第三十五節.猛火の牢獄
「貴様ら、円海殿が言っていた痴れ者の一味だな?!」
倒れた門番達を横目に武士の一人が声高に叫ぶ。円海の奴め勝手なことを吹聴しやがって、と鷹丸が前に出て一言言い返そうとすると、脇にいた毘沙門が狂犬のように吠えかかった。
「痴れ者はテメェらの方だろうが! テメェんトコの姫様を牢屋に放り込むたぁ一体どういう了見だ? あ?!」
「おのれ……この期に及んでまだ姫様の名を語るか! 恥を知れ、賊めらが!」
男たちは太刀を向けたままジリジリとお互いの間隔を広げてゆく。毘沙門、鷹丸、茄蔵の三人は後ろに控える富士重と慈螺を護るように立ちながら相手の動向に意識を注いだ。
「無駄ですよ。私達の言うことなど彼らの耳には入らないでしょう」
背後で富士重がつぶやく。毘沙門は「けっ」と短く吐き捨てると改めて集まった男たちを見回した。男たちの瞳には揺ぎ無い忠義の輝きが宿っており、その光の内に邪な意図は感じ取れない。
「バカ共が……」
毘沙門は言いかけた言葉を飲み込むと躊躇なく前へと進み出る。
「テメェらに恨みはねぇ! 恨みはねぇが、邪魔するってんならぶっ倒させてもらうぜ!」
突き出した段平を男たちに向けて水平に流す毘沙門。多数の武士に囲まれながらも全く気後れせぬその姿に鷹丸と茄蔵もフツフツと沸き立つ湯のような闘志を覚える。
「吠えるな下郎!」
叫ぶが早いか男の一人が毘沙門へと斬りかかる。すると他の男達も触発されたように次々と鷹丸や茄蔵へと襲いかかり、閑静だった境内は騒然とした雰囲気に包まれてゆく。
そんな中やはり毘沙門の力は圧巻だった。五月雨のように降り注ぐ刃を薄笑いすら浮かべながら受け流していたかと思えば、一閃、あっという間に胴丸の上から相手の胴体を水平に薙ぎ払う。抜き身であれば間違いなく両断されていた体は大きく“く”の字に歪み、声にならない声を上げながら男はその場に崩れ落ちる。間髪入れず襲いかかる白刃も段平で軽く弾き返しつつ倒れた相手を止めとばかりに踏みしだくその姿は、まさしく仏法護持の武神と謳われる毘沙門天の名に恥じぬ様相であった。
もちろん鷹丸と茄蔵も負けてはいない。矢継ぎ早に振り下ろされる太刀をそれぞれ技術と力技でくぐり抜け、機を見つけては反撃へと転じる。しかし相手も中州守に仕える武家の人間。そう簡単に決定打を打ち込ませてはくれない。今まで打ち倒してきた下級妖怪や野盗共とは違い、日々の鍛錬により体系立った剣術を修めてきたであろう武士を前に鷹丸は相手の隙を突くこともままならないまま、しかし奇妙な充実感を覚えていた。
――これが“お武家さん”の剣か。やっぱり手強いな……でも、寺内様や毘沙門のおっさんには遠く及ばねぇ。これならやれるぜ!
