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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第十六節.天狗の仕業?

「飛んだって何だよ。まさか(あやかし)の類が俺らの部屋に侵入したってのか?」


「確信は持てませんが……それにこの感じ、恐らく今まで私達を監視していた者と同様のモノの気がします」


「監視? 監視ってなんだよ」


 途端に鷹丸の表情が曇る。慈螺は瀬川村を出てから時折感じていた気配について二人に話した。




「……なるほど。道中に感じていたモノと今追ってきたモノが同じであると?」


 話を聞き終えた富士重は軽くうなずきながら慈螺に聞いた。


「断定はできませんが、多分間違いないかと」


「しっかし襲ってくる訳でもなく、ただ付け回してくるだけなんて気持ち悪ぃヤツだな……何者だよ、一体」


「それについては思い当たる節があるんです。今までは遠くから意識を感じる程度のモノで深く考えもしていませんでしたが、宿からここまで追う中でおぼろげながらその質が見えてきました。侵入者は恐らく天狗に類する者かと」


「天狗……?」


 その言葉と同時に富士重と鷹丸の脳裏には陶尽坊(とうじんぼう)の姿がよぎっていた。


「まさか、陶尽坊様か?」


 富士重の問いに慈螺は目を伏せる。


「分かりません。ですが、天狗といって思いつくとすればあの方しか……」


「なんであのおっさんが俺達についてきてんだよ? あ、まさか姫様を心配して遠くから見守ってくれてんのか?」


「ふむ、それならば問題はないが。しかしそれならばなぜ宿に忍び込む必要がある?」


「そうなんですよね。私もそれが分からなくて」


「寂しくなって姫様と話しでもしたくなったんじゃねぇのか?」


「それならば姫様が居る時にいらっしゃるだろう。それに我らはもう帰路についているのだ。今まで姿を隠しておきながら、さてもうじき屋敷に帰りつくという段になってなぜここで姿を見せる必要があるのだ?」


「そりゃそうか。じゃぁ何でだろうな」


 一同が首をかしげる中、富士重は何かを思い出したように口を開いた。


「……慈螺、例の太刀は盗まれていなかったか?」


「え? うーん、よく覚えていませんが……確か置きっぱなしになっていたと思います」


「そうか……」


「何にせよ相手が飛んでっちまったんじゃ追いようがねぇんじゃねぇの? とりあえずは宿に戻って何か無くなってる物はないか確認してみようぜ」


「まぁその通りだな」


 鷹丸の言葉に富士重がうなずく。慈螺は名残り惜しそうにクヌギの木を見上げていたが、帰りを急かす鷹丸に渋々と同意した。曇り空も手伝ってか、つい先ほどまでの明るさは急激にその勢いを失い始め、宿場町の家々にも点々と明かりが灯りだす。夕食時に遅れてはまた茜に説教を食らってしまうぞと一同が来た道を急ぎ足で戻っていた矢先、突如足を止めた慈螺は顎を突き上げ紺色に沈む夜空を仰いだ。


「待って!」


 前を行く二人を慈螺が声を潜めて呼び止める。


「どうした……」


「静かに! そのまま、動かないでください……」


 富士重の言葉を遮り上空を見つめ続ける慈螺。ただならぬその様子に富士重と鷹丸もあてどなく上空を見回す。間もなく遠くの木々がざわめき始めたかと思うと、羽音と共に現れた巨鳥のような黒い影が林に並び立つ樹頭の上を滑るように飛行しながら北東の方へと飛び去っていった。


 突然の出来事に訳も分からず立ち尽くす二人。やがて突風に震える木々が落ち着きを取り戻し、周囲が再び静寂に包まれると鷹丸は恐る恐る口を開いた。


「おい、今のって?」


「恐らく部屋に入ってきたヤツです。でも……」


 慈螺は影の消え去った先を見つめながら怪訝そうに言葉を続ける。


「天狗、に違いは無いのですが……陶尽坊様ではないと思います。あの方が放つ強烈な圧力を感じ取れませんでしたから」


「陶尽坊様ではない?」


 富士重は自問自答するようにつぶやいた。


「あのおっさんじゃなきゃ誰が俺達をつけ回すってんだよ」


「分かりません……」


 陶尽坊ならば、ということで一応の糸口をみせていた監視者騒動だったが謎の影の出現により状況が一変する。暗く薄寂しい林の中で再び押し黙る一同。静かに響く虫の音に混じり口を開いたのは富士重だった。


