第十七節.耳年増
茜達は山賊達の後を追って四、五人ほどが並んで通れるほどの大きな洞穴へと入っていく。するとほどなくして周囲が広間のように開けた場所へと到着した。一行が物珍しげに辺りを見回していると、突然一つ結びが薄暗い広間の奥へと駆け出していく。
「おい! どこへ行く気だ?!」
茜の声が洞穴内に反響する。ちぢれ毛が後ろを振り返り「心配いりませんよ。少々お待ちくだせぇ」と言うと、奥のほうから「カッカッカッ」という何かをぶつけ合う音が広間内に響いた。聞き覚えのあるその音に茜は一つ結びが何をしているのかを理解した。
間もなく広間の奥で一際大きな明かりがともり、燭を手にした一つ結びは方々に置かれている燭台へと手際よく火を移していく。やがてそれらは壁の札よりも明るく岩の中に広がる楕円形の広間を照らし出した。
「――あまり妙な動きをするな」
広間を駆け回る一つ結びを見ながら茜は苦々しげに言った。
「すいません、札の明かりは僅かな間しか続かないんですよ。まぁ、火をつけるまでの一時しのぎといったところですかね。修行を積んだ僧ならもっと強い明かりを長時間保つこともできるんですが、自分の力ではこの程度が精一杯でして」
そう言って一つ結びが恥ずかしそうに頭を搔いていると、まるでその言葉を待っていたかのように壁の明かりは徐々に光を失いやがて消えてしまった。
「――と、まぁ、こんな具合です」
「ふん、なるほどな」
茜は妙に納得しながらも改めて広間の中を見渡してみた。そこは自然が作り上げた空間というよりは妙に人為的な形をしており、注意して観察すると何者かの手で掘削されたような跡が壁面のいたる所に見受けられた。ちぢれ毛が言うには自分達はこの場所を偶然見つけただけであり、昔誰かが住居用に掘ったのではないかとのことだった。
広間の入り口付近には焚火の跡が見受けられ、その周りにはゴザともムシロとも分からぬような代物や動物の毛皮などが折り重なるように敷かれている。壁際には刀や斧といった武器の他、何かが詰まった麻袋の山やら竹で編まれた行李などが乱雑に置かれており、物珍しそうに広間を歩き回っていた鷹丸が「思いのほか住みやすそうな場所だな」とつぶやくと、慈螺を抱いた茄蔵も「そうだなぁ」と同意した。
奥のほうには入り口よりもやや小さめの横穴が続いているようであり、富士重が「あの奥は?」と問いかけると、奥まで続いてるようだが今のところ本腰を入れて探索したことはないとちぢれ毛が答えた。続けざまに茜が「捕えた女はどこだ?」と聞くと、「その奥で休んでおります」と広間の奥を指さした。なるほど、目を凝らして見ると確かに段差になった岩の上で人影らしきものが横たわっているように見える。
「おい! なんだこりゃ?!」
ようやく目を覚ましたのか地面に下ろされていた毘沙門は驚きの声を上げると、その場でグニグニと身悶えを始めた。山賊達は本格的にイモ虫に成り果てた頭領の周りに集まると、声を荒げて興奮する毘沙門をなだめながらもこれまでの経緯を代わる代わる説明していった。
「アホが! それでへいこらここまで案内してきたってのか?!」
「で、でもカシラがやられちまったら俺達じゃどうにも……」
激昂する毘沙門にちじれ毛が力無く答えた。他の山賊達も気まずそうに目を逸らしている。
「アホが! アホが! アホがっ! なんつぅ情けねぇ連中だ! もういい! 早くこれを解け、俺がこいつらを始末してやる!」
「バカ者。素直に解かせるわけがなかろう」
山賊達の背後から茜が言った。
「お前はここで這いつくばっているがいい。そこにいる女は私達が連れて行くぞ」
「あぁ?! 何言ってやがる、そいつは足をヤっちまってるんだぞ! まだ歩ける状態じゃねぇんだ!」
「――手当をしてやったことは感心だが女が動けるようになったらお前、どうするつもりだ?」
「ど、どうって……」
毘沙門は口ごもると茜から顔を背けた。
「ふん、とぼけるな。大方寄ってたかって慰みものにした挙句、それに飽きたら目玉を潰して女衒にでも売り払うつもりだったのであろう?」
茜が蔑んだ目で見下ろすと、毘沙門は何か恐ろしいモノにでも出会ったような表情でゆっくりと顔を向けた。気が付けば周囲の山賊までもが忌まわしいモノでも見るような目で茜を見つめている。
「お、お前ぇ……まだ小せぇのになんてひでぇことを……」
毘沙門は発する言葉を選ぶように口をパクパクさせた後、突然鷹丸のほうをキッと睨みつけた。
「おいコラッお前! お前……妹をどういう育て方してやがんだっ! こんな年端もいかねぇ娘に、なんて……! この大アホが!」
「え?……あ、いや……」鷹丸は言い淀んだ。
「まだごまかす気か? どうせ怪我の手当などというのも出任せで、足を折って動けなくしたのもお前達なのだろう? そうやって動けなくしておいて痛がる女の衣を無理やり剥ぎ取り、羞恥に泣き叫ぶ姿に悦喜しながら――」
「ア、アホっ! 何言ってるんだテメェ! 子供が、女の子がそんなこと言っちゃダメだろ! おい、兄ちゃん、黙ってねぇで何とか言え!」
