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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第一輯 春に少女が降る年は、麦を刈らずに悪を狩れ
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第三十八節.災禍の中心

「しかし分かりませんね。仏に帰依したいのであれば何も(いぬ)のように寺の中を嗅ぎまわらずとも直接私に相談してくだされば良いものを……」


「――ふん。この期に及んでまだ(しら)を切るつもりか? 貴様も大した大根役者だな」


「さて? 何を申しておられるのか分かりかねますが」


「貴様が茜の意識を奪い遠方へと遠ざけ、降三世明王の呪法で中州守に呪いをかけていることは承知済みだ」


「ほう?」


「しかし分からんな……貴様の目的は中州国の支配ではないのか?」


「ははは、これは何を大それたことを……」


 (あざけ)るように笑う導鏡を気にも留めず陶尽坊は話しを続けた。


「千鶴の信頼を得て影からこの国を牛耳ろうとする貴様の手腕は実際大したものだ。しかもどう根回ししたのかは知らんが年寄衆や家臣団からも随分と信頼を得ているようだしな。あとは義景さえ亡き者となれば大きないさかいの心配も無いまま実質的な国政の決定権は貴様が掌握したも同然。……全く見事なものだ」


 導鏡は何かを言い返すでもなく黙したまま陶尽坊の話しを聞いている。


「茜を家から遠ざけたのも自分の身辺を嗅ぎまわられることを嫌ったと同時に、時が来たら蔵園に呼び戻し還俗(げんぞく)して妻に迎えることで自分こそが東光寺家の正当な後継者であることを内外に主張するためだろうとワシは踏んでいた。ところがだ、」


 陶尽坊は一旦話しを区切ると導鏡の反応を確かめるように静かに様子を窺った。導鏡は表情一つ変えることなく依然として沈黙を保っている。僅かな空白の時間を隔てて陶尽坊は諦めたように続きを語り始めた。


「――貴様は国の実権を握るどころか千鶴をそそのかして百重山の穿壌童子に戦を仕掛けようとしている。それだけではない。以前、西の領内にある鎮魂碑の移動を進言したのは貴様だそうだな? あれは数百年前に起きた大規模な治水工事の犠牲者を弔うために立てられたものだが、移動工事に際しては貴様が派遣した坊主が主導となって犠牲者の御霊(みたま)を鎮める儀式を行ったそうではないか?」


「いかにも。農地拡大の為にはどうしても鎮魂碑を移動する必要がありましたからな。儀式を含め移動工事は万事つつがなく終了したと報告を受けております」


「……つい先日、彼の地では大量の死人が現世に蘇り領内の人間を手あたり次第に襲ったそうだな」


「なんだと?! それは本当か陶尽坊?」


 とっさに茜が声を上げる。導鏡もさも驚いたような表情を見せると心苦しそうに口を開いた。


「なんと……そのような話は初耳です。鎮魂の儀に何か不手際でもあったのでしょうか……? しかし流石は天狗殿、遠方の状況もよくご存じのようだ。今回の件が収まり次第お屋形様にご判断を仰いでみることにいたしましょう。貴重な情報感謝いたしますぞ」


「感謝か。ならばもう少し教えてやろうか。ここ最近になって中州国の各地で妙な騒動を耳にするようになった。それも土地の領有権をめぐる人間同士の小競り合いなどという話ではなく、そのほとんどが不可解な理由で活性化された怪異が人間の集落を襲うというものばかりだ。古来よりお前達が妖怪とよぶ者と人間との間に(いさか)い事はつきものだったとはいえ、これほど同時多発的な騒乱は過去二百年来聞いたことが無い」


「……話の意図が分かりかねますな」


「ちょっと待て、そのような話は私も初耳だぞ?!」


「それはそうだろう。そういった報告は屋敷の一部の者によって握りつぶされ中州守まで伝えられることはなかったようだからな。……わざわざ中州守の耳を煩わせるようなことではなかった、とでも言い訳するつもりだったか導鏡?」


