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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第十四節.濡羽色の太刀

「黒い刀身……?」


 藤一郎がつぶやいた。他の者達も物珍しそうに茜の持つ太刀を見つめる。


「なんとも不思議な太刀だな。何かの儀礼用か?」


 茜は様々に角度を変えながらその太刀を眺めた。


 ――泥中より救い上げていただき、ありがとうございます。


「ん?」


 突然聞こえた若い女の声に茜は周囲を見回した。しかしそばにいるのは藤一郎と三兄弟であり慈螺は沼の外である。


「どうかされましたか?」


 茜の奇妙な行動に藤一郎が問いかけた。


「いや、今どこからか女の声が――」


 ――驚かせてしまい申し訳ございません。私はあなた様が握っておられる太刀でございます。


 太刀? 再び聞こえた声に茜は手にした太刀を訝し気に見つめる。


「……お前が喋っているのか?」


 ――はい。長い間この地に沈んでおりましたが、あなた様のおかげで久方ぶりに日の光を浴びることができました。心より感謝いたします。


「いや、まぁ、それはよいのだが……」


「あの、……姫様?」


 手元の刀を見ながら意味不明な独り言を繰り返す茜に藤一郎は恐る恐る声をかけた。


「どうかしたか?」


「恐れながら、先程から何やらつぶやいておいでですが……何かその太刀に気になる点でも?」


「つぶやいて?……あぁ、なるほどな」


 何かを悟ったように茜は太刀を差し出すと「持ってみれば分かるだろう」と、藤一郎に受け取るよう促した。


 ――お初にお目にかかります。


「あ?」


 太刀を受け取った藤一郎は突然聞こえてきた声に辺りを見回した。


 ――驚かせてしまい申し訳ございません。私はあなた様が握っておられる太刀でございます。


 その言葉を聞き、漫然と手にした太刀へと目を落とす藤一郎。


 ――この度は泥中よりお救いいただき、――


「ひ、姫様、これは……?」


 理解し難い状況に当惑しつつ茜に言葉を求める藤一郎。茜は意味ありげな笑みを見せた。


「何やら面白そうなものを見つけてしまったようだな」




 昨日と同様に生乾きの(きぬ)湫野宿(くてのじゅく)へと戻ってきた一行は、その姿を確認した金物屋の店主に大声で呼び止められた。「もうお会いできないものかと思っておりました」と無遠慮なことを言う男に対し、藤一郎は持ち帰った大ムカデの触覚を放り渡すと、不知沼の主は退治してきたからもう逢魔森を恐れる必要はないと伝えてやった。


 店主は尚も驚くとともに「ぜひ詳しい話を聞かせてくださいよ!」と藤一郎にせがみ立てる。その様子にまんざらでもない藤一郎は店主に勧められるまま店の中へと入ると、出されたお茶に喉の滑りも増し、化け物退治の一部始終を身振り手振りを交えつつ饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。


 終わらぬ藤一郎の長話に店内の商品も見尽くしてしまった茜は、うんざりとした様子で「そろそろ宿に戻るぞ」と声を掛けつつ一足先に金物屋を後にした。一同が茜のあとを追い店を去る中、藤一郎も慌てて話を切り上げると「この店の斧は薪だけじゃなく化け物退治にも使える逸品だって張り出しときな」と言い残し、既に姿の小さくなった茜たちを追って往来を駆けていった。




 宿に戻った茜は部屋の真ん中で胡坐を組むなり富士重に持たせていた例の太刀を受け取った。茜の周りに次々と腰を下ろしてゆく一同。茜は受け取った太刀を畳の上に置くと、視線はその黒塗りの鞘へと向けたまま一同に向かって話し始めた。


「さてと。それではこいつについてだが……」


 不知沼で太刀に聞いた話だと、この太刀は今から百年ほど前に高名な刀匠の手によって文字通り“魂を込めて”打ち上げられた霊刀であり、湫野宿からそれほど遠くない神社でご神体として(まつ)られていたらしいのだが、二十年ほど前に賊の手によって神社から持ち出されてしまったのだそうだ。


