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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第二輯 唄う坊主に踊る公家、刀が誘う夢街道
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第一節.旅立ちはいつも突然に

「旅、の供……ですか? それは……」


 茜の言葉に尚も混乱する富士重。その様子を見ていた藤一郎が茜をなだめすかすように声をかける。


「まぁまぁ姫様。きちんと説明してやらないと富士重だって混乱してしまいますよ」


「ふん、それならお前が説明してやるがいい」


 茜は特に機嫌を損ねた様子も見せず、その役目を藤一郎に放り投げた。


「突然のことで驚いたろう富士坊。……ときに導鏡(どうきょう)のことは覚えておろうな?」


「え? ええ、それはもちろん」


 富士重の脳裏にあの晩見た高僧の顔がにわかに(よみがえ)る。


「実は数日前に奥方様……つまり姫様の母上の実家がある三野国(みののくに)より書状が届いてな。その内容の主旨については我々には関係のないことなのだが、一点、気掛かりなことが書かれていてな……」


「気掛かり、ですか?」


「うむ、なんでも三野守(みののかみ)様の屋敷がある清川(きよかわ)という町に最近妙な僧侶が出没するようになったそうでな、その僧侶が町民を扇動して奇怪な行動を取っているらしいのだ。……詳しいことは書かれていなかったようで詳細は不明なのだが、今のところは大した実害も無いため放置しているのだそうだ」


「妙な僧侶? まさか導鏡の手の者が今度は三野国で?」


「さて、どうだろうなぁ? いや、まぁ……無い話ではないな」


 藤一郎はその熊のような(ひげ)を右手で()で回しながら目を伏せた。


「なるほど。その怪僧の調査が旅の目的というわけですか。しかし、それならばわざわざ三野国まで出向かずとも書簡を送り調査を依頼すれば済む話なのでは?」


「うん、まぁ、それはな……」


「私が父上に進言したのだ。もしもあの生臭坊主の手の者が母上の故郷で暗躍しているとなれば時は一刻を争う。詳細な調査のためにもヤツのことをよく知る者をすぐに送るべきだ! とな」


 言い(よど)む藤一郎の脇から茜が得意気に答えた。


「なるほど、そういうことですか。しかし、なぜそのような調査の任に姫様までがご同行を?」


「鈍いヤツだな。ヤツの正体を知る我々をおいて他に適任者などおらぬであろうが!」


「それならば姫宮様と鷹丸だけでも――」


「私は父上に申し上げたのだ……うら若き女子(おなご)の身ゆえ存分な働きはできぬかもしれませぬ。それでも母上の故郷のためならばこの茜、我が身を賭してでも必ずや調査のお役目を果たしてみせましょう、と。さすがの父上も娘の義心に感極まったのか、その目に涙を(にじ)ませながら出立を許してくれたぞ」


「……姫様、あれは進言というよりも恫喝(どうかつ)に近かったかと。あれではお屋形様があまりにも可哀そうで――」


 意気揚々と語る茜に向けて藤一郎が遠慮がちに口を挟む。とたんに茜は眉間にシワを集めると藤一郎に向かって声を荒げた。


「姫宮! お前、主君の娘に盾突くつもりか?!」


「え? いえ、あの! 決してそのようなつもりは!」


「お前の山賊稼業に目こぼししてやったのは誰だ? 中州国に召し抱えるよう父上に取りなしてやったのはどこの誰だ?! その上、沙雪(さゆき)にお前を推してやっている恩まで忘れたというのか?! そうか、そうか。お前がそういう態度に出るのであればこちらにも考えがあるぞ!」 


「いえいえいえいえ! 姫様のご恩に背こうなど、この姫宮藤一郎、毛ほどもございませぬ! どうか平に、平にご容赦を!」


 藤一郎が激しい叱責を受ける中、鷹丸は腰を上げると二人を避けるように富士重に近づいた。


「……兄貴、姫宮様から聞いた話だとな、姫様が自分も三野国に行くって言い出したとき、姫であるお前が調査に向かうなどとんでもないって中州守様からきつく止められてたらしいんだよ」


「まぁ、普通そうだろうな」


「その後もしつこく頼んでたらしいんだけど、その内業を煮やした姫様が怒りだしちまってさ……導鏡から父上を救ったのは誰だ、この国を救ったのはどこの誰だ。国を治める重責を負いながらその役目も果たせず、代わりにその大役を果たした娘のささやかな願いすら退けるとは何事か! と、えらい剣幕で中州守様に詰め寄っていたらしいんだよ……しまいには中州守様も相当ヘコんじまってな、涙目になりながら出立を許したって話だぜ……」


