1(ビー玉の中)
冬空のクオリア(28+2)
ビー玉の中のようだ、と言ってたが。
なんのこっちゃ、と思った。
*
文化祭が終わり、三年の追い出し会も済んだ週明けの放課後。部室に変わる美術室。一年どもが揃ってジャージで来たのでセーラー服を取り上げて、石膏デッサンの胸像に着せた。アポロンはまだしもシーザーは変態さんだと、部長になったばかりの羽川がむふふと笑った。変態はお前か。水兵さんなら問題なかろうに。
セーラー服を中学の制服に採用したのはどんな意図があってのことなのか良く分からないけど、あたしは気に入ってる。紺の襟に白いライン。ボタン留めネクタイそしてプリーツスカート。毎日同じで済むから良し。とは言え、うっかり体型ドスコイったらちょっち困る。例えば先輩がいなくなって男子ひとりになった鏡見がまさにそれ。学ランの上下、丈が短い。裾直しすればいいのに。身長はあたしよりちょっと低いくらいだから去年はどの程度だったかなんてお察しってこと。そのままぐいぐい伸びたらいいね、なんて小中合わせて通算五回目の同じクラスのよしみとして少しは思わないこともねぃものです。
その鏡見は部室の隅で、女装石膏像を囲んだ女子どもなんざ眼中になしってな按配で、今日も今日とて自画像(本人談)を、塩ビ版にニードルでガリガリ削って作ってる。授業でやったドライポイントがヤツの琴線に触れるものがあったようで、以来ずうっとインキで指を黒くしながら、削るか刷るかを繰り返している。
あたしはせっかくの部活動、入部からこっち、いろんな画材を一通り触らせて貰った。油彩、水彩、アクリル絵の具。マーカー、浸けペン、カラーインク。と、この一年半、節操無く遊んだ。今は烏口でゴールドのケント紙に平行線をひたすら描くことにハマっている。その前はロットリングと歯車定規で幾何学模様を重ね描いて、最後はひたすら同心円を描いて描いてそして飽きた。次は何にハマるか分からないけれども、溝引き定規と烏口の直線フェアは当面、続きそう。
「さて、皆の衆」羽川が通学途中のコンビニで買ったチョコレート菓子の箱を開けながら言った。「新作チョコの季節でごわすよ」
「ゴチになりやす」と一年が手刀を切った。乗っからなくていいのだぞ。
羽川はチョコをぽいっと口に放り込んで、「なにこれ美味しい」箱ごと寄越したのでひとつご相伴に与り、隣の一年に廻した。
ううん、悪かない。あたしは甘い残り香を購買で買ったブリックパッックのお茶で流した。一方、羽川は、ミルクココアを手にしており、それはアリかカカオ・アンド・カカオ。
と、まぁ、そんな感じで部活はたいていティータイムで始まる。ティータイムで終わることもままある。そこにガラッと引き戸を開け、顔を出した顧問の榊先生が開口一番、「シーザーに女装させるなっ」セーラー服の石膏像を指差した。アポロンはいいのか。先生はぷんすかとばかりに鼻から息を吐いた。
「だってぇー」羽川はこういうとき、部長らしく一番に応える。「センセ、新作のチョコです」お菓子の箱を差し出した。
榊先生は、「お、すまんな」と手を伸ばし、チョコレートを口に入れてモゴモゴし、「ん、美味い」なんて言いつつ、「没収」
えー、と女子が一斉に声を揃えて抗議する。
「分かった分かった」先生は教師権限を引っ込め、「良いニュースと悪いニュースがある」
はいっ、と一年が元気に手を上げ、「悪いニュースから!」
「夏に提出させたコンペの結果が出た」
うわっ、と皆が身を固くするのが分かった。先生は口元に意地の悪そうな笑みを浮かべ、ことさらゆっくり、ひとりひとりの顔を見た。
「いいニュースは何ですか」塩ビ版を削る手も止めずに鏡見が訊ねた。
榊先生は腰に手を宛て、勿体ぶった調子でたっぷり部員たちの顔を眺め、「入選が出た」
うおお、と女子全員が身を乗り出した。
「ただし」と先生は言う。「入賞じゃない。入選だ。なので、賞金はない」
うぇー、と女子全員が不満の声を漏らした。
「イロドリメガネ」先生はあたしに目を向け、「さて、この制作者は誰だ?」
……うん?
「先生、それ、彩メガネでは?」
羽川の問いに顧問は、ネットか何かでプリントしたらしいコピー用紙を持ち直し、眉間に皴を寄せて読み上げた。「……Iro-glasses」
なんだその無駄に良い発音。一拍置いて、あっ。「あたしだ」
おおお、と女子全員の視線があたしに集まった。鏡見すら手を止めてこっちを見た。
「ホントですか」とあたし。
「本当だ」と先生。
ここは立ち上がって叫ぶのが正しいお作法だと思ったが。
「いーやっほう!」椅子から立ち上がった羽川がジャンプして、横からあたしに抱きつくと、「おめでとう!」すごいすごいと、廻した腕で首を絞めにかかった。
ギブ! ギブギブギブ!
腕を叩いてタップをしても、絞める力は緩まず、どうにかこうにか脇腹をタップしたら、「ひゃんっ」かわいい声を上げ、解放された。




