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稲穂の国を渡らえば、珍々聞々奇々聞々  作者: 一二三 五六七
第一輯 春に少女が降る年は、麦を刈らずに悪を狩れ
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第二十節.十五夜奇譚

「そういうのじゃ……じゃぁ、どういうのだよ!」


 どこか調子外れした娘の発言に引かれてか、鷹丸は喉のつかえが取れたように言葉を噴出させる。


 それにしても、幽霊……小さな頃から話には聞いてきたが実際に目の当たりにするのは初めてだった。どんな化け物であろうと肉体が有るならまだ戦いようはある。しかし、色彩だけの不確かな存在を相手にどう対処しろというのか? 鷹丸は手のひらにじっとりと嫌な汗を感じながら幽霊女を凝視していた。


「あなたに取り憑こうとか~、祟ろうとか~、そういうことじゃなくてですね~、ちょっとお願いを~聞いてほしいんですよ~」


「……お願い?」


「そんなに離れていると~話しづらいので~、もうちょっと~こっちに来て~座りませんか~?」


 幽霊女は首をすくめながら手招きをした。その姿はどう見ても“あちら側の世界”に誘い込もうとしているようにしか見えない。鷹丸は大いに躊躇(ちゅうちょ)した。


「そんなに怖がらなくても~大丈夫ですよ~、もし何かするなら~気付かれる前に~してますから~」


 ……なるほど、もっともな話だ。何にせよここで尻尾を巻いて逃げてしまえば自分の沽券に関わる。鷹丸は警戒しながら幽霊女に近寄ると、険しい表情で相手を睨みつけながら恐怖心を圧し潰すように勢いよく腰を下ろした。すると幽霊女も鷹丸の視線に合わせるようにゆっくりと体を下げてゆく。その結果、鷹丸の目前には藪のような前髪の奥に潜む青白い娘の顔が突きつけられることになった。


 先ほどまで流していた汗とは全く異質の妙に冷ややかな汗が背筋を伝う。鷹丸は今すぐにでも宿に逃げ帰りたい気持ちを懸命に押し殺していた。


「そうですね~、まずはどこから~お話ししましょうか~」


 鷹丸の心境など気にかける様子も無く幽霊女は話しの続きを切り出した。




 幽霊女は千代(ちよ)と名乗り、自分は百五十年ほど前にこの場所に存在した美里村(みさとむら)という小さな農村で命を落とした幽霊だと語った。ちなみにその美里村というのが現在の美里宿の前身だそうだ。


 近くを流れる大蛇川のおかげで豊かな水と土壌に恵まれていた美里村は、時折発生する豪族同士の争いに巻き込まれることはあったものの、基本的には水や食料に困ることの無い平和で穏やかな村だったそうである。


 しかしそんな平和な美里村にも一つだけ悩みの種があった。それは皮肉にも村の命とも言える大蛇川に端を発している。当時この地を収めていた領主は川の反対側に屋敷を構えており、年貢を納めるためにはどうしても大蛇川を渡る必要があった。そのため納付の際には水量が少ない日を見計らって徒歩で川を渡りながら物品の運搬を行っていたのだが、これでは領主側としても具体的な納付時期が掴めない上、村側としても運搬中に人足(にんそく)が川底で足を滑らせてしまい物品を水浸しにしてしまうという危険性が伴っていた。


 そこで領主は年貢の安定的な納付と交通の利便性を高めるため大蛇川に大きな橋を架ける決断をすると、都との物品輸送の高速化を口実に時の守護大名の助力を取り付けることに成功した。さっそく遠方より架橋工事の専門家が呼び寄せられ、領主の計画は現実のものとなっていく。


 そして諸々の準備が進んでいく中、新たに架ける橋の末長い安全を祈願して工事を前に人柱を立てるという話が持ち上がった。対象者は美里村の中から選任されることとなり、そこで選ばれたのが千代だったそうだ。


「もちろん嫌でしたよ~、でも私は~小さなときに~両親を亡くしていたので~身寄りも無かったし~、逃げることも~隠れることもできなかったので~どうしようもなかったんです~」


