第十八節.五岳
「そ、それだけじゃありませんよ。ど、どうして私たちの部屋に侵入してきたんですか?」
慈螺の問い掛けに光悦は頭を上げると、大きく体をひねらせ後ろを向いた。慈螺の体が緊張で強張る。
「あー、あれッスか。あれはだって、茜ちゃんがちょくちょく見慣れない太刀を握っては何かブツクサ言ってるもんだから、何やってんのかな~って思っちゃいましてね。やっぱ、仕事熱心な俺っちとしては気になっちゃうじゃないッスか。そんでちょっくら調べてみるか、なんて思ったわけッスよ」
「そ、それじゃあ何かを盗みに入ったワケでは?」
「そんなことしないッスよ。ただあの太刀がどんなモノなのか見せてもらっただけッス。いやいや、喋るんスねアイツ。茜ちゃんの奇行も納得したッスよ。あんなモノいつの間に手に入れてたんスか?」
「不知沼という場所で拾ったのですが……あの太刀と話したのですか?」
富士重は光悦が太刀と会話をしたことよりも、太刀が話すことにさほど驚きを見せない様子に興味を持った。
「話したっていっても挨拶程度に二言三言言葉を交わしただけッスよ」
「そうでしたか。私はあれが世に聞く妖刀の類で、いずれ姫様に仇を為すのではないかと内心警戒していたのですが……光悦様はどう見られましたか?」
「いや、まぁ、変わった太刀だな~とは思ったッスけどね。でも別に邪な意思や強い力も感じられなかったし、そッスね、勝手に話しかけられるのはうっとうしいッスけどそれを除けば実害は無さそうな感じッスかね」
「なるほど、それを聞いて安心いたしました。……それにしても私は太刀が話すということだけでもかなりの衝撃を受けましたが、意思を持つ太刀というのは実はそれほど珍しいものではないのでしょうか?」
「いや、かなり珍しいと思うッスよ。俺っちも御大の命令で方々を飛び回ってるッスけど喋る太刀なんて五岳以外には聞いたことないッスからね」
「五岳? なんだよそりゃ?」
鷹丸は急にその場で胡坐を組むと興味深そうに問いかけた。
「聞いたことないッスか? 五岳ってのは強い霊力を持つ五振の太刀の総称で、正しくは霊刀五岳って言うらしいッスけどね」
「霊刀五岳ですか……初耳ですね」
光悦は自分も陶尽坊に聞いただけなので詳しいことまでは知らないがと前置くと、刀でありながら意思を持つという霊刀五岳について語り出した。
今から二百年程の昔、都にほど近い荒磯国に稀代の刀匠と名高い大和という男が住んでいたそうだ。彼の打ち上げた刀は強度や切れ味の鋭さといった実用性もさることながら、その刀身は見る者を吸い寄せるような優美さを誇り、美術品としても無上の評価を得ていたらしい。そのため現代に至ってもなお多くの者たちがこぞって大和の太刀を追い求めているのだそうだ。
その大和が晩年に打ち上げた傑作と言われているのが神の住まう国に存在するという伝説上の霊山、“妙高”、“斑尾”、“戸隠”、“飯綱”、そして“黒姫”の名を冠した件の霊刀五岳である。
どのような技で打ち上げられたのかは不明だが、五岳はそれぞれが自らの意思と強大な霊力を持つと言われており、手にした者は比類無き英知と天下を制するほどの力を得られるという言い伝えがまことしやかに語られていた。そのため今日に至るまで人妖を問わず数多くの者が五岳を欲しているそうなのだが、壮絶な奪い合いの歴史を経た結果、今となってはその所在も分からなくなってしまったようだ。
「嘘か本当か知らんスけど中州国の水神様が五岳の一振をお持ちだってウワサは聞いたことがあるんスよね。まぁ、そんな霊刀が本当に存在するなら俺っちも一度は握ってみたいッスよ」
「天下を制する力を持った霊刀五岳か……世の中にはスゲェ太刀があるもんだな」
いつの間にか話に聞き入っていた鷹丸はやや興奮した様子でつぶやいた。
「……もしかしたら我々の拾ったあの太刀が五岳の一振、という可能性は無いでしょうか?」
「いや、それは無いと思うッスよ。さっきも言った通り喋る以外に特別な力は感じられなかったッスからね。……まぁ、五岳の伝説自体が話にでっかい尾ヒレが付いただけで、実際には喋る以外に何の能も無い太刀でした、っていうならその可能性も否定できないッスけどね。どちらにせよ戦で使う分には普通の太刀と変わらないと思うッスけど、あの黒い刀身を誇示して伊達を気取れるって利点はあるかもッスね」
