 ところが今から二十年程前に神社のご神体である太刀が何者かに盗まれてしまうという事件が起こり、当時は討鬼の屋敷はおろか都からも多数の人間がお刀様の集落に押し寄せ昼夜を問わぬ大規模な捜索が行われたらしい。残念ながらご神体の行方は今もって不明のままであり、以前は身分を問わず多数の刀剣好きが参拝に訪れていた神社もご神体不在となった今ではその人足も遠のき、月に数回、ごく一部の参拝者のみが集落に向かう程度となってしまったようだった。それでも前述の通り公家と神社の関係は依然として続いているようであり、年に数回は都からの使者が集落に足を運んでいるようである。


「あぁそうそう、お公家様といえば――」


「いやそうか。集落についてはよく分った。手間をかけさせて悪かったな、これはほんの気持ちだ」


 この女、放っておけば死ぬまで喋り続けるのではなかろうか? 方々に話題を散乱させながら延々と口を動かし続ける女中に嫌気がさしたのか、藤一郎は急いで金子(きんす)入れから銭を数枚取り出すと新たな話の種を芽吹かせようとする女中の前へと差し出した。


「え……そんな、よろしいのですか?」


「構わん。長々と有益な話を聞かせてもらった礼だ」


 女中は藤一郎から銭を受け取ると、周囲に宿の者がいないことを確認しながらそれを手早く懐へ収める。そしてうれしそうに謝礼を述べながら何度も頭を下げると足早に階下へと姿を消していった。藤一郎はやれやれといった様子で一同に苦笑いを向けると、他の者も無言の笑みで答えつつ既に準備を済ませていた荷物を背負い宿をあとにした。




 街道を外れ北東にしばらく歩いた一行はやがて鹿鳴川をまたぐ木橋へと到着する。経年による劣化は否めないが、人通りもないこんな場所にこれだけ立派な橋を架けるとは、これも公家の力添えによるものなのだろうか? 茜から太刀の運搬を任されていた富士重は麻布(あさぬの)でグルグル巻きにした太刀を両手で持ちつつ欄干越しに川の流れを追いながらそんなことを考えていた。


 橋を過ぎると種々の低木がまばらに茂る原野が一同の目前に広がる。女中の話通り確かに南東に向かって道は伸びているようではあったが、踏み固められ僅かに窪みとなっているだけのソレは人による手入れなど当然されていようはずもなく、道のそこかしこに顔を覗かせる雑草たちは人為的に踏み荒らされた土色の傷跡を消し去り、再びこの場所を緑の大海に戻すべく不断の努力を惜しまぬ原野の医師にすら見えてくる。獣道よりかは幾分かマシであろうという様相を前に一旦は躊躇の色を浮かべる一行ではあったが、それでも未だ残る道の痕跡を頼りに進路に芽吹く雑草を踏みしだきながら集落を目指して歩き始めていた。


 道を進むにつれ丘陵の斜面を階段状に区画化されたいくつもの田畑とその先で木々に埋もれながらも点々と立ち並ぶ茅葺(かやぶ)きの家屋が遠目に映る。道の向きから考えるにあれが話に聞いた主馬という村なのだろう。


 やがて一行は一刻(約二時間)も歩かぬうちに主馬と目したその村の近くまで到着していた。


 ふと道端に目を落とすと一抱え程の石に彫られた男女の像が置かれている。どうやらこの場所を起点として棚田の脇を通りながら村へと上る道と、それとは別方向に延びる細い道とが分かれているようであった。なるほど、これが村と集落を分ける三叉路に違いないと藤一郎はその小道の先へと目を向けた。まず目に付いたのは何の装飾も無いまま丸太を組んで作られた年代物の大鳥居である。鳥居の先にはこんな辺境の地には不釣り合いなほど優美に建てられた神社の拝殿と思しき建物が見受けられ、鳥居と拝殿の間には主馬と同じような茅葺き屋根を持つ家が中央の参道を避けるように何軒も軒を連ねているようだ。それはまるで大きな神社の境内に小さな集落が形成されているようでもあった。


