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5(山水画みたい)


   *


 天気予報は的中した。帰宅して直ぐに雨が降り出し、ご飯の頃には霙になり、お風呂から上がると雪に変わっていた。

 雪はけっこうな大きさで、ハタハタと、ひっきりなしに窓の外を横切っていた。夜半過ぎには止むらしいけれども、とてもそうは見えなかった。夜の闇を、白い雪がまだらにしてた。

 すっかり町中が寝静まった後、あたしはそうっと部屋を出た。靴下を履いていても、廊下は硬く冷たかった。暗い居間を横切って、そっとカーテンを開けてみた。ひうと凍えた空気に巻かれて身を縮こめた。雪は止み、外は銀色に光っていた。首の後ろをさぁっと風がひと撫でした。

 オイちゃん?

「きれいだね」

 うん。

「山水画みたいで面白いだろ?」

 いつか聞いた、誰かの考えた変なサングラスを思い出した。

 雪の夜ってなんで静かなの?

「誰も出歩かないから」言って笑って、「違うか」と続ける。「雪が音を吸収するからだよ」

 街灯、眩しい。雪明かりでいいんだっけ?

「そう。雪が光を弾いてる。色は光の反射。どうだ? 色がないって実は面白いだろ」

 石膏にも色がないよね。

「あえて言うなら石膏色だな」

 デッサンだと影とか反射とか、質感? めちゃくちゃ言われる。何なのさ、石膏色。

「苦手だろ? おれも幾ら描いても上達しなかった。何が違うのか、結局ちっとも分からんかった」

 うん。苦手。って言うか、キライ。石膏を模写するのは分かる。分かるんだけど、紙と鉛筆は石膏じゃない。だからデッサンって、石膏に似た何かを表現することでしょ?

「クオリア」

 はい?

「石膏を見たり触ったりした時の、その感じや、あの感じを、紙に鉛筆で落とし込む」

 なにその指示代名詞。まったくホントにどんな感じ?

「デジャ・ビュ」

 んん?

「今じゃない、いつか何処かの記憶。そんな感覚を探るんだよ」

 オイちゃんはタイムリープ者だったのか。

「そりゃいいな」とオイちゃんが笑った。「過去も未来も一緒くたにできるんだから、絵ってのはすごいぞ?」

 ねぇ、オイちゃん。中学の頃、どんなこと考えてた?

「女の子と天下を取ること」

 俗っぽい!

「創作なんて世俗まみれでも足りないぜ?」

 天下ってどんなの?

「そりゃおめぇさん、若干十四歳の天才イラストレーター様よ。アニメ雑誌にカラーイラストが立て続けに掲載されて、勘違いしない方が無理だろ?」

 確かに。あたしも勘違いしてるかなー。

「ビギナーズラックはある。そこから先は努力と方向。運が良ければ潜り込める。けれども天下は神さまの領分だ」

 変な話になってきたゾ?

「すごいヤツが毎日、何人と生まれ、次々と消えていくんだ。三年、五年と残るだけでもすごい。十年だったら普通じゃない。だからって、必ずしも上手いワケじゃない。なのにそいつが選ばれる。それを天命と言わずになんと言う? 神さま以外の何者でない」

 さすがにそれはどうかと思います。

「いいや、神さまだよ。人間ごときが同じ土俵に立てるわけがない。でもチャンスはある。若いというだけで下駄を履かせて貰える」

 それってズルくね?

「まぁズルだ。でも一概にそうとも言えない。華やかで眩しいことはすてきなことなんだ。そしてすてきな女の子が面白いことをすると、世の中はなんとなく上手く廻るんだ」

 それって性差別的な話?

「そうとも言えるし、そうでもないんだよな。映画好きだったお袋の金言を教えようか?」

 お婆ちゃんの?

「お金を払ってまで不細工を見たくない」

 かっこいい男の子でもいいじゃん?

「かっこいい男の子なんぞ所詮、かわいい女の子の引き立て役だよ」

 タイムリープ者のオイちゃん。鏡見はまたカラフルな絵を描いたりするかな?

「そんなこと分かるもんか」

 はっきり言いますねぇ!

「絵が自由のなのは良く知ってるだろ? 見たこと、知ったこと、触ったこと、感じたこと。それを自分フィルターに通して表現するだけだもの。道具も手法も手段に過ぎない」

 あたしのフィルター、上手く濾過できない。

「そりゃあ、おめぇさん、続ける以外にねぇさ。未来なんて勝手にやって来るんだから、わざわざ知る必要はない。どうお迎えするかだけ。創作は続けるしかないんだ。それを誰かが気に入ってくれるかどうかは、副次的なものでしかない」

 やっぱそうなるかぁ。

「で、壁にぶつかる」

 ダメじゃん……。

「壁は分岐点だよ。どう対処するか、どう認識するかで、先がどんどん変わっていく」

 タイムリープで過去に戻った時みたいに?

「まさにその瞬間。未来から来たおれに答えられることはひとつ。明日は明日の風が吹く。今日とは違う風が吹く。世界はいつも、風と共に去りぬだよ」

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