「そうですか」
「さて、長々と話しちまったッスけど俺っちはそろそろお暇させてもらうッス。引き続き茜ちゃんは見守らせてもらうッスけど、富士重ちゃん、俺っちのことは他言無用で頼むッスよ?」
「分かっております。……それよりも、我々の名までご存じだったのですね?」
「あんたらのことは御大から聞いてるッスから」
そう言って光悦は八角棒を手に立ち上がると、閉じたままの戸の方に体を向けた。困惑の目を向ける慈螺に富士重は静かにうなずく。慈螺が本堂の戸を開くと光悦は高下駄を踏み鳴らしながら鷹丸の横を通り外へと向かった。そして振り返ることもなく「そんじゃ」と軽く言い残すと夜に同化した漆黒の翼を広げ空へと飛び去っていった。
「……今の話、信じてよいのでしょうか?」
慈螺は再び戸を閉めると心配そうに富士重の顔を見た。
「嘘をついているようには見えなかったし、まず信じても大丈夫だろう。とりあえずは約束通り光悦様のことは我らだけの秘密として他の者には口外せぬよう注意しよう」
「茄蔵さんには伝えておいたほうがいいでしょうか?」
「そう、だな。くれぐれも姫様たちに漏らさぬようよく言っておいてくれ。それと部屋に入った侵入者は林まで追いかけたが見失ってしまったとでも言って姫様に詫びるとしようか。幸い盗られたものも無さそうなのでそこまでお叱りを受けることもないだろう」
「でもアイツ太刀と話したんだろ。そこからバレないかな?」
鷹丸は膝の上で頬杖をつきながら富士重を見た。
「そこは私がごまかしておこう。太刀にも事情を説明して協力してもらうようお願いしてみるさ」
「しかし隠し事なんて、あんま気分のいいもんじゃねぇなぁ……」
「仕方あるまい。正直に話せば光悦様が陶尽坊様に叱責を受け、陶尽坊様も姫様から非難をされかねん。姫様の身を案じての行動が結果としてその怒りを買ってしまっては陶尽坊様が気の毒ではないか。知らぬ間柄でもなし、我らもその意を汲んでやろう」
灯明に照らされた富士重の顔には言い知れぬ笑みが浮かんでいた。
寺の住持に感謝を述べてから一同が宿に戻ると、富士重たちは無事を喜ぶ茄蔵たちと憤慨する茜に対して侵入者を取り逃がしてしまった失態を詫びた。
「太刀から聞いたが賊は烏天狗だったそうだな」
茜は部屋の真ん中で手を組み胡坐を組み富士重に問いかけた。富士重は既に話が伝わってしまっていたことに内心で慌てながらも、あくまでも平静を装いつつ口を開いた。
「どうやらそのようです。我々も慈螺の力を借りて妖の残した妖気を辿りつつ町外れまで追いかけたはよかったのですが、その後林の中から空へと舞い上がってしまったようで……何か手がかりが残されていないものかと林の中をさまよい歩いてはみたのですがそれらしいモノも見当たらず、この失態を翠扇様にどうご報告したらよいものかと皆で途方に暮れておりました」
「バカ者が、つまらぬ心配をするでないわ。しかしなぜそやつはこの部屋に侵入してきたのだ? 皆で荷物を調べてみたが何もとられてはいないようだが」
「そうですか。何も盗まれていなかったのは不幸中の幸いでした。……恐らくですが、翠扇様の庶民離れした気品に引き寄せられた妖が何か高価な物を物色しようと侵入し、たまたま手に取った太刀に急に話しかけられ驚いた拍子にそのまま逃げてしまったのではないでしょうか?」
「なるほど。確かに兄貴の言う通り、いくら妖でも刀が突然口をきいたら驚くよな」
鷹丸が腕を組みつつ大げさに何度もうなずくと、慈螺が「……言われてみれば残されていた妖気の感じも慌てて飛び出していったような様子でした」といい加減な言葉で調子を合わせる。
「ふーん、いまいち腑に落ちんが……。まぁ何にせよお前達も荷物も無事で何よりだ。戻りが遅いので皆心配しておったのだぞ」
「申し訳ありません。以後注意いたします」
「烏天狗は剣術の達人と聞く。追いつけなかったのはかえってよかったのかもしれんの。ほっほっほ」
酩酊が笑うと藤一郎も「違ぇねぇ」と同意し、茄蔵も心底うれしそうにうなずいた。