 一行は集落を目指し細い道を歩き始める。やがて茜たちが集落に近づくと、鳥居のそばに立っていたここの住人らしい中年の男が声をかけてくる。


「失礼ですが、ここの神社に御用ですか?」


「ああ。こちらに珍しい太刀を祀る神社があると聞いてひとつ参拝させていただこうとやってきたところだ」


 藤一郎が答えると集落の男は途端に気の毒そうな表情を浮かべた。


「それはなんとも時期の悪い時に……申し訳ないのですが、今ここは集落の者以外は何人も立ち入れる訳にはいかん事になっておりまして……」


「立ち入ることができない? 我々は神社のうわさを聞いて遠路はるばるやってきたのだぞ。なぜそのようなことに?」


「全くお気の毒さまでございます。あと二、三日も過ぎれば境内への立ち入りも可能となるでしょうが、今はこの鳥居の外より参拝していただくほか、何とも……」


「だからなぜ入ってはいかんのかと聞いておるのだ。訳も話さず鳥居の外から拝んで帰れとは――」


「待て姫宮」


 問い詰める藤一郎を止め、茜は頭を下げてかしこまる男に話しかけた。


「この男が申す通り我らは遠路はるばるこの神社に参拝すべくやってきたのだ。そちらにも何か()まれぬ事情があってのこととは察するが、我らとしても理由も分からぬまま帰れと言われても容易には納得しかねる。せめて立ち入れぬその理由とやらを話してはくれまいか?」


 男は頭を上げつつ一同を見渡すと、再び茜に向かって頭を下げ、なんとも心苦しそうに語りだした。


「はぁ……。実は先日よりさる高貴なお方がこの地に滞在をされておりまして……そのお方がここを去られるまではどなたであれ鳥居の内側に通さぬよう宮司様より厳しく申し付かっておる次第なのでございます」


「さる高貴なお方?」


 茜の脳裏には踊念仏を踊る朋麻呂の姿が浮かんでいた。


「もしや、そのお方というのは躑躅崎の少将様ではないのか?」


「お武家様なぜそれを?」


 男は驚いたように顔を上げた。


「なに、ここに来る前に町でお見かけする機会があってな。もしやと思ったのだが……しかしなぜ少将様がこのような場所に……いや待てよ、ひょっとしてこの神社と強い繋がりを持つ公家というのは躑躅崎家のことなのか?」


「これは……お察しの通りでございます。この御剣神社は古来より躑躅崎様のご庇護のもとに神事を執り行ってまいりました。私も詳しくは存じませんがその歴史は今より百八十年前まで遡るとのことでございます」


「なるほど、それほど古くからの関係であったか。しかし使いの者ではなく自らお越しになるとは、よほどこの神社にはご利益があるのだろうな。……それで少将様以外にも躑躅崎家の方がお見えになることもあるのか?」


「いえいえ、以前は祭事の際に使いの方がいらっしゃるだけだったのですが……確か三年ほど前からでしたか? 秋頃になると少将様が少数の供の者をお連れになって自ら参拝にいらっしゃるようになりまして。当時は宮司様を含め集落の者全員が驚いておりました」


「まだお若いのに随分と信心深いことだな。何がそれほどまでに少将様を引き付けるのであろう?」


 茜が不思議そうに拝殿へと目を移すと男は少し考えるような様子を見せつつもったいぶるような口ぶりで話しだした。


「……私が見ている限りでは少将様はこの神社というよりも行方(ゆくえ)知れずとなってしまったお刀様にご興味がおありのご様子でして」


「お刀様というと、盗まれてしまったというご神体のことか?」


「はい。聞くところによりますと少将様は名刀の収集家でもあるらしく、神社を訪れる度にお刀様の所在を気にかけておられ、事あるごとに“ぜひ一度この目で拝んでみたいものだ”と漏らしておいでです。時折お見かけする本殿に向けた寂しげな表情などはまるで思い人に焦がれる純朴な若者のようにすら見えるほどで」


「あの少将様がか?」


「実際この神社のお刀様は古来より愛刀家との関係が深く、多方面より譲り受けたいという申し入れがあったと聞いております。いつぞやも宮司様が“例えお刀様が戻られたとしても今度は少将様に連れ去られかねんな”と冗談交じりに笑っておられました」


「そうか……」


 苦笑いを浮かべる男を前に茜は拝殿に目を向けると、そのまま何かを考え込むように押し黙ってしまった。

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