三人の勢いに押されながら四人の武士は境内の中ほどまで後退していた。そこへ騒ぎを聞きつけた庫裡の裏の二人が加勢のために慌てて駆け寄ってくる。増援に気付いた武士の一人が振り返り声を張り上げた。
「痴れ者の仲間だ! 殴り込んで来や――」
一気に駆け寄った茄蔵が叫ぶ男を棍棒の先で薙ぐ。頭部に強烈な一撃を食らった武士は吹き飛ばされるように倒れ込み動かなくなった。すぐさま茄蔵は次の相手を視界に収める。瞳に映る武士は狂人にも似た声で威嚇の雄叫びを上げながら茄蔵の方へと太刀を構えた。
「ちったぁ加減してやれよ。……死んでねぇだろうな?」
絶叫する武士を横目に見ながら鷹丸がつぶやく。
「きっと死んじゃいねぇさ。それに加減なんかしてる余裕ねぇよ」
いつになく真剣な顔で茄蔵が答える。確かに加減など考えていたらこちらが斬り殺されてしまう。鷹丸はそれ以上言い返すこともなく茄蔵と並ぶように前へと踏み出た。
敵味方とも大きく動く者はなく、ただ切先のような視線のみが距離を越えて激しく交錯する。やがて駆けつけた二人の男が敵方に加わり、鷹丸達は再び数の上での不利を強いられることとなる。鷹丸と茄蔵が新たに増えた敵に注意を向ける中、毘沙門は刀も構えぬまま無警戒に男たちのそばへと歩み寄っていく。すぐさま距離を取る相手を前に毘沙門は面倒くさそうに口を開いた。
「これで全部じゃねぇだろ? 待っててやるから中のヤツらも呼んで来いや」
予期せぬ言葉に鷹丸達は耳を疑った。
「お、おい! オッサン!」
「あ? あぁ心配するなって、お前らの分は残しておいてやるからよ」
そう言うと毘沙門は意味ありげに笑いかけた。
困惑する鷹丸達。呆気に取られていた武士達もようやく言葉の意味が飲み込めたらしく、鬼のような形相を浮かべながら毘沙門を睨みつけた。
「下郎の分際で我らを愚弄するつもりか?!」
「愚弄じゃねぇよ。お前らのために言ってやってるだけじゃねぇか……この程度の数で俺の相手が務まるわけねぇだろ? 遠慮してねぇで早く仲間を呼んで来いって」
「貴様!」
激昂した武士の一人が毘沙門に斬りかかる。走りざまに放たれた太刀は楕円軌道を描きながら毘沙門の首元へと吸い込まれていく。想念の刃が毘沙門を切り裂いた刹那、乾いた金属音と共に男の太刀はその目的を阻まれていた。段平の背に噛り付いた己の太刀に一刀の蹉跌を悟る間もなく男は弾かれるように押し返される。
それでも果敢に二つ、三つと刃を振るうも男の太刀は毘沙門へと届かない。最後は一拍置いて放った逆袈裟を軽く避けられ返す間もなく襲来した鉄塊に肩を強打されると、男は激痛のあまり身を縮めて動けなくなってしまった。
「待たなくてよかったのか? じゃぁ次来いや」
毘沙門は残りの四人を見回すと不敵な笑みを浮かべながら段平を担いだ。悠然と立つ毘沙門を前にたじろぐ武士達。その表情には明らかな戦意の低下が見て取れる。
「来ねぇのかよ? そんなら――」
毘沙門が足を踏み出した瞬間、何の前触れもなく地面から猛然と炎が立ち上る。毘沙門は反射的に背後へと飛び退いた。
「な、なんだよこりゃ?!」
突如現れた炎に一驚しながらも毘沙門は目の前に広がる光景に唖然とする。炎は毘沙門たちを囲うように環状の壁となってうずたかく燃え上がっているではないか。想定外の事態に困惑しながらも一行は炎環の中心へと寄り合っていった。
「鷹兄ぃ、どうなってんだこれ?」
「知らねぇよ! ――兄貴?!」
「……何もない場所に火が生じるはずがない。恐らくは何者かの妖術……」
「何者かって誰なんですか?!」
「くそったれ! おいお前ら、一気に走り抜けるぞ!」
「何言ってんだよオッサン! 焼け死んじまうぞ!」
興奮する毘沙門を制して鷹丸が叫ぶ。炎の先にどれだけ目を凝らそうとも見えるものは狂乱に舞う紅蓮の踊り子ばかり。炎の壁は外縁部にも相当延焼しているらしく内側から外の様子を窺うことはできない。おいそれと飛び込むのは自殺行為でしかなかった。
夕暮れ時の境内に忽然と現れた火の牢獄。一同は為す術も見つからないまま牢の中心に立ちすくんでいた。
「――火が、近づいてきてます!」
異変に気付いた慈螺が声を荒げる。炎環は徐々にその外周を縮めているようだった。
「畜生がっ! 俺らを焼き殺すつもりか?!」
「こりゃいけねぇや……よいしょ、っと……しかし困ったなぁ鷹兄ぃ、どうしよう?」
倒れていた武士たちを中央に引き寄せながら茄蔵は鷹丸の表情を窺った。
「なんでお前はそんなに落ち着いてるんだよ! 兄貴どうする?!」
熱気と息苦しさの中、富士重は炎の壁を睨みつけたまま答えない。逆巻く炎はその威圧的な眼差しに臆する様子もなく、ゆっくりと、しかし確実に富士重達へと近づいていた。




