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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第二節.三野のご隠居様

 瀬川村(せがわむら)を後にした一行は桜山街道(おうざんかいどう)を目指して西へと歩を進め、中州守の家臣である塩田(しおた)が治める町へと到着していた。西に沈みかけた太陽も夏場の日の長さから久しく山間(やまあい)に没する様子もなく、町の郊外にある田畑では未だ百姓たちが農作業に汗を流し町中を往来する人足も途絶える気配を見せない。それでも一旦日が暮れ始めれば暗くなるのはあっという間だ。お天道様の位置から察するにこのまま南西にある大鐘宿(おおがねじゅく)まで歩き続けては道中で夜を迎えてしまうだろうと考えた藤一郎は、まだ日没には早いが今日はこの町で宿をとるよう茜に進言した。




 翌日、朝早くに塩田の町を旅立った一行は、取り立てて大きな問題も無いまま昼前には桜山街道への接続地点である大鐘宿へと到着する。ここから先は二月(ふたつき)前とは反対に街道をひたすら南へと進んでゆき、桜山街道の始点ともなる岐宿(ちまたじゅく)まで歩みを進めた後、そこから東雲(しののめ)本島中央を東西に伸びる遠海道(とうみどう)へ道を移すこととなる。あとは街道に沿って南西の方角へと歩き続ければ最終目的地である三野守のお膝元となる清川(きよかわ)へと到着する予定であった。


 日もまだ南中に達していないとあり、このまま大鐘宿を通過して次の下田宿(しもだじゅく)で宿をとることを決めた一行は休息も程々に再び南に向けて歩き始める。それでも大鐘宿以南は険しい山道も少なく、道のりは比較的穏やかなものだった。移動による疲労と照りつける夏の日差しに絶え間ない発汗を覚えながらも、現れては消えてゆく山河の風景に心地良い旅情を感じながら茜たちの旅は続いてゆく。



 一行が清川の町並みを目にしたのは下田宿到着から三日後のことだった。


 遠海道と並びながら三野国の南方を走る鹿鳴川(ろくめいがわ)。その雄大な流れと共に西へ西へと宿場町を継ぐと、やがて広大な平野部――三野平野(みのへいや)へと到達する。そのまま街道に沿ってさらに西へと進んだ先に三野国の守護大名である討鬼(とうき)氏が屋敷をかまえる清川の町は存在した。


 同じ山国でありながら南北に広い国土を持つ中州国とは対照的に三野国は東西に広がる国土を持つ。今でこそ良好な同盟関係を結んではいるものの、かつての両国の関係はお世辞にも好ましいとは言い難いものであった。国境近辺では地方領主同士による小競り合いが絶えることなく繰り返され、大規模な戦にこそ発展しなかったもののその関係は険悪の一途をたどっていた。


 ところが茜の祖父が中州守の代に両国の関係に転機が訪れる。兼ねてより隣国との関係改善に意欲的であった茜の祖父は、懸命な努力の末に当時の三野守との対談を実現。「二国間に長い確執の歴史があるのは承知の上だが、第三国に益するような不毛な対立は自分の代で終わりにしたい。これまでのわだかまりは互いの胃の腑に落とし込み、これからは隣り合う国同士、より良い協力関係を築いてゆきたい」と三野守に申し入れる。


 会談は討鬼の屋敷で行われることとなったが、当日、中州守は数人の供だけを従えて反目する大名家の屋敷を訪れる。更には多数の討鬼家家臣に囲まれる中、自らも供の者にすら佩刀(はいとう)を許さず、丸腰のまま会談の席へと臨んでゆく。無謀ともいえるその姿に無上の誠意と捨て身の覚悟を感じた三野守はいたく感銘を受け、今日話し合われた提案については今この場で明確な返事をすることはできないが、近日中には良い返事を用意し今度は自分が中州国に出向くことを約束した。会談の後、討鬼家の家臣団からは「何をいまさら!」と当然のように猛反発が巻き起こったが、三野守の粘り強い説得と中州国との衝突を危惧していた一部の家臣達の協力の末、最後まで友好関係を築くことに反対していた保守派の旗頭とも言える息子の頼貞(よりさだ)を説得した三野守は、後日、友好の言葉をしたためた親書を携え中州守の屋敷を訪ねることとなる。


 こうして古くから続くわだかまりを乗り越え晴れて同盟を結ぶこととなった両国だったが、翌々年には次期中州守と目される東光寺(とうこうじ)家の長男義景(よしかげ)が頼貞の二女である千鶴(ちずる)を妻に迎えることにより二国間の(きずな)はより強く結ばれていくこととなった。




