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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第一輯 春に少女が降る年は、麦を刈らずに悪を狩れ
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第二十三節.劇団お千代

「成仏って……お千代さんは代理っていっても川の管理を任されてるんだぜ? そんな人が居なくなっちまったら大蛇川が大変なことになっちまうだろ。それに本人も成仏する気は無いって言ってたし」


「うんそうだな。だからお千代さんには一芝居打ってもらおう。鷹丸、お千代さんがどこにいるか分かるか?」


「え? いや、最初に会ったときは壊れた橋のそばだったけど、今どこにいるかまでは……」


「ふむ……川の管理をしているなら大蛇川の流域で呼びかければ会えるかもしれないな。行ってみよう」


 富士重はその場を立ち上がると橋が架かっていた場所とは別の方向へと歩き始めた。


「え? ちょ、待ってくれよ兄貴!」鷹丸は慌てて兄の後を追いかけた。




 麦畑を通り過ぎ、道なき藪を踏み越え、二人は大蛇川に面した急な崖際へと到着した。ここはお千代橋よりも大分上流に離れた場所であり、周囲には未開の原野が広がっている。


「ここなら人目を気にすることもないだろう。鷹丸、ちょっとお千代さんを呼んでみてくれ」


「お、おう。分かった」


 鷹丸は土色の濁流に向かって千代の名を呼んでみた。何の変化も無いまま二度三度と繰り返し呼びかけてみるも、やはり千代が現れる気配は無い。


 俺がいるから出にくいのかもしれないなと富士重がその場から離れようとしたとき、鷹丸は左肩に妙な違和感を覚えた。


「誰ですか~、この人~?」


 ささやくような小さな声が鷹丸の耳に届く。


「おぉっ! びっくりした……お千代さん、お千代さんですか? えっと、この人は俺の兄貴なんですよ。お経の件でちょっと話しがあるんで心配しないで出てきてくれませんか?」


 鷹丸の言葉に富士重は目を凝らす。すると、鷹丸のすぐ左後ろに白装束姿の女が薄っすらと浮かび上がってきた。その見るからに幽霊然とした姿に富士重の顔は図らずとも強張っていく。


「鷹丸さん~困りますよ~。私~、人前に出るのが苦手って~言ったじゃないですか~」


「分かってるんですけど、どうしても俺だけじゃお経を止める良い方法が思いつかなくて」


「初めまして、鷹丸の兄の富士重です。大体の話は弟から聞きました。何でもお経の声がうるさいのでやめさせてほしいとか?」


「……そ~です~。このまま聞いていたら~頭がおかしくなりそうです~」


「お察しします。しかし鷹丸の話を聞く限りこれはかなり厄介な問題ですね。なにせ相手は美里宿のために我が身を顧みぬ覚悟であなたと向かい合おうとしている方のようです」


「そうなんですか~」


「何より自身の寺の記録に軸足を置いている以上、ちょっとやそっとの説得では自分の信念を曲げたりはしないでしょう。無理に止めようとすれば“こいつは怨霊に操られているのではないか?”と疑われ、逆に態度の硬化を招きかねません」


「それは困ります~」


「ですから、相手の抱く使命感を目に見える形で成就させてあげてはどうでしょう?」


 不思議そうにしている千代と鷹丸を前に富士重は自分の考えを説明し始める。それは聞いている人間が拍子抜けするほど稚拙で単純な三文芝居だった。


 まずは姿を消した千代が誦経する円海のそばで恨み節の声を上げる。これによって円海は自分が向き合うべき怨霊の実在を確信できるはずだという。その後円海は千代との対話を経て一層熱心に誦経を行うはずである。千代はその誦経にある程度抵抗しつつも機を見計らって苦しそうな声を上げ始める。最終的には"必ずや自分は復活する”旨の捨て台詞を残してその場を退くとのことだった。そして事が済んだら力を抑えたまま数日間は身を潜めていたほうが良いとも付け加えた。


 話しを聞いた千代はこの案に懐疑的であり芝居に対しても否定的な姿勢を取っていた。確かに昔は大怨霊と恐れられてはいたが、今更それを演じるというのにも少なからず抵抗があるようだ。しかし妄信的に兄の案を推す鷹丸にも説得され、最終的には“封じ込められる”のではなく“改心して川の守り神となりました”という筋書変更をすることで、渋々ながらもこの茶番劇の上演に同意することとなった。


 問題は円海が想定外の手段、つまりお経による鎮魂ではなく呪術に訴えた調伏(ちょうぶく)などを行ってきた場合だが、千代(いわ)くそれは心配無用とのことであり、そこらの修行僧程度が操る呪術ならば全て受けきってやられたフリをすればいいだけだとまで言い放った。


 円海のお経が聞こえてくるのは大体日が出てから沈むまでの間とのことなので、それならば人が少ない日暮れ時が良いだろうということになり、決行は今日の暮れ六ッ時(18時)と話がまとまった。想定外の事態に対応するため鷹丸も身を潜めながらその場に立ち会うことを約束すると、二人は千代と別れ宿へと帰っていった。




 夕食(ゆうげ)を前にして鷹丸は大折檻を手に取ると、「今夜も稽古してくる」と言い部屋を出ていこうとした。すると茄蔵がせめて夕食のあとにしたらどうだと呼び止めたが、毘沙門との一件がよほど応えているのだろうから気の済むようにさせるといいと富士重が援護射撃を行い、鷹丸をそのまま部屋から送り出した。