「なっ……?!」


 茜は言葉を失った。同時に導鏡の目尻が僅かに上下する。


「ちょっと待った、おい円海!」


 二人のやりとりを聞いていた鷹丸が突然声を上げた。導鏡の横で置物のように控えていた円海が僅かに視線を上げる。


「今の話ってお前が美里宿でやろうとしてたことと関係あるんじゃねぇのか?! お前、大昔の怨霊を呼び起こして宿場の人達を祟り殺そうとしてたよな?」


「おお、そういえばそんな話もあったな! おい、三下坊主! お前どういうつもりだ?!」


 茜が追いかけるように声を上げるも円海は答えない。導鏡は顔だけを円海の方に向けると無表情のまま「失敗したのか?」と問いかける。円海はうつむいたまま消え入りそうな声で「申し訳ありません」と答えた。


「美里宿の話はワシも初耳だが、どの騒動も調べればすぐに原因が分かることだ。何にせよこのままでは中州国の国力は低下する一方。国の支配を目論む人間がなぜいたずらにそのような真似をする? ……導鏡、貴様の目的は一体何だ?」


「天狗の身でありながらおかしなことを聞かれますな? 憂国の志士にでもなったおつもりかな?」


 導鏡が不敵な笑みを浮かべる。


「茶化すな。人間の国がどうなろうとワシの知ったことではない。退屈しのぎの余興代わりに調べてみたまでだ。――それに、くだらん争いが原因で折角の双六相手が居なくなってしまうのは少々具合が悪いのでな」


「おい陶尽坊、国がどうなろうと知ったことではないとは何事だ! 父上がお前達妖怪との共存にどれだけ心を砕いておられるか知らんのか?! それをお前という奴は――」


「分かったから少し黙っていろ。……全く、いくつになっても騒がしい娘だ」


「騒がしいとは何だ! だいたいお前はいつも――」


「はっはっは、これは愉快だ!」


 言い争う二人を前にして導鏡は高らかに笑い声を上げた。


「神様、天魔様と恐れられる天狗殿がまさか人間の娘にご執心とは。――しかしこれで得心がいきました。姫様にかけた術を解いたのもあなたですな?」


「ふん、ようやく真面目に話す気になったか? 実際あれには骨が折れたぞ。仏道に身を捧げておきながらあのような妖術をどこで身につけた?」


「あなたが知る必要はありません。全く、要らぬことをしてくれたものです……」


 導鏡は茜たちへと目を落とした。視線と共に不気味な緊張感が走り抜け周囲の空気は重苦しさを増してゆく。


「じゃじゃ馬娘と寄せ集めの下僕共と高を括っておりましたが、最早あなた方を野放しにしておくわけにはいかないようですね。――竜牙兵たちよ、あの者らを残らず始末しなさい」


 導鏡が茜のほうに指を向けるとそれまで動きを止めていた骸骨達が再び前進を始めた。


「鷹坊、下がってろ」


 段平を構えた毘沙門が一歩前に踏み出すなり告げる。


「オッサン?」


「この道幅で二人並んで戦うのは無理だ。もし俺が連中を仕留めそこなったらお前と茄坊で姫様を守るんだぜ」


「いや、でも……!」


「あぁ、もう! 分からねぇガキだな! いいから下がってろって言ってんだよ!」


 怒号に押された鷹丸はしぶしぶ前線を毘沙門に譲ると、茜を連れて富士重たちのそばへと後退した。毘沙門の目前には三体の骸骨が迫っている。その時、茜に向けられていた導鏡の指先が不意に閃光(せんこう)を放つ。光は骸骨達の間をすり抜けるように走り、毘沙門の脇をかすめながら一直線に茜へと向かった。


 直後、絹を裂くような高音と同時に強烈な光が発せられ、雷撃にも似た光の帯は茜に届くことなく消失していた。


 一瞬の出来事に呆気にとられる一同。呆然と立ち尽くす鷹丸と茜の傍らには背後から伸びた千代の手があった。


「……法力や陰陽術とも違う、天神地祇(てんじんちぎ)の力とはまた異質……なるほど、先日あの坊主を守護していた力もこれか。蕃人(ばんじん)外法(げほう)とは、また珍しいものを……」


 鷹丸の背中で千代がつぶやく。鷹丸は面食らったように千代を見た。


「お千代さん……?」


「お怪我は~ありませんでしたか~?」


 千代は生気の無い顔に無邪気な笑みを浮かべていた。

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