「三野守様ご無沙汰しております。この度は突然の訪問によるご無礼、どうかご容赦いただきますようお願い申し上げます」


 東光寺の屋敷より幾分広い謁見の間で茜は両手を畳に付け恭しく顔を伏せた。


「いやいや姫様、どうかそう畏まらずに顔を上げてください。長旅でお疲れでしょう、部屋を用意させますゆえ、少しお休みになられたらいかがですか?」


 三野国の現守護大名である討鬼頼政(よりまさ)は穏やかな笑みを浮かべながら茜を気遣った。


「お心遣い感謝いたします。ですが事は急を要しますのでこのままお話しをお聞きいただければと存じます」


 (こうべ)を上げた茜の眼差しの奥に只ならぬ迫力を感じ取った頼政は(ゆる)んでいた表情を引き締め茜に問いかける。


「何やら穏やかではありませんね。……何の便りも無いまま突如姫自らがお出でになるとはただ事ではないと察してはいましたが――」


「守護殿! 千鶴の娘が来てると聞いたが、入るぞ」


 突如部屋の外から威勢の良い声が聞こえたかと思うと、返事の声を待つ間もなく廊下側の戸が勢いよく開かれた。


「おお、茜。大きうなったなぁ!」


「これは三野の爺様(じじさま)。大変ご無沙汰しております」


 茜は無遠慮に部屋へと入ってきた中老の男に深々と頭を下げる。男は千鶴の父であり、茜の祖父にあたる討鬼頼貞であった。


「いやいや少し見ない間に随分と女子(おなご)らしうなったのぉ。相変わらず中州守殿を困らせておるのか?」


 そう言って笑う頼貞に茜は無言のまま畳に伏せていた。


 頼貞は既に長男の頼政に三野守としての地位を譲っており表向きは楽隠居の身となってはいたが、依然として国の(まつりごと)に関して絶大な発言力を誇っており、頼政が生来穏やかな性格であることも重なって三野国の実権は未だ頼貞の手中にあるといっても過言ではなかった。


「父上、中州の姫君にそのような無礼な口ぶりは……」


「固いことを言うな守護殿。ワシの孫娘ではないか。ほれ、茜も畏まっておらんでもっと楽にせい」


 そう言うなり頼貞は茜のすぐそばまで歩み寄ると崩れるようにその場へと腰を下ろした。頼政はやれやれと言った様子で「すまないな中州の姫、どうか気を悪くしないでほしい」と茜に詫びる。茜はやや顔を上げると控えめな笑みを浮かべながら「いえ」とだけ答えた。


「それで、こんな遠方まで急にどうした?」

 

 二人のやり取りを気にする様子も無く頼貞が聞く。


「はい。実は……」


 茜は二月前に中州国であった騒動をかいつまんで頼貞たちに語った。そして先日頼政より受け取った書簡の中にあった“三野に現れた怪僧”の下りを指摘すると、自分たちは千鶴の生家である討鬼家に危害が及ぶのではないかと憂慮し、その民衆を惑わしているという悪僧の調査にやってきた旨を伝えた。


 茜が話を終えると頼貞は笑いながら頼政の方を向いた。


「おい頼政、茜の言う怪僧ってのはもしかして?」


「……ええ、酩酊(めいてい)のことですね」


「酩酊? それでその酩酊という僧侶は三野国でどんな悪行を?」


 茜の問いかけに頼貞は尚も声高に笑いながら答えた。


「あっはっは。悪行? 別に悪行なんかしてはいねぇさ」


 不審そうに眉を潜める茜に頼政は申し訳なさそうに口を開く。


「中州の姫よ、私の拙い手紙で余計な心配をかけてしまい大変心苦しいのだが……話はそれほど深刻なものではないのだ」


「と、申されますと?」


「手紙にしたためた通り、確かに少し前から町外れの古寺に酩酊と名乗る老僧が住みついてはいるのだが、町民を集めて妙な行動を起こしているというのは――」


「ありゃあ踊念仏(おどりねんぶつ)っていうんだそうだ。みんなで集まって念仏を唱えながら踊るんだ、こうやってな」


 頼貞は頼政の話に割り込むとなぜか楽しそうに両手を持ち上げ、それを奇妙にくねらせていた。


「踊念仏、ですか?」


「うん、今父上が申されたように時折町民を集めてはその踊念仏とやらで町の中を練り歩いておるのだ。奇妙な光景ではあるが今のところこれといった害があるわけでもなし。ましてや神仏を崇敬(すうけい)し、国の安泰を願っての行動と言われてしまっては軽々にやめさせるわけにもいかなくてな……最近は国の方々で妙な騒ぎが多くてな、つい愚痴交じりに書いてしまったのかもしれん……」


「見ろ頼政、お前が手紙に要らぬことを書くから茜に無駄な足労をかけてしまったではないか」


 すまなそうに語る頼政を責めるように頼貞が非難の声を上げる。


「いえ、何事もないようであればそれは結構なことでございます」


 茜は取り乱す様子も無く冷静に答えると、笑みさえ浮かべながら軽く頭を下げた。

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