表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第一輯 春に少女が降る年は、麦を刈らずに悪を狩れ
34/83

第三十三節.我が逃走

「うるせぇ! そんなことお前に話してやる義理はねぇ!」


 返答に窮した鷹丸はヤケクソ気味に吠えた。すると相手の心を見透かしたように円海が冷笑する。


「何を怒っているのですか? ……なるほど、なるほど、先程姫様の名を騙る痴れ者が牢から逃げ出したという連絡を受けましたが、あなたもあの娘の一味というわけですか」


 姫様が牢から逃げ出した? 慈螺の奴うまく姫様を見つけたんだな。


 緊張していた鷹丸の表情が僅かに緩む。


「何を安心しているのですか? フフフ、あなたには残念ですが既に屋敷の者数名が寺に向かっています。娘が捕まるのも時間の問題でしょう」


「なんだと!」


 鷹丸は慌てて踵を返すと門に向かって走り出した。


「待ちなさい。あなたが痴れ者の一味と分かった以上、ここから逃がすわけにはいきませんよ」


 円海の声に鷹丸は足を止め振り返った。周囲の武者達も不審そうに二人を眺めている。円海は鷹丸を指すと声高に訴えた。


各々方(おのおのがた)、あの者は畏れ多くも姫様の名を騙る痴れ者の一味です! 皆で取り押さえてください」


 円海の言葉を聞くなり退屈を持て余していた数名がすぐに鷹丸のそばへと走り寄る。


「お話しの続きは獄舎でゆっくりと伺いましょうか」


 武装した男の背後に円海の勝ち誇った顔が見える。鷹丸は自分を取り囲む男たちに目を走らせた。佩刀(はいとう)し緑や朱に染められた胴丸を(まと)う男たちは、鎧も付けず木刀を頼りとする鷹丸を蔑むような目で見つめている。鬼退治前の肩慣らしにもならないが退屈しのぎの余興としては面白かろう。男達は鷹丸の抵抗を期待しながら徐々にその包囲網を狭めていった。


 鷹丸にとってはどの男もそれほどの手練れには見えなかったがそれでもこの人数と装備差は侮れない。それに敵は今鷹丸に迫り来る四人だけではない。ここで全員を打ち倒したところで今度は遠巻きに眺めている男たちが鷹丸を捕まえようと襲いかかってくるだろう。


 ――さすがにキツいか? とは言えここで大人しく捕まるわけにもいかねぇしな……。


 その時背後から迫っていた男が両手を広げて鷹丸へと飛びかかる。咄嗟に身をそらして拘束を逃れた鷹丸は隙だらけの男の背中を捉えるなり前蹴りを放った。


「あ! やべっ……」


 蹴り足に伝わる抵抗感と同時に鷹丸の口から声が漏れる。蹴られた男はいとも簡単に重心を崩すとそのまま前のめりに地面へと倒れ込んだ。周囲の男達が一瞬たじろぐ。

 

「き、貴様! 抵抗する気か!」


 倒れた男が苦し紛れの怒号を上げる。その声に喚起されるように近くにいた三人が太刀を抜き放ち、遠巻きの男達は一斉に鷹丸との距離を詰めた。


 鷹丸は慌てて辺りを見回した。周囲の空気感は一変し怒りと警戒による緊迫感が場を支配している。鷹丸は自分の軽率さを再び呪った。


「くれぐれも殺さない程度でお願いしますよ」


 涼しい顔で喋る円海の言葉は男達の耳に届いたのだろうか? 太刀を構えた三人がジリジリと鷹丸に迫る。


 鷹丸は表門に向かって弾かれたように走り出した。一瞬間を置いて男達の怒号が飛び交う。刃物を振りかざし追いかけてくる武者達には目もくれず、向かう先で呆然と突っ立っていた男を体当たりの一撃で退けると、鷹丸は脱兎のごとく門を抜け橋へと飛び出した。


 橋の向こうには退屈そうに立つ間宮の姿が見える。妙な騒がしさに引かれて間宮も門前に目を向けるが、勢いよく橋を駆けてくる鷹丸の姿を認めると、怪訝そうな表情を浮かべながら一歩二歩と足を踏み出した。


「間宮殿! その者を取り押さえてください!」


 背後から円海の声が響く。鷹丸は構わず走り続けた。自身に呼びかけているだろう声を認めながらも、周囲の喧噪によりうまく聞き取れない間宮は門に立つ円海を困惑した顔で見つめる。


「捕らえろ!」


 ようやく聞き取れた声に慌てた間宮は、橋桁の中央に躍り出るなり走り来る鷹丸を阻むように両手を大きく広げた。


 間近に迫る間宮を前に鷹丸は猿のような身軽さで橋の欄干に飛び乗ると、勢いそのままに空を舞う。


 ――このまま寺に向かっちゃマズイよな……


 烏帽子を飛び越え石畳へと着地した鷹丸は呆気にとられる間宮を尻目に街道の方へと走り去っていった。




 まんまと屋敷からの脱出に成功した鷹丸は追手の目を欺く一助になればと寂れた古着屋で買った渋茶色の衣で身を包み、険しい表情を浮かべながらあてもなく町屋の裏路地を歩いていた。


 ――それにしてもまさかあそこで円海に出くわすとはな……


 存在を知られたうえ茜との接点まで口を滑らせてしまった以上、屋敷での調査は断念せざるを得ないだろう。自分の軽率さを後悔しながら一人落胆する鷹丸。せめて知り得た情報だけでも富士重たちに伝えたいところだが、円海の口ぶりから察するにあちらの状況もあまり芳しくないようだ。もしかしたら一旦旅籠に戻っているかもしれない。そんな思いで寿屋にも顔を出してみたがどうも戻った様子は認められない。


 ――兄貴達はどこにいるんだろう?


