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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第十五節.侵入者

「やはり何かがいるとは思えない……でも……」


 慈螺は不可解そうに首をかしげた。


「何の話だ? 俺ぁさっぱり分からねぇぞ」


「あ、すいません」


 そう言うと慈螺は茄蔵のそばへと歩いてゆき、ピョンとその膝の上に飛び乗った。


「旅に出てからたまに妙な気配を感じるんです。どこか遠くからこちらを意識しているような……でも敵意は感じ取れなかったため、通りすがりの(あやかし)か何かがちょっとこちらに意識を向けたのかな、程度に思っていたのですが」


「違うのか?」


「……はっきりとは言えないのですが、気配の質がいつも同じというか、雰囲気が同じと言うか……どうも同一の存在から見られている気がするんですよね」


「そいつは妙だなぁ」


「でも、近寄ってくる様子は無いようですし、そもそもこれまでも何事もなかったわけで……やはり私の考えすぎかもしれません」


「うーん」


 茄蔵と慈螺が小声で話していると茜が急に立ち上がり「よし、話は決まった。では明日の朝までは各自自由に過ごすがよい」と一同に告げる。


「姫様はどうされますか?」


「私は町を歩いてくる。別に付いてこなくてもよいぞ」


「そうはまいりません。わたくしめもご同行いたしますぞ」


「仕事熱心なヤツだな……」


 呆れ顔でその場を去る茜を追い藤一郎もまた部屋を出てゆく。


「では拙僧もこの町の寺でも参拝してこようかの」


「それならば私もご一緒に」


 まるで師弟のような間柄を見せながら酩酊と富士重が部屋を後にすると、鷹丸は「お前はどうするよ?」と茄蔵に問いかけた。


「俺ぁ夕食(ゆうげ)までひと眠りするよ」


「そっか……お前が部屋に居るなら俺も兄貴についてくかな」


 鷹丸は一人つぶやくと「茄蔵、慈螺、荷物を盗られるなよ」と言い残し、富士重を追って廊下を駆けていった。残された茄蔵は倒れるようにその場で寝転がると、片腕を立てて枕代わりにしながら開け放たれた障子窓から薄曇りの空を眺めた。


「慈螺も散歩にでも行ってくるか?」


「私は茄蔵さんと一緒にいます。荷物は見張ってますのでゆっくりお休みください」


「そうか? わりぃなぁ」


 茄蔵は大きな欠伸(あくび)を一つすると仰向けになって静かに寝息を立て始めた。その様子を心穏やかに見つめていた慈螺は茄蔵の脇腹に沿うように身を寄せると、香箱(こうばこ)を作りながら先程茄蔵が見ていた空へと目を移した。




 住持との会話を終え寺を出た富士重と鷹丸は、用事があるから先に宿へ戻っていてくれと言う酩酊と別れ、旅籠に続く道を連れ立って歩いていた。富士重は寺での雑談を思い出しながら酩酊の見識の深さもさることながらあの寺の住持も中々のものだと称賛の言葉を並べ立てるのだが、鷹丸は兄が何に対してそんなに感心しているのかよく分からぬまま、それでも発する言葉の合間合間には「うん」「なるほど」「確かにな」と相槌だけは律儀に挟んでいた。


 (いぬ)の刻(午後七時頃)に近づき街道にも人影が薄れ始めた頃、富士重たちは宿の前へと戻ってきた。夕食は何が出るのだろう? 鷹丸がそんなことを考えながら借りている二階の部屋辺りに目を向けると、開け放たれた障子戸から不意に慈螺が勢いよく飛び出してきた。慈螺は欄干をくぐり一階の瓦屋根に飛び乗ると、そのまま事も無げに往来へと飛び降りる。


「何やってんだ慈螺?」


 鷹丸はそのまま走り去ろうとする慈螺に声をかけた。慈螺は立ち止まるとすぐに鷹丸たちのほうへと顔を向ける。


「ニャー!」


 何かを訴えるように一声大きく鳴いた慈螺は直後に街道の先へと走って行ってしまった。


「なんだありゃ?」


 走り去る慈螺を不思議そうに眺める鷹丸。


「ただごとではなさそうだな。追うぞ鷹丸!」


「え? ちょ、兄貴?」


 その様子に何かを感じ取った富士重は慈螺の後を追って街道を走り出した。突然駆けだした兄に困惑しつつも、鷹丸も富士重の後を追った。


 慈螺は街道からすぐに脇道へと曲がり、壁のように立ち並ぶ家屋の間を駆け抜けると、裏通りから枝分かれする小道の一つへと走っていった。


 ――大分薄くなってるけどまだ追える……でもこの感覚、ひょっとして……


 ぼんやりと浮かぶ予感に確信を持てぬまま慈螺は途切れた道の先に広がる雑木林へと向かう。縄暖簾(なわのれん)のように視界を遮る草をかき分け、場に残る気配だけを頼りに林の奥へと駆ける慈螺。やがて立派なクヌギの木の前で立ち止まると、木を見上げたままその周囲をウロウロと歩き回り始めた。