「いや、残忍そうなお前達のことだそんな程度では飽き足らず、必死に許しを請う女を岩に縛り付けて――」
「誰か、早くこいつを黙らせろっ!」
顔を真っ赤にして怒る毘沙門を尻目に茜の卑猥な憶測は続いた。湯水のように垂れ流される猥談の数々……山賊達が食い入るように耳を傾ける中、それは同時に茜と百姓兄弟達の間に言い知れぬ距離感を生むこととなった。
「――ふん、黙れ黙れと言うが、どれも山賊のしそうなことではないか。そもそも何を赤面している?」
「前半はまだしも後半はぶっ飛びすぎだろうが! 頭おかしいんじゃねぇのかお前!」
「分からんな……では女をどうするつもりだったのだ?」
「いや、だから、それはだな……その、炊事とか、洗濯とか……」
「は?」
「だから! 毎日野郎だけだと花がねぇんだよ! 気持ちが滅入っちまうんだよ! そんなときに女衆が居てくれればちっとは気分も晴れるだろうが! 一緒に山賊やれとまでは言わねぇ、言わねぇがせめてねぐらで俺達の帰りを待ちながら炊事や洗濯をやってくれる女が居てくれりゃぁ、それだけで俺達はもう……」
毘沙門の言葉に山賊達は何度もうなずき、百姓兄弟も少なからず理解を示すような素振りを見せる。茜は名状し難い表情を浮かべながら言葉を失い立ち尽くしていた。そんな時、不意に広間の奥から小さな声が聞こえた。
「痛っ!」
一同が声のほうに目を向けると、先程まで横たわっていた人影がぎこちなく起き上がろうとしている様子が窺える。
「おい、まだ起きちゃなんねぇ!」すかさず毘沙門が声を上げ、ちぢれ毛が岩の上の人影に駆け寄っていった。
「まだ横になってなきゃダメだぜ」
ちぢれ毛は起き上がろうとする女を諭し再びその場へ寝かそうとした。しかし女はその手を拒むと尚も起き上がろうともがいている。
「ここは一体どこなんですか? ――私、急いでお屋敷に戻らないといけないんです」
聞き覚えのある女の声に茜はハッとした。
「その声……沙雪? 紗雪なのか?」
茜は必死に起き上がろうとする女のほうへと駆けだす。それを見た一同も後を追ったが「俺を置いていくな!」という毘沙門の悲痛な声が響き、山賊達は慌てて引き返していった。
「姫様? 本当に姫様なのですか?! あぁ……信じられない……よく、よくぞご無事で……」
短髪の女は切れ長の目にあふれ出す涙をそのままに、安堵の表情を浮かべながら床へと崩れ落ちた。茜は寄り添うようにして事の次第を問い質したが、感極まった様子の沙雪は目を落としたままむせび泣くばかりだった。
「申し訳ありません」と何度も漏らしながらも徐々に落ち着きを取り戻した沙雪は、ここに至るまでの経緯をポツリポツリと茜に語り始めた。
事の発端は六日前にさかのぼる。
その日、茜の母親である千鶴は屋敷に導鏡を呼び寄せると、ここ最近の茜は明らかに様子がおかしいと告げ、まるで何かに憑かれたように人が変わった上、そこがどこであろうと頻繁に眠ってしまうようになったと暗に助力を求めたそうだ。
千鶴の話を聞いた導鏡は早速茜の元へと向かい、床につく茜の顔に手をかざしながらブツブツと呪文のような言葉を誦え続けたていたが、しばらくすると急に押し黙り「……どうやら姫君は人知れず心労を抱えていたご様子。その弱った心に邪な者が住み着き姫君の意識に害を与えているようです」と言ったそうだ。
導鏡は千鶴のほうに向き直ると目を伏せながら話を続ける。
「まことに申し上げ辛いのですが、姫君はかなり危険な状態に瀕しております。このまま放置しておけば間もなく心中の魔物に心を食い破られてしまうでしょう。そうなってしまえば姫君は生きる屍も同じ。すぐにでも手段を講じたほうがよろしいかと……」
驚いた千鶴が助けを乞うと導鏡は居住まいを正しながら答えた。
「……分かりました。それではすぐにでも寺で加持祈祷を行い、必ずや姫君から魔物を追い払ってみせましょう。――ただ、今のままでは魔物を追い払ったところでまたすぐに姫君の中へと戻ってしまう恐れがございます。どこか遠方の地……そうですな、御前様のご実家などで姫君の心が安定するまで静かにご養生させると良いでしょう」
導鏡は明日にでも茜がここを発てるよう至急手筈を整えておいて欲しいと言い残すと、足早に屋敷をあとにしたそうだ。千鶴は急いで夫である義景のもとに向かい、焦る心を抑えながら今しがた聞いた導鏡の話をそのまま伝えた。急な話に義景は困惑の表情を浮かべながらも、兎にも角にも導鏡の言う通りにするのが良かろうと妻の話に同意したようだった。
その後、降って湧いた茜の旅立ちに屋敷内は騒然となる。
千鶴の実家は中州国の南に接する三野国の守護大名家である討鬼家であった。千鶴が急いで父宛ての手紙をしたためると、飛脚は預かった手紙を懐に収め一目散に屋敷を飛び出していく。すぐに町内から駕籠者と荷物運びの人足が雇われ、家臣の中から二名の男が道中の護衛役として選ばれた。姫付きの侍女である沙雪も旅先での世話係として同行することとなり、何もかもが急を要する事態に家臣達は当惑しながらも翌日の出発に向けた準備は着々と進んでいったそうだ。