 茜の救出に失敗して捕まってしまったのだろうか? いや、追手を避けてどこかに身を隠しているのかもしれない。待て待て、そもそも富士重達が見つかったとは限らないではないか。あの茜ならば単独で脱走した可能性すらある……。状況が分からない以上全ては憶測にすぎないが、ここでグダグダと考えていても事態が好転する見込みは薄いだろう。


 茜の脱走やら共謀者の発覚が重なって寺の警備は一層厳しくなっているのかもしれない。それでも向こうの様子が分からなければ手の打ちようもないだろう。鷹丸は兎にも角にも寛叡寺そばの雑木林へ行ってみようと決意した。


 ――なぁに、みんな捕まっちまったってんなら寺に殴り込んでまとめて助け出せばいいだけの話しだ!


 鷹丸は懐から“鶴亀屋”と書かれた手ぬぐいを取り出しグイっと頬被りをすると、意気揚々に寺へ向かって走り出した。



 ――確か寺の西側にある雑木林って言ってたよな?


 鷹丸は大きく遠回りをしながら目的地の雑木林へと向かった。半ば感覚だけを頼りに入り組んだ町屋を抜けると、やがて武家屋敷の外れに寛叡寺の漆喰塀が見えてくる。何とか見つからずに辿り着いたかと安堵しながらも、鷹丸は寺から距離を取ったままその周囲を注意深く観察した。


 ――……いた!


 寺に隣接した林の中に富士重達の姿が見える。鷹丸は警戒を怠ることなく静かに近づいていった。


 その直後、弾かれたように富士重と茄蔵がこちらに顔を向ける。鷹丸は自分が不審者では無いことを示すため慌てて頭から手拭いを外すと、大きく背伸びをしながら頭上で勢いよく両手を振ってみせた。富士重は弟の姿に気が付いたのか安心した様子で右手を振っている。鷹丸は早足に富士重達のもとへと向かった。


「よかった、兄貴達は無事だったか」


 自然と声を弱めつつも鷹丸は再会を喜んだ。


「……その言い振りだと姫君のことは知っているようだな」


「寺に捕まっていることと脱走したってとこまでは聞いた」


「姫さんを牢屋から出すとこまでは成功したらしいんだぁ。でもそのすぐあとに鎧を着込んだお武家さん達が寺になだれ込んでってよぉ……」


「……ごめんなさい」


 足元の慈螺が消え入りそうな声でつぶやく。富士重が口を開こうとした瞬間、鷹丸はその場にしゃがみ込むとうなだれる慈螺の頭を乱暴に撫で回した。


「詳しい状況は知らねえけど牢を破ったのは上出来だ。――見直したぜ慈螺」


 それでも慈螺は茜を救出できなかった罪悪感からか返事も無く小さく固まったままだった。富士重は淡い笑みを浮かべながら鷹丸を見下ろすがすぐに表情を強張らせる。


「慈螺の話しで姫君が捕らえられている場所は分かった。寺には慈螺が操った人間を除いて八人の兵が居たそうだが、悪いことについ先程四人の兵を従えた若い僧侶が境内に入っていったばかりだ……つまり、いま寺の敷地内には十三人の敵が存在することになる」


 若い僧侶と聞き鷹丸の脳裏に円海の薄ら笑いが浮かぶ。鷹丸は屋敷であったことを話し、寺に円海達がやってきたのは自分の責任だと一同に深く詫びた。それでも富士重と茄蔵は鷹丸を責めるようなことはせず、ただ鷹丸の無事を喜び潜入調査の労をねぎらった。


 鷹丸は「二人してやらかしちまったな」と慈螺に苦笑いを向ける。慈螺はおずおずと鷹丸を見上げた。


「お互い取り返すぞ!」


 鷹丸の言葉に慈螺は小さく、しかし力強くうなずいた。


「――何にせよ鷹丸が来てくれたことは良かったが、僧侶を除いた全員が武装していることを考えると、果たして私達だけで姫君を救出できるかどうか……」


「でも、何とか姫さんを助けねぇと」


「あぁ、もちろんだが……」


 富士重が言い淀んでいるとそれまで黙り込んでいた慈螺が突然林の奥を見つめながら不審そうにつぶやいた。


「――天狗様?」


 思いがけない言葉に一同は慈螺の視線を追う。その先には山伏然とした陶尽坊の姿と、その後に続く一人の人影があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