 千代の独特な喋り方は慣れるまでにそれなりの忍耐力を強いられたが、話しを聞くにつれ鷹丸は相手が幽霊ということも忘れてその境遇の不憫さに同情すら感じ始めていた。


「そうか……この地のためとはいえ随分と辛い役目を背負わされたんだな。それで、周囲の人間を恨んだりしなかったのか?」


「そりゃ~恨みましたよ~、余りにも恨みが強すぎて~死んでから十年くらいの間は~橋の守り神どころか~怨霊になってましたし~」


「……怨霊?」


「村の住人や~工事に携わった人とか~、あとは領主様の家にも~祟りを振りまいてました~。そうそう~、橋を渡ろうとする人たちも~もれなく祟ってましたね~」


「……祟る?」


「“みんなやっつけちゃった~”ってことです~」


「……あぁ、そういう……なるほど……」


「でもそのせいで~この辺りに~人が近寄らなくなってしまって~、さすがにやり過ぎだろう~って大蛇川の水神様にも~怒られてしまって~」


「水神様に……なるほど、それで大人しくなったわけか」


「いえ~、それがきっかけで~水神様と~大ゲンカになっちゃたんですよ~」


「は?」


「この辺りに~人がいなくなっていたのは~不幸中の幸いでしたね~。水神様も~本気で怒って~かなり派手なケンカに~なってしまったので~、フフフ~」


「ハハハ……」引きつった笑いが意図せずこぼれる。


「結局~怒りに任せて~水神様までやっつけちゃって~、最後に残ったのは~私一人だけに~なっちゃったんですよね~」


 花のように咲いた同情心は見頃を迎えることなく枯れ落ち、消えていた恐怖心が洪水のように鷹丸の心を満たしていった。認識が甘かった、このままでは俺も祟り殺される。自然と千代から目をそらしながら鷹丸は死の気配を感じ始めていた。


「それから私~気付いたんですよ~、このまま恨みに任せて~暴れまわっていても~何か虚しいだけだな~って~。それで~、もう祟りを振りまくのはやめて~水神様の代わりに~大蛇川を見守りながら~過ごしていたら~、いつの間にか~この場所にも~人が戻ってきたんですよね~」


「そ、そうなんですか。それは、……あの、なんか……良かった? ですね……」


「良いかどうかは~分からないんですけど~、そんなわけで~今に至ってるわけなんですね~。それで~ここからが~本題なんですけど~」


 本題? 強烈な武勇伝のせいですっかり忘れていたが、そういえば頼みごとがあるとか言っていたな。鷹丸は恐る恐る千代の青白い顔に視線を戻した。


「数日前に~この宿場にやってきたお坊さんが~私の存在を~感じ取ったらしくて~、しつこくお経を~誦えてくるんですよ~。多分私を~成仏させようと~してるんでしょうけど~私にそんな気は~無いですし~、ただ~うるさいだけなんですよ~」


 鷹丸は今朝方ここで見かけた網代笠(あじろがさ)をかぶり墨染の直綴(じきとつ)に身を包んだ旅僧らしき男の姿を思い出していた。


「私~人前に出るのって~あんまり好きじゃ~ないんですよね~。それに私が~直接出ていったら~向こうさんも意地になって~成仏させようとしてくるかも~しれないじゃないですか~? ですのであなたから~やんわりと~お経を誦えるのを~やめてもらえるように~お願いしてもらえませんか~?」


「お、俺がですか? いや、でも、何で俺が、その、選ばれたんでしょうか?」


「え~? 深い理由は~ないですよ~。よーしやろう~! と思ったときに~たまたまあなたが~ここにいたから~。ただそれだけです~」


 鷹丸は気まぐれに夜稽古を思い立った自分を恨んだ。とはいえ、このまま断ったりしたらこの怨霊に何をされるか分かったものではない。最悪の場合、計画を知られた以上生きては返せないまでありそうだ。


「あの……そうは言われても……何て言ったらいいんだ、いいんでしょうか?」


「何でも~構わないですよ~。これだけありがたいお経を~上げていただければ~故人もきっと~満足しています~とか~、あとは自分のほうで~供養をしとくので~大丈夫です~とか~」


「はぁ……」


 すると千代の体が突然上昇し、鷹丸はそれを追うように顔を見上げた。


「それでは~お願いしますね~」


 そう言い残すと千代の体は徐々に薄れてゆき間もなく完全に見えなくなってしまった。鷹丸は千代が消えたあともしばらくの間その場に座り込んでいた。


 ――何だか面倒なことになっちまったな……しかし、このまま知らぬふりを決め込むのも後が怖そうだ……


 鷹丸は立ち上がり周囲に誰もいないことを確認すると、重い足取りで旅籠へと戻っていった。




 明くる日、鷹丸が目を覚ますと部屋には誰もいなかった。ぼんやりとした頭のまま外を眺めるともう大分日が昇っている。どうやら寝過ごしてしまったようだ。女中に聞くと茜たちは朝早くから出かけてしまったらしい。鷹丸はよけてあった遅い朝食を済ませると思い出したように大蛇川へと向かった。


 川辺ではやはり多数の人影が増水した川の流れを憂鬱そうに眺めている。見たところ水量は昨晩とあまり変わっておらず、これでは明日の出発も難しいかもしれないなと考えながら周囲に目を走らせていると、昨日と同じ場所でお経を誦えている優男風の僧侶を確認できた。


 ――さて、何と言ったものか?


 鷹丸はうまい言い訳を思案しながら遠目にその男を眺めていた。

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