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2(哲学的っスね)


   *


 インターナショナル・メガネデザイン・コンペティション。字面だけで、もうすごい。

 時に連休開幕直前の四月末。「日本人の半分は眼鏡だ」眼鏡の榊先生が言った。「眼鏡大国で、眼鏡民族で、眼鏡教信者である」

 なんと大仰な。しかし、あたしも授業中は眼鏡だし、両親も眼鏡で、お爺ちゃんもお婆ちゃんも眼鏡である。うっわ。眼鏡一族だ。

 顧問は続ける。「伊達眼鏡も含めれば、その割合はもっと増える。故に眼鏡でなければ人に非ず。いずれ裸眼者が迫害される」

 あたしはこういう顧問が大好きだ。

「コンタクトは滅べっ」

 羽川がビクッと体を震わせた。なんとわざとらしい反応か。榊先生、めっちゃ得意の満面よ。

「一年、二年は部活動の一環として強制参加。三年は自由」応募要項を全員に配り、説明があった。「まだ四回目と、若いコンペ」なので、「参加の価値は充分ある」しかし、応募者数は「年々倍々」と、ねちっこく語った。

「入賞者には賞金が出る」腰に手を宛て、榊先生は続けた。「部費に廻すようなことはしない。当然の権利だ」

 おお、と誰ともなしに声が漏れた。

「職員室廊下前に向う何年も写真と作品が晒され、卒業アルバムも別枠が貰える」

 おお……と、なんか微妙な声が漏れた。

「なにしろ国際コンペだ。相手は世界だ。応募数も少なくない。落選したところで恥でもない。無駄かどうかだなんて心構え次第だ」

 鼓舞してるんだかクサそうとしてるんだか、良く分からぬことを仰る。ハッパかけるつもりなら、別の言葉がゴマンとあろうにな。

「気楽にやれ」

 最後まで榊先生は榊先生なのだ。


   *


 のちに「彩」の字を宛てることにしたコンペのアイディアは、カタチより仕掛けに重点を置いた。メガネみたいなぐねぐね曲線を繋いで、三方向から描かねばらなぬようなことは無茶なのだ。二次元の嘘が使えないと画力の乏しさがバレる。

 連休に入って課題をやっつけるかたわら、メガネのデザインってなんだよって、ぶぅぶぅ思いながら落書きしつつ、ふと、サングラスの色を自由にできないかなって思った。

 例えば理科の実験で使ったプリズムをレンズに使って、角度を変えると、赤から橙、黄、緑、青、藍、紫に。逆にすれば紫、藍、青、緑、黄、橙、赤になる。

 実際にそんなことが可能なのかどうか分からなかったので、オイちゃんこと、芳彦よしひこ叔父さんに相談してみた。

 オイちゃんはお母さんの弟で、お父さんの大学時代の親友で、一目惚れしたお父さんが執拗なアタックをかけた末に陥落させた結果があたしなのです。アタックですぞ?

 一通りアイディアを聞いたオイちゃんは、「ああ」なるほど、って直ぐに合点したようで、「エメラルドの都のプリズム版か」

 可能かな?

「出来るんじゃない?」軽く言う。

 ホントに?

「コンペは出来ることからの足し算じゃなくて、したいことからの引き算でいいんだよ」と、オイちゃんは続けた。「こういう夢があります、こういうものがあったら楽しいと思います、どうですか皆さん、ってね。技術的なことは他の人が考えてくれる」

 それでいいの?

「そうでないと困るの。それでご飯を食べている人がいるからね」オイちゃんは笑った。「世の中にはゼロからイチを作る人と、イチをジュウにする人がいるの」

 こうしてデザインコンセプトが固まった。

 オズの都を訪れたドロシーたちがエメラルドのメガネを渡されたように、世界を好きな色に変えられる。虹の都へいざ行かん。

 あたしはせっせと(自分の基準で)けっこう真面目に取り組んだ。結果を出せたのは素直に嬉しい。すごいじゃん、あたし。入賞でなくても、すごいじゃん? 実際、すんごいコトだと思う。

「素直に喜んでないようだな」

 鏡見に言われて、その通りだと心の隅でひとりごちた。

 鏡見の家は、あたしんから大通りをひとつ挟んだ先にあって、自転車通学許可区にある。だから時々帰りは一緒で、通学カバンをカゴに入れてさせてもらう。

「あんまし実感なくてね」あたしははぐらかした。「賞状とか記念品もないし」

 鏡見は薄く笑った。それからふと、赤くなった空を見上げた。つられてあたしも空を見上げ、「イワシ雲」きれいに並んで泳いでた。

「秋らしいな」と鏡見が言う。

「でも暦的には冬だよね?」

「冬は空が硬い」依然、空を見上げたまま、鏡見は言う。「ビー玉の中みたいだ」

 なんのこっちゃ。「空の修飾語に硬軟はないと思う」ミネラルウォーターでもあるまいに。

「詩的許容」

「それはどうにでも解釈できるってコトじゃないですかね」あたしはちょっと意地の悪い気分になっていた。「詭弁とか屁理屈とか」鏡見があたしを見ていた。「なに?」

「頭、硬いな」

 あたしは憤慨した。鏡見は笑った。カラカラと鏡見の引くチャリが音を立てた。

「鏡見ってどんなの出したんだっけ?」

「死体蹴りって知ってるか」

「そんな気ないよ!?」

 笑った鏡見に担がれたのだと気が付いた。なんなんですか、このヤロウ。

「水墨眼鏡。そっちと逆だな」

 ふーん?

「見るもの全てが薄く滲むサングラス」

 ふ、ふーん?? 「なんか哲学的っスね」

「ただの度の合わない眼鏡だぞ?」

 今度はあたしが笑った。

「それでモノクロになるんだから、意味のないサングラスになった」鏡見も笑う。「まったく冴えないアイディアだったな」

「ねぇ」あたしは言った。「なんで鏡見ってモノクロばっか作ってるのさ? 版画にハマる前はそうじゃなかったじゃん? 鏡見のカラフルな作品、あたし好きだったんだけど」

「ふうん?」

 部室から消えてしまった、厚く丁寧に塗り重ねられた色とりどりの作品を思った。

「いっつも感心してたんだよ。あの配色。あの発色。どうしてきれいなのか、かなり考えた」

「分かったか」

 具象が抽象に飲み込まれたような作風を、あたしごときに判断できようか。

「対角線上に対比物があるってことくらい」

「お行儀が良いだけだな」

「や」違うじゃん。「それ、大事じゃん? きれいなのに不安になる絵ってあるじゃん?」あたしは人差し指をくるくる廻して。「あれは絶対バランス取れてない」

「バランスねぇ」

「モノクロが悪いって言うつもりはないんだ。でも遊びがないなーって思う。個人的な意見だけど」

「個人的な意見だけど、カラフルであることは誤魔化し易い」

「個人的な意見だけど、やっぱ色があるほうが楽しい。鏡見の作品はカラフルが良い」

 すると鏡見は。「おれ、色が分からないんだよね」

「は?」

「色覚異常なんだ。いわゆる色盲」

 は?

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