 ――ここから空に飛んでる。どうしよう、これじゃもう……


 ややあって富士重と鷹丸も雑木林へと到着する。ところが慈螺がこの林に入っていったところまでは確認できたのだがその後どこに向かったのかが分からない。二人は周囲に慈螺の姿を探しながら林の中へと踏み入った。


「兄貴、林の中じゃ探しようがないぜ?」


「そうだな……」


 鷹丸の言葉に同意しつつそれでも足を止めることなく奥へと進んでゆく富士重。鷹丸は辺りを見回しながら「おーい、慈螺ぁ!」と呼びかけた。


「……ニャーン」


 林の奥から力無い猫の鳴き声が聞こえてくる。その消え入りそうな声に嫌な予感を感じ取った二人は急いで声の聞こえたほうへと向かうが、意外にも慈螺の姿はすぐに見つかった。


「……何やってんだお前?」


 鷹丸はクヌギの幹にしがみ付いた慈螺を見上げながら呆れたように言った。


「あの……色々と伝えたいことはあるんですが……とりあえず下ろしてもらえませんか?」


 根から三間(約5.4メートル)程の場所で爪を立てながら必死に踏ん張っている慈螺。見たところ勢い木を登ってみたまでは良かったが、どうやらそれ以上登ることも降りることもできずにいるようであった。


「受け止めてやるから飛び降りろ」


「そんなおっかないことできません! 早く助けに来てください!」


「おっかないって……お前、仮にも猫だろう?」


「爪が食い込み過ぎてうまく外れないです!」


「面倒くせぇヤツだな……」


「鷹丸、登って助けてやれ」


 富士重に言われ渋々木につかまる鷹丸。そして枝も無く真っ直ぐに伸びる木を訳も無く登ってゆくと、慈螺がふんばっている場所まであっという間に到着する。鷹丸は両足でしっかりと幹に抱きつき両手を使って慈螺を木から引き剥がした。


「あ、ありがとうござ――」


「兄貴ぃ、落とすぞぉ」


「え?」


 鷹丸は富士重のいる辺りを目掛けて慈螺を放り投げた。慌てて体勢を整える慈螺を富士重が難なく受け止める。富士重の腕の中で慈螺は呆気にとられながらも、すぐに鷹丸を見上げ不満の声を上げる。


「いきなり落とすことないじゃないですか!」


 鷹丸は慈螺の抗議に答えることもなく手慣れた様子で木から降りてくる。慈螺は富士重の腕から飛び降りると鷹丸の戻りを待った。


「ちょっと、聞いてるんですか?!」


「うるせぇなぁ。無事に降りれたんだからいいじゃねぇか。それで何で木登りなんかしてたんだよ?」


「……気配を追ってたんですよ」


 慈螺は鷹丸を睨みつつ不貞腐(ふてくさ)れたように口を開いた。


「気配、とは?」


 富士重が興味深そうに問いかける。


「私たちが泊まっている部屋に何者かが侵入したようなんです。残っていた気配の濃さからすると多分半刻(約一時間)ほど前だと思うのですが」


「おいおい、部屋に盗人が入ったってことか? お前ら何やってたんだよ」


「私と茄蔵さんはずっと部屋にいました! ただ……」


 そこまで話すと慈螺は気まずそうに鷹丸から目をそらした。


「ただ、何だよ?」


「私も茄蔵さんも寝入ってしまっていて……」


「寝てた? じゃぁお前らがグースカ寝てる隙にまんまと賊に忍び込まれたってことかよ? 何やってんだ全く……」


「それで茄蔵はどうした?」


 富士重は慌てる様子もなく慈螺に聞いた。


「すぐに起こして荷物の確認をお願いしてあります」


「うん。姫様の金子(きんす)類は姫宮様がお持ちだから心配無いとして、取られているとすれば替えの衣や日用品といったところか」


「で、何でお前はできもしない木登りなんかしてたんだよ?」


 薄暗がりの中、青々と葉を茂らせるクヌギの木を見上げながら鷹丸が聞いた。


「だから、気配が残ってるうちに侵入者を追跡してたんですって!」


「この木の上に何かが居るってか?」


「いえ、ここから飛んでしまったようです」


「……飛んだ?」


 見上げていた視線を地上に落とすと鷹丸は訝しそうに慈螺を見つめた。

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