第二十八節.適材適所
はやる気持ちが歩調にも伝播し、一行は初めて訪れる地の山紫水明に琴線を弾かれることもないまま早々と蔵園の地へと到着していた。
西にそびえる御影山を自然の防壁と仰ぎ、その麓に扇状に広がるこの町は山を背に立つ東光寺家の屋敷を起点としてその周囲を取り囲むように多数の武家屋敷が立ち並んでいる。そしてその武家屋敷の外縁から少し距離を置くようにして軒を連ねる商家や民家が、広大な盆地を埋めつくさん勢いで四方八方へと町としての版図を広げていた。
「ここが中州守様のお屋敷がある蔵園かぁ……大きな町だなぁ……」
町を東西に裂く街道を北へと歩きながら茄蔵は感嘆の声を漏らす。
「そりゃあ中州守様のお膝元だからな、そりゃぁ……大きいさ」
鷹丸も田舎者然とせわしなく周囲を見回しながら呆けたようにつぶやいた。
「まずは導鏡の寺と中州守様のお屋敷の場所を確認しよう。それから近くに宿をとって今後のことについて話し合わなくてはな……」
「では、私もどこかで元の姿に戻っておいた方がよいでしょうか?」
「そう、ですね。それがよいでしょう」
慈螺は宿代を気にして申し出たつもりだったが、富士重の同意は慈螺の思いとは異なるものだった。雑踏の中にあっても椿姫の美しさは際立っていた。否応も無く衆目を集めてしまうその容姿は隠密裏の行動を必要とする富士重達にとっては足枷となってしまう。そのため遅かれ早かれ慈螺には猫の姿に戻ってもらうつもりであった。
◇
「さてと、」
部屋の中央で車座に集まる一同の中、富士重がため息でも吐くかのように言葉を漏らす。
富士重たちは街道沿いから一歩踏み込んだ場所にある寿屋という安旅籠の一室に居た。活動拠点として利用するだけならばさらに安い木賃宿でもよかったのだが、「誰が聞いているかも知れない相部屋に身を置くよりも、多少高くとも部屋が区切られている旅籠のほうがよかろう」という富士重の判断に誰一人異論を唱える者はいなかった。
「境内に居たあの者達、どう見ても僧侶には見えなかったな……」
富士重は誰に言うでもなくつぶやいた。屋敷から南に離れた場所に立つ寛叡寺を苦もなく見つけた一行は、内部の様子を探るため敬虔な信徒を装いながら境内へ足を踏み入れようとした。周囲を瓦葺きの漆喰塀で囲まれたこの寺はそれほど大きな寺院ではなかったものの、境内にはまだ新築同様の色合いを見せる荘厳な金堂を中心として、その両側には陶尽坊の言っていた護摩堂と、外塀と同じ白の漆喰で作られた庫裡と思われる建造物がそれぞれ立ち並んでいた。
富士重達が門に近づくと、すかさず脇にいた武人風の男が呼び止めてきた。「寺に何の用だ?」という男の問いに、富士重は平静を装ったまま「我らご高名な導鏡様のご法話をいただきたい一心で遠方の村よりやって参りました。和尚様にお取次ぎを願えませんか?」と答えた。
その最中、富士重はそれとなく門の内側の様子をうかがっていた。ここから見える範囲では境内に二人の男の姿が確認できる。今話している男を合わせて三人、いずれも太刀を佩いているようだ。
門前の男は興味無さそうな表情で富士重達を見回すと「和尚様は屋敷に行っていて今は留守だ。それにここはお前達が入っていいような寺ではない」と、にべもせず一行を追い払おうとした。そこをなんとかと富士重が食い下がっていると門の内側からもう一人の男が現れ、つまらんことで手間を取らせるなと勢いに任せて寺を追い立てられてしまった。
「見張りが居るってことは、やっぱり姫様はあの寺に監禁されてるんじゃねぇか?」
鷹丸が言うと茄蔵も「俺もそう思う」と同意した。
「とは言え、どうやって忍び込む? 正面からは入れそうにないとして、塀をよじ登るにしても中の人間にすぐに見つかってしまうぞ」
「裏手の塀から忍び込むのはだめかぁ?」
「確かに塀を越えるなら人目の少なそうな場所が良いだろう。しかし先程は建物の裏手に人がいるかまでは確認できなかったからな。どこに人が配置されているか分からぬ以上、無暗に塀をよじ登るのは控えた方がいいかもしれないぞ」
