第十六節.落ち武者
「何バカなこと言ってんだ、引っ込んでろ!」
鷹丸は近寄る慈螺に食ってかかった。
「あなたこそ引っ込んでいてください。あなたの力ではこの人には敵いません。現実を見てください」
「なんだとクソ猫!」
「言われて悔しいのならもっと強くなってください! そのためにも今無駄に命を捨ててはいけません! ……私なら平気です。あなた方を守れるのなら喜んでここに残ります」
慈螺は悲しげな笑顔を浮かべ鷹丸を見つめる。
「おい、待てって! さっきの話は冗談で――」
「……強くなってください。もう二度とこんな別れを迎えないためにも……あなたは、強くなってください」
言葉を失い立ち尽くす鷹丸をそのままに、慈螺は茄蔵のほうを振り返り静かにうなずいた。そして意を決したように毘沙門の前へと向かう。
「お手間をおかけしました。私はあなたの意志に従います。どこへなりとお連れください。ですが、この方達は――」
「お、おう! わ、分かってる、分かってるって。やく、約束は守る男だぜ! 俺は!」
すがるような目で訴えかける慈螺の言葉を遮り、毘沙門は視線をそらしながら慌てて答えた。毘沙門の顔には明らかな動揺の色が浮かんでいる。
「あの……」
「おう、お前らもう行っていいぞ! その、なんだ、道中山賊共に気を付けてな!」
毘沙門は近寄る慈螺から後ずさると、顔を背けるように茜達へと声をかけた。
「……毘沙門様?」
「ん? ど、どうしたい」
いつの間にか顔を朱色に染めた毘沙門は相変わらず慈螺を見ようとはしない。
「……こんな私で良いのですか?」
「な、何言ってんだ、あ、ああ、あんたみてぇなべっぴんさんならだ、大歓迎だぜ!」
「……本当ですね?」
「と、とりあえずもう少し下がって、ッブ!」
突然、毘沙門の視界が暗転するとフサフサと柔らかいモノが顔を覆い包む。肌触りこそ悪くはないが一体何がどうなっている? 毘沙門は慌てて顔の覆いを剥がそうとした。
「一緒に行くわけないでしょ! この熊オヤジ!」
猫の姿に戻った慈螺は張り付いていた毘沙門の顔を滅多やたらに引っ搔いた。
「いでぇっ! な、なんだこりゃ?! やめろ、いてぇ!」
「茄蔵さん!」
慈螺が顔から飛び退くと、駆け寄った茄蔵が渾身の力で拳を振り上げる。顎を打ち上げられた毘沙門は大きく後方に反り返りながら勢いよく地面へと倒れ込んだ。
「カ、カシラぁ!」訳も分からずちぢれ毛が絶叫する。
言葉を失う鷹丸を尻目に猫又の慈螺は茄蔵の足元に走り寄った。
「うまくいきましたね茄蔵さん」
「……おめぇ、操るって言ってなかったかぁ?」
「それが、この人私と目を合わせようとしてくれないんですよ……私の術は相手と目を合わせていないと掛けることができないので、咄嗟に次善の策を講じてみました。……何か感づかれていたのでしょうか?」
「なるほどなぁ……最後まで気の抜けねぇ人だったなぁ」
仰向けに倒れる毘沙門を見ながら茄蔵は感心したようにつぶやいた。
「慈螺、茄蔵よくやったぞ。――皆でそこらの藪から丈夫なツタを集めろ。気が付かれる前にこいつを縛り上げるぞ。それと……」
茜は一同に指示を出すと毘沙門のそばで立ち尽くすちぢれ毛に目を向けた。
「分かってると思うが余計なことはするなよ? 妙な動きを見せればお前にも眠ってもらうことになるからな」
「ヘ、ヘイ!」
「鷹丸! お前もいつまでも呆けておらんでさっさとツタを集めんか」
「わ、分かってますよ」
鷹丸は複雑な表情で毘沙門を見つめていたが、やがて諦めたように山側の森へと駆けて行った。
「翠扇様、流石にやりすぎではないでしょうか?」
富士重は呆れたように毘沙門を見下ろす。
「思いのほかツタが集まったのだから仕方なかろう。それにこの男は油断できん。この位が丁度よいのだ」
「いや、それにしても無理に全部使わなくても……」
大量のツタでグルグル巻きにされた毘沙門は首の生えた巨大なイモ虫のようになっていた。
「そんなことより、」
茜は毘沙門の横に固められた山賊一味を見た。全員がツタで手足を縛られたまま怯えるように座り込んでいる。
「お前達、さっき“毎日上物の女が舞い込む”とか何とか言っておったろう? ということは私達以外にも旅の娘に手を出しておるな?」
「いえ、それは……」
言葉を返したのはちぢれ毛だった。
「出しておるな?」
「は、はい! 実は昨日も怪我をしている武家風の女を一人……」