 太刀を盗んだ賊は追手から逃れるため逢魔森へと隠れたようなのだが、やはり悪いことはできないもので、森の中をさまよい歩いている最中(さなか)に不知沼へと迷い込み、その後大ムカデの妖術にかかってあえなくその餌食となってしまったらしかった。以降この太刀は二十年という歳月を不知沼の泥中で過ごし、今日茜が見つけてくれなければ更なる年月を泥の中で過ごすこととなっていただろうと語っていた。


 太刀は沼から拾い上げてくれたことを何度も感謝するとともに、元々祀られていた場所である御剣(みつるぎ)神社へと自分を戻してくれるよう茜に懇願していた。藤一郎はこの太刀が自分たちに仇を成す妖怪変化の類いではないかと心配したが、酩酊と慈螺によれば確かに奇妙な刀ではあるがこちらへの害意は感じ取れず、また、喋る以外には特異な力も感じられないとのことだった。ご神体が不在ではその神社もきまりが悪かろうと語る酩酊に同調し、茜は太刀の願いを聞き入れ神社まで届けてやることを約束していた。


「ここから御剣神社のある南東の集落へは一刻(約二時間)もあれば行けるようだ。今から急いで向かえば暮れ六つ時までには戻ってこれるやもしれぬが、正確な場所が分からん以上何とも言えん。その上、事がすんなりと済めばそれで良いが、行った先の神社で何らかの面倒ごとに時間を取られんとも限らんしな」


 茜の言葉に一同は何度も浅くうなずいた。


「街道から離れ田畑と神社しかないような集落に旅籠があるとは到底思えん。よって今日はこのまま宿で休み、明日になったらその御剣神社とやらに行ってこの太刀を返してやろうと思う」


「承知しました」


 藤一郎が深く頭を下げると他の者も同様に承知の意を示した。


「しかし意思を持つ刀が存在することは人づてに聞いてはおったが、まさかこの目で拝める日がやってくるとはのぉ」


 そう言うと酩酊は物珍しそうに茜の前に置かれた太刀を眺めた。


「私も未だに信じられぬ思いです……」


 富士重が酩酊のほうを見ながらつぶやく。茜は無造作に太刀の柄を掴み上げると黒い鞘に向かって語りかけた。


「聞こえていたか? 明日になったらお前の望み通り神社に連れ帰ってやるから心配するな」


 ――ありがとうございます。助けていただいた上、本当に何とお礼を申し上げたらよいか……


「気にするでない。どうせ急ぐ旅ではないのだ、観光がてらに丁度良いわ」


 ――よろしくお願いいたします。……それと厚かましいことは重々承知しておりますが、道中は私が話せることを伏せておいていただくようお願いできないでしょうか?


「また盗まれて沼に沈められるのが心配か?」


 太刀の心配そうな声に茜は思わず頬を緩めた。


 ――はい。神社に祀られていたころから刀好きの好事家(こうずか)たちが私を譲ってくれるよう宮司様に願い出ている様子を幾度も耳にしておりました。宮司様は都度都度丁重にお断りしていたのですが、結果的に盗み出されてしまいました……それほど私には価値があるものなのでしょうか?


「幾年も泥水にまみれながら錆びることも無く、そのうえ人の言葉まで話すとなればな。私は刀に興味は無いがやはり収集家ならば大金を積んででも欲しがるのではないか?」


 ――困りました……どうかくれぐれも私のことはご内密に……


「そう心配するな。ここに居る者以外に口外するつもりはない」


 茜の独白から太刀と交わされているであろう会話を一同が想像している中、不思議そうに天井を見回す慈螺の様子に茄蔵が気づいた。


「変な虫でも飛んでるのかぁ?」


「あ、いえ……少し気になって……」


「気になる?」


「時折羽で撫でられる程度の感覚でしたので大して気にもしていなかったのですが……こうも度々だとどうも……」


「うん?」


 話の意図するところが分からず不思議そうに慈螺を眺める茄蔵。慈螺はヒゲをピンと張り、真剣な面持ちのまま天井の先に潜む何者かに神経を尖らせているようだった。

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