「そうかぁ……」
「導鏡は屋敷に居るんだろ? なら、導鏡に頼まれて経典を取りにきたってのはどうだ? それなら寺にある建物にも堂々と入れるんじゃねぇかな」
「なるほどな。確かにそれがうまくいけば姫様を探しやすいかもしれないな。だが、門番に立つ男がその話をすんなりと信じてくれるかどうか……証拠を出せとか、屋敷まで確認の人間を出されたらどうする? 何より我々は既に顔を見られている。今更導鏡の使いと言ったところできっと信じてはくれないだろう」
「そりゃそうだよな……」
鷹丸と茄蔵は「うーん」と唸ったまま黙り込んでしまった。
「……あの」
茄蔵の横で座っていた慈螺が声を上げる。
「私が忍び込んできましょうか?」
「あのなぁ、だからその“忍び込む方法”を知恵を絞って考えてるんだろうが。何かいい知恵でもあるのか?」
鷹丸は慈螺を見ることもなく呆れたように答えた。
「いえ、普通に塀を登ってヒョイっと」
「だから! それじゃすぐ見つか、」
鷹丸は言葉を止めた。そうか、その手があったではないか。三人の視線が一斉に慈螺に向けられた。
「確かに猫の慈螺ならば塀から中に入り込んでも気付かれにくい。仮に気付かれたところで猫一匹にいちいち構う人間もいないだろう」
「お前、たまには役に立つじゃねぇか!」
「でもよぉ、慈螺だけじゃ危なくねぇか? 俺ぁ心配だで」
「大丈夫、任せてください茄蔵さん。向こうだって猫相手にいきなり太刀を抜いたりはしないでしょう」
「しかしなぁ……」
「茄蔵、気持ちは分かるがここは慈螺に任せよう。どの道大勢で忍び込むわけにはいかないし、この仕事に慈螺ほどの適任者はいないだろう。――やってくれるか、慈螺?」
「もちろんです」
「でもよぉ……」
「グチグチうるせぇ野郎だな! そんなら俺達は寺のそばで待ってようぜ。何かあればすぐ助けにいけるようにな」
「危なくなったら私大声を上げますから、そしたら茄蔵さん、助けに来てくださいますよね?」
「そりゃあ勿論だけどよぉ……」
「よし、決まったな。じゃぁ寺の調査は慈螺に任せるとして、屋敷の方はどうする兄貴?」
「今は慈螺の調査を優先しよう。姫様が見つかれば御の字だが、もしその前に沙雪様が到着したなら理由を説明してすぐにでも屋敷に戻ってもらう。状況は一刻を争うからな」
一同は大きくうなずいた。
「……しっかし陶尽坊の言っていた通り屋敷の外まで人があふれてたな。確かにあれなら今すぐにでも戦を始められそうだ」
集まっていた兵士たちの熱に看過されたのか、鷹丸は高揚した様子で屋敷周辺の喧噪を思い出していた。
「町にも義勇兵を募る立て札が出てましたね。なんなら鷹丸も参戦してきたらどうですか?」
慈螺が茶化すように鷹丸の顔色を窺う。
「アホか! なんで俺が鬼退治に参加しなきゃならねぇんだよ」
「でも血が見たそうにウズウズしているじゃないですか」
「俺はそんな物騒な人間じゃねぇ!」
じゃれ合う二人の姿に富士重の顔にも自然と笑みがこぼれる。ところがすぐにその顔は険しく引き締まり、刺すような眼差しを鷹丸へと投げかけた。
「鷹丸、本当に義勇兵になってみないか?」
「え? な、なんだよ兄貴まで急に……」
鷹丸と慈螺は驚いたように富士重を見た。
「未だ姫君の所在が分からない以上、屋敷内に監禁されている可能性も無くはない……それに何らかの理由で沙雪様の到着が遅れ、いや、最悪の場合到着自体が困難な状況まで考慮すると、更なる次善の策を練るためにも屋敷側の詳しい動向が知りたい」
「義勇兵に志願して情報を集めてこい、ってわけか」
「頼めるか?」
「そういうことなら任せとけって。そもそも猫の帰りを待ってるだけなんて俺には性に合わねぇしな」
「よし、では善は急げだ。私と茄蔵は寺のそばにあった雑木林で待機している。慈螺、鷹丸、頼んだぞ」
「はい!」「おう!」