「それは、……何とも……」


「鷹丸! お前、何をこそこそ話しておる!」

「そうだぞ鷹坊! 姫様の御前で不敬だぞ!」


「も、申し訳ありません!」


 富士重に耳打ちする姿を茜と藤一郎に見咎(みとが)められ、鷹丸は慌てて頭を下げた。その後も茜の小言はしばらく続き、藤一郎と鷹丸は目の前で不満を垂れ流す少女に為す術も無く頭を下げ続けていた。



「……まぁ、そんなわけで我らは怪僧の調査に向かわねばならんのだ。分かったら早々に準備をせい」


 ようやく独善的な叱責に区切りをつけた茜は、改めて富士重の方に顔を向け穏やかな口調でそう告げた。


「承知いたしました」


 これは何を言ったところで無駄であろう。姫様は三野国に向かう、そして我らが同行することは既に決定事項なのだ。茜の性格とこれまでのやり取りに全てを悟った富士重は、数々の矛盾を飲みこんだまま茄蔵と慈螺に旅立ちの用意をするよう伝えた。




「富士兄ぃ、三野国っつったらどこにあるんだぁ?」


 茄蔵は着替えの衣装を詰めたボロ布包みを一つ背負うと、荷造りと家の片付けに追われる富士重に問いかけた。


「ここからだと一度街道に出て南になるな。恐らく蔵園よりは近いはずだが……そうだ、姫様――」


「おい富士重、これでも一応忍びの旅なのだぞ。今の私は中州国の武家の娘、“翠扇(すいせん)”だ」


「失礼いたしました。では翠扇様、長老様と沙汰人様に事情を話してまいりますので今しばらくお待ちいただけますか?」


「あん? そんな悠長に挨拶などしている時間はない。……とは言えこの村の長老には以前世話になっておるしな。邪険にするのは義に反する。それにお前たちのためにも通すべき筋は通しておかねばならんか。……よし、村を出る足で私が直接出向いて話をつけてやろう。案内せい」


「え? あ、あの翠扇様?!」


 言うが早いか茜は荷造りを終えぬ富士重を置いたまま家の外へと出て行ってしまう。慌てた富士重は鷹丸に茜の案内を頼むと、すぐに自分も追いつく旨を伝えつつ旅支度を急いだ。




 鷹丸の案内で茜たちが小助の家に到着すると、先客である喜一郎が小助と村の決め事に関する話し合いをしている最中であった。突然の来訪とその出で立ちに驚きながらも、快く鷹丸を家に迎え入れてくれた二人であったが、連れ立って家に入ってきた武家風の大男と少年を見るなりその表情は瞬く間に怪訝(けげん)なものへと曇っていった。


 説明を求める喜一郎に対し鷹丸が答えようとすると、茜がそれを制し一歩前へと歩み出る。茜は先程までとは別人のような穏やかさと気品に満ちた口調で自分たちの素性を明らかにすると、二カ月前に村で保護してもらった恩に対し丁寧に感謝の言葉を述べた。


 この国の姫君が我々の前で感謝の言葉を述べておられる……。茜の話が終り一歩遅れて理解が追いついた喜一郎と小助は、次の瞬間、脱兎(だっと)のように土間へと駆け下りるなり血の気の引いた青い顔を土の地面へと擦り付けた。


 いえいえどうか(おもて)をお上げください、頭を下げるべきは私のほうです、と慈しみの言葉をかける茜。それでも二人は恐縮のあまり決して頭を上げようとはしない。平伏したままの二人を前に茜は続けて自分が“ある目的”のために人目を忍んで旅をしている最中であること、そしてその旅の供として是非とも富士重と茄蔵を連れて行きたいのだが、よろしいか? と問いかける。この状況で良いも悪いもあったものではない。二人は地面にへばりついたまま「仰せのままに!」と答えるだけであった。




 ようやく支度を終えた富士重が茜たちの姿を見つけると、一行は小助の家の少し先を歩いているようだった。もう話は済んでしまったのだろうか? 戸が開いたままの家に近づき富士重が恐る恐る中を覗き込んでみると、そこには土間に平伏したままの小助と喜一郎の姿が見て取れた。


「……あの、」


 入り口からの声に反応し、伏せた顔からやや上目遣いに富士重の姿を確認した喜一郎は、周囲に茜の姿が無いことを確認すると感極まったように富士重のそばへと駆け寄った。


「やはりお前たちはこの村の(ほま)れだ!」


 そう言うなり富士重の手を硬く握り何度も何度もうなずいてみせる喜一郎。


「残していく家や田畑のことは心配せずにその身を捨てて姫様をお守りしてくるがいい。お前たち兄弟のことは必ずや後世まで語り継いでいくからな」と、まるで客死を前提とした口ぶりに、「必ず生きて戻りますから」と何度も何度も念を押しつつ富士重は小助の家をあとにした。

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