「その女はどうした?」
「あの……俺達のねぐらに……」
茜の顔がにわかに曇り出した。
「まさかお前ら、寄ってたかって手荒なことなど――」
「め、滅相もない! 手当をしてやって寝かしてあるだけでさぁ!」
「手当をしてやって? 山賊のお前らがか?」
「へ、へい。カシラがまずは傷を治すのが先だって自分から女の手当を始めちまって……」
「……ふーん」
茜は再びイモ虫になった毘沙門を見た。茄蔵の一撃が余程効いたのか、全く目を覚ます気配が見えない。
「この毘沙門という男は一体何者なのだ? だいぶ抜けた所はあるが先程の太刀捌きを見てもただのゴロツキとは思えん」
「それは……」ちぢれ毛は言いにくそうにうつむくと、そのまま黙り込んでしまった。
「どうした? この期に及んで言えないことでもあるのか? ……まぁどうしても言えんというなら無理には聞かんがな」
そう言うと茜は茄蔵の方へ顔を向けた。
「茄蔵、話は済んだからこいつらを峠を賑わした罪で一人づつ崖下に放り投げて――」
「ちょ、ちょっと待ってください、言います! 言いますから!」
その後ちぢれ毛はためらいがちに口ごもりながらも、自分達が山賊になるまでの経緯を語り始めた。
ちぢれ毛が言うには毘沙門はここから遠く西にある田庭国の守護大名に仕えていた武家の一人であり、自分達はその毘沙門に仕える家臣だという。それが一年ほど前に起こった隣国との大規模な戦に田庭国側が敗れ、紆余曲折を経てここ中州国まで流れ着いたそうだ。
当初はこの地に身を隠しながら仇討ちの機会を窺っていたのだが、日を追うごとに主君を守れなかった不甲斐なさと見知らぬ土地での疎外感に心身が疲弊してゆき、最近では貧困と無力感による自暴自棄によって山中に籠り山賊稼業を始めたとのことだった。
一年前にあった田庭国の戦は茜にも聞き覚えがあった。当初は田庭国と隣国である有馬国の地方豪族同士による小さな争いだったものが恐ろしい早さで周囲に飛び火し、やがて国同士の大きな戦へと発展してしまったと聞き及んでいる。ウソか本当かは知らないが、初めのうちは田庭国が戦を有利に進めていたのだが突如現れた強力な妖怪が田庭国内で大暴れを始め、その機に乗じた有馬国がそのまま田庭国を攻め滅ぼしてしまったそうだ。守護大名であった南条家は滅び、今は有馬国の守護大名である久慈原家の者が朝廷の命により田庭国の守護大名を仰せつかっているはずだ。
「……話は分かった。お前達の処遇は後で決めるとして、まずはその武家女とやらがおるお前らのねぐらへと案内せい」
「……へい」
もはや抵抗する気力も尽き果てた山賊の面々は茜の言いなりであった。拘束を解かれた山賊達は四人でイモ虫のようなカシラを持ち上げると、街道を外れた森の奥へと茜達を案内した。
「ここが俺達のねぐらです」
程なく到着したその場所は山の斜面に大きく口を開く天然の洞窟だった。洞穴は露天掘りのように下方向へと穿たれており、地表から覗き込むと二間ほど下りた先は草の生えた広場のような空間となっている。穴の脇にはその広場に下りるための階段が丸太で組まれており、広場の先からは大きな横穴が暗い地中へと伸びているようだった。
全員が階段を下り終えると山賊達の中から髪を一つ結びにした男が前へと進み出た。
「少しお待ちください」
そう言うと一つ結びは両手で複雑な印を結びながらブツブツと妙な言葉を口走り始めた。その直後、横穴の壁面に次々と小さな明かりがともってゆき、岩だらけの暗い洞穴内を薄っすらと照らし出した。一行が驚きの声を上げる中、富士重は明かりを放つ場所へと近寄った。見ると壁面には札が張り付けられており、その札が淡く発光しているようだった。
「この札は? ……ノウマク……サンマンダ、バザラ……不動明王の真言ですか?」
「よくご存じで。実は自分、若い頃は仏門に帰依してまして。その時の名残りから簡単な法術なら扱うことができるんです」
「ほぉ、人は見かけによらんものだな」
茜は珍しいモノでも見るかのように一つ結びを見つめた。
「しかし富士重、お前よく知っておったな」
「ええ、小さい頃から村の住持様に色々と勉強させてもらいましてね。さすがに法力までは使えませんが多少の梵字を読むくらいなら」
「勤勉なヤツだな」
「この奥になります」
そう言うと、一つ結びと山賊達は足早に薄明かりが照らされた横穴の奥へと入っていった。