「……慈螺、さっきの影を追えるか?」


「今なら追えます」


「よし。鷹丸、一緒についてきてくれ」


 鷹丸は腰に佩いた太刀の柄頭に左手を重ねると当然だと言わんばかりにうなずいてみせた。




 抱え上げた慈螺の案内に従って、歩き易いとは言い難い林の中を慎重に進んでゆく富士重たち。まだ夜の(とばり)が完全に降りきっていないとはいえ、暗く視界の悪い道は富士重と鷹丸に過剰な注意力を強要する。雑然と生える蔓草に進行を妨害され、足元の凹凸(おうとつ)に警戒しながらも二人は慈螺の感覚だけを頼りに林の奥へと踏み入ってゆく。


 日は刻々と暮れてゆきあらゆる景色が墨色に染め上がってゆく。暗闇の中に聞こえてくるのは様々な虫の鳴き声と踏みしめる枯れ木雑草の音ばかり。時折風に吹かれた木々がざわめき立ったかと思えば遠くからは得体の知れない獣の声が二人の警戒心を逆なでする。一度宿に戻って提灯(ちょうちん)を持ってくるべきだったかと一同が後悔を感じ始めていた頃、向かう先で林が大きく切り拓かれそこに見覚えのある建物の影を認めた富士重が、「さっきの寺か?」と自らに問いかけるように言った。


「さっきの? ……本当だ。戻ってきちまったのか」


 急いで富士重の隣に駆け寄った鷹丸が驚いたように声を上げる。慈螺は「知ってるんですか?」と富士重を見上げた。


「あぁ。宿を出てから法師様と共に訪ねた寺に間違いない。慈螺、天狗はあの寺のほうに向かったのか?」


「そのようです」


「そうか……」


 温厚そうな住持の顔を思い出しながら再び歩き始める富士重と鷹丸。林を抜け低い段差を飛び降り、立ち並ぶ五輪塔と卒塔婆に目を奪われながらも二人は小さな本堂の前へと辿り着いた。音を立てぬよう忍び足で建物に近寄ると、中からは微かな読経の声が漏れ聞こえてくる。どうやら堂内では住持が夜のお勤めを行っているようであった。


「居ます……あそこの木の上」


 声を潜めて慈螺が言う。その前足が指す先には周囲の木々と比べても一際大きなイチョウの木が立っていた。途端に富士重と鷹丸の間に緊張感が走る。


「暗くてよく分からないが、間違いないのか?」


 富士重は本堂に身を寄せながらイチョウの木を見上げた。


「はい、間違いないです。それにこの感じだと相手は烏天狗(からすてんぐ)のようですね」


「烏天狗か、それなら俺にもまだ勝ちの目はありそうだな……とっ捕まえて俺たちをつけ回す理由を聞き出してぇとこだけど、木の上じゃどうしようもねぇな」


 鷹丸は富士重の背後に身を潜めながら腕組みをしてつぶやいた。


「勝ちの目? 鷹丸の腕じゃ間違いなく返り討ちにあいますよ」


「あうかよ。姫宮様だって二体を相手にして圧倒したらしいじゃねぇか」


「それは姫宮様だからです。鷹丸には無理です」


「うるせぇよ! いちいち(かん)に障る猫だな」


「静かに。そう血気に逸るな鷹丸。何にせよせっかく見つけたのだ、相手に敵意が無いというなら詳しい事情を聞いてみたいところなのだが……これまで我々に感づかれないよう行動していたことを考えると無理に接触を試みたところで逃げられてしまう恐れがあるな」


「飛んで逃げられちまったらそれこそ手の打ちようが無いぜ?」


「うん……何かうまい方法を考えねばな」


 そう言うと富士重は本堂を見上げながら静かに考えを巡らせる。鷹丸は慈螺に問いかけた。


「こっちに気づいてねぇんだよな?」


「ええ、その様子は感じられません。多分木の上で考え事をしているのか、それとも寝ているのか」


「寝てるなら好都合だが音を立てずに木を登る自信もねぇしな……」


「たとえ寝ていたとしても相手は烏天狗です。近づいた時点で感付かれるかもしれませんよ」


 鷹丸と慈螺が会話を重ねる中、富士重は突然鷹丸の方へと顔を向けるとあまり気乗りしない様子で二人の話しに割って入った。


「……仕方ない、住持様にご協力を仰ぐとするか」

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