 夕暮れの街道には少ないながらも未だ人影が残っており、皆足早に町中を行き来していた。宿場内に暮れ六つ時の鐘が鳴り響き、街道沿いの軒先では提灯やら箱看板やらに明かりがともり始める。鷹丸は薄暗い街道を急ぎ足で大蛇川へと向かった。


 大蛇川のそばまで来ると鷹丸は街道をそれ、脇道に接した家屋の間をすり抜けながら川のすぐ手前まで到着した。鷹丸は地蔵の脇に生える大木の陰に身を潜めると、目を細めながらお千代橋の周囲を見回してみた。


 ――居た。


 橋のそばでお経を誦えている円海らしき人物が目に留まった。幸運にも周囲に人影は無い。あとは主役の登場を待つばかりだ。


 しかし、いくら待とうとも芝居が開園する兆しが見えない。そうこうしている内に円海の誦経の声は一層大きくなり、お経の一言一言が間延びしたものに変わっていく。お経が終盤に差し掛かっている……。そう感じた鷹丸は焦燥感を感じ始めていた。


「どうしたんだお千代さん……」


 鷹丸が無意識につぶやいた時、突然背中から声が聞こえた。


「本当にやるんですか~?」


 振り返ると明かりも無い暗がりの中に昼間よりもハッキリと浮かび上がる千代の姿があった。


「何してるんですかお千代さん! 早く始めないと円海さんが帰っちゃいますよ」


「でも~何て言ったらいいんでしょ~? ……恨みっていっても~、“うるさいので~静かにしてください~!”とかくらいしか~……」


「いいんですよそれで! 怨霊だった頃を思い出して何かこう、スゴイ感じで言ってやればいいですよ!」


「スゴイ感じって~……ちょっとよく分からないです~。それに思い出すっていっても~もう百年以上も前のことですし~、うまくできるかしら~?」


 誦経の声が止まり円海は鈴を鳴らし始めた。


「ほら、もう終わっちゃいますよ! 早く、早く!」


「む~、……がんばってみます~。そうだ~、ここだと~お坊さんの声が~聞こえづらいと思うので~向こうの音を~鷹丸さんの耳元に~届くようにしておきますね~」


 そう言うと千代の姿は(かすみ)のように消えた。鷹丸が慌てて振り返ると円海は沈黙したまま川を見つめている。それから諦めたように川に背を向けると街道のほうへと歩き始めた。


 ――お千代さん早く!


 鷹丸が心の中で叫び声を上げたその時だった。


 急に周囲から音が消えたかと思うと、鷹丸は冷たい泥を頭から浴びせられたような不快な感覚に襲われる。円海も異変に気付いたらしく戸惑うように辺りを見回しているようだ。


「……口惜しい」


 密やかな、それでいて周囲に染み渡るような女性の声が鷹丸の耳に届く。その響きは包み込むように全身を逆撫でし、ブツブツとした鳥肌模様が意図せず皮膚に浮かび上がってゆく。


「……旅の僧よ、なぜ私に干渉しようとする……憎い、お前が憎い……」


 円海は川辺へ駆け戻ると、暗い夕空に何かを探し出そうと顔を巡らせた。


「鎮まりなさい荒ぶる古き魂よ! 私の名は円海、あなたを縛る苦痛から救い導くために遠方よりやってまいりました!」


「……救い? 導く? 笑わせるな坊主! この身の苦痛は百五十年前より決して癒えぬ! 憎い、憎い、憎い、憎い! 生きながら私を地の底に沈め、その屍の上に嬉々として過ごす全ての人間共が憎い! 私にとっての救いとはこの地に住まう全ての人間が子々孫々まで永遠に祟られ続けることだ! お前ごときに導かれるまでもない!」


 千代の言っていた通り二人の声はまるですぐ隣で話し合っているかのように鷹丸の耳にも届いていた。そして目に見えぬ圧迫感の中で千代の恨み節は滾々(こんこん)と続き、嫌がってた割にはノリノリな千代の様子に鷹丸は安堵を覚えた。


 ――この調子なら大丈夫だ、きっとうまくいく……。


 それにしても、だいぶ芝居がかってはいるが普通に喋れるではないか……。殺意すら感じさせる千代の熱演を聞きながら、鷹丸はどこか納得のいかない思いを抱いていた。


「あなたの怒りはもっともです。それでもどうか私の話しを聞いてください」


「坊主の戯言などに聞く耳は持たぬ! お前が本心から私の苦痛を拭いたいと願うならば、これ以上未熟な法力を振るうのをやめて私の怨念がこの地を覆いつくす様を指をくわえて見ているがいい!」


「……問答は無用という訳ですか」


 円海は片手で網代笠を押し上げると、覚悟を決めたような厳しい表情をあらわにした。


「この期に及んでまだ私を鎮められるとでも思っているのか? ――アーハッハッハッハ、とんだ身の程知らずもいたものだ! ならば試してみるがいい、仏の力とやらがこの私に通用するか否かを!」


 ――さぁ来た今日一番の山場。鎮魂か? 調伏か? どう返す円海。


 鷹丸の大折檻を握る手に力がこもる。ところが、円海の発した言葉は鷹丸の想像とは全く別次元のモノだった。


「それならば話が早い。私もこれ以上あなたに干渉するつもりはありません。あとは気の済むまでこの地の人間たちを祟ると良いでしょう」

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