対墓守戦
「やあ、初めまして」
初めて墓守と対峙した瞬間、彼は軽い口調で軽い挨拶の言葉を発した。
だがそれに二人はなんの言葉も返せなかった。彼が発した挨拶よりも、かれがスコップを使って埋めているものに気を取られたのだ。それは人の死体。祐樹と双葉は運悪く、墓守の埋葬シーンに出くわしてしまった。
裁縫室からでた二人はとにかく現在の戦況を確認しようと無造作に歩き回った。スナイパーがいなくなった今、誰かと鉢合わせない限りは安全だからだ。新校舎の様々な戦闘の跡を見て、一旦旧校舎に戻ろうとした時にこうして墓守と対峙する羽目になってしまった。
ま、そう何度も幸運は続くはずないよな。と祐樹は状況を冷静に見ていた。むしろ先程出会わなかった方が不思議なくらいだとさえ思っていた。だが双葉は違った。墓守という異常を目の前にして、わかりやすく動揺していた。そんな双葉を見て墓守は顔を輝かせる。
「双葉ちゃん! 双葉ちゃんじゃないか!」
「……! 知ってるんですか、私を……?」
「勿論知ってるよ。二年生じゃダントツ可愛い子だって有名だもの。僕、君のファンなんだよ。後でサイン貰ってもいいかな?」
そう言って墓守はべっとりと血の付いた顔で人懐っこい笑みを浮かべる。
墓守の顔に祐樹は見覚えがあった。確か上級生、三年の男子。一八歳とは思えない童顔、中性的な顔だちをしていて女子から可愛い先輩と人気があった人物だ。薄茶色のふわふわと柔らかそうな髪。ひ弱そうな体躯。愛らしい顔立ちなど、以前の彼とは全く変わっていないはずなのに何かがおかしい。いやそうじゃないなと祐樹は彼を見つめながら答えを出した。
彼のおかしな点。それは以前と何も変わっていないところだ。前と同じ笑みを浮かべ、前と同じように人と接している。そんな以前の彼と何も変わっていないのにも関わらず、平気な顔をして死体を埋めている。自分が殺した人間、誰かが殺した人間、それらを平等に当然のように墓に埋めているその姿は確かに異常だった。
この人は自分と同じだと祐樹はそう思った。きっと自分と同じようにこの墓守は争奪戦なんて争いが始まる前から頭がおかしかったのだ。双葉や、その他の生徒も人を殺してはいるが、それはあくまでタグトロムが欲しいから。タグトロムのために仕方なくその方法を取っているに過ぎない。しかし祐樹とこの男だけは違った。二人にとってタグトロムは理由ではなくきっかけだった。他の大勢の生徒たちがタグトロムのせいで狂っていく中、はなから狂っていた二人にとってタグトロムはきっかけでしかないのだ。だからこそ墓守は迷うことなく誰よりも早く女生徒の首をへし折ったのだし、祐樹は誰よりも早く武器を手にしようと走ったのだ。
当たり前の日常の中で当たり前に狂った人間。
祐樹は墓守に妙な親近感さえ抱いていた。名前も顔も知らなかったはずなのに、ああやっぱり最後はお前と戦うのかと、そう思ってしまう程に。
「へぇ……」
墓守も同じように思っていたのか。祐樹に視線を向けると、今までとは違う笑みを見せた。
「君のことは知らないけれど、あえてこう言わせてもらうよ。久しぶり」
「そうだな、あんたとは初めて会った気がしないよ」
二人の会話について行けず、双葉が更に困惑を強める。その明らかな狼狽っぷりを見て墓守はまた人懐っこい笑みを浮かべる。
「まあまあそんなに焦んないでよ双葉ちゃん。あ、サインはもうちょっと待ってもらえるかな? まずはこの死体を埋めちゃわないといけないんだ」
そう言って、墓守は死体の埋葬作業を再開させた。ざっくざっくと校庭の土をスコップで掘り進めていく。彼の後ろには膨大な数の墓が存在していた。一つ一つの墓の場所は等間隔を取ったりはせず乱雑だが、ただ埋めるだけではなく技術室かどっかから持ってきたであろう木の板で作った十字架を一本づつ立ててあった。この日本では火葬が一般的であり、土葬ましてや十字架を立てることなど滅多にない。そういう意味では間違った供養の仕方だが、火葬が面倒だからだとか、ただ格好がつくからそうしているという風には見えない。きっと墓守は本気で供養をしている。もしかしたらキリスタンなのかもしれない。そういえば前に祖父が外国人のクォーターだと聞いたような気もする。
「あ、そういえば君達。新校舎の方から出てきたよね?」
一旦手を止めて、墓守が二人に質問を投げた。
「ならどっかで人の頭とか見なかった? 今埋めてる人なんだけど、途中で頭落としてきちゃったみたいでさ」
「それなら、家庭科室で転がってたぜ」
「ああ、やっぱりそこにあったのか。後で取りに行かなきゃなー」
そう言って再び穴を掘りだす。双葉は墓守の足元にある死体に一度視線を向けてから、意を決したかのように口を開いた。
「それは、スナイパーの死体なの?」
「スナイパー? あのボールペン使いのことか。ふふっ、双葉ちゃんは面白いニックネームを付けるね。確かにそうだよ。この死体はスナイパーの死体だよ。さっき殺してきたんだ。そのあと家庭科室で今ほら……丁度あの辺りに埋めた男子も殺して、多分その時頭を落としてきたんだろうね」
それこそコンビ二に行って財布を落としたかのように、それ以上に軽く語る墓守に双葉は再び驚愕する。この空間で心を乱さずにいれるのはきっと祐樹と墓守くらいのものだろう。自分たちは多分。どんな時でも変わらないのだ。いつだって当たり前でいれること、それが二人の抱える異常。
その瞬間、墓守が地面を掘り進めているその瞬間、新校舎の二階の窓から一人の女生徒が音もなく飛び出した。彼女が手にしているのは傘だった。その先端の金属部分を下に向け、まるで槍のようにして一直線に墓守に滑降する。スカートをたなびかせるその姿に迷いはない。だが、迷いがないからなんだというのだろう。タグトロム欲しさに迷いを捨てた人間では、最初から迷うということもしなかった男に敵うはずがない。
墓守はまるで彼女の襲撃を最初から知っていたように流れるような手つきで足元の死体を拾い上げ、それを楯にして彼女の一撃を防いだ。それだけではなく、彼女の攻撃を完全に受け止めず、斜め下に流すようにすることで自分の足元に彼女を降ろした。不測の事態に彼女は着地もままならず地面に激突。それとほぼ同時に墓守は彼女の顔面、それも目を目がけて蹴りを放った。片目を潰された彼女は慌てふためき、武器である傘も手放してしまう。墓守はすかさず傘を蹴り飛ばし遠くへやると、手にしたスコップで彼女の頭を無造作に叩いた。
そこからはただの殺戮だった。墓守はスコップを何度も何度も彼女の頭や首に叩きつけた。最初はガンガンと硬い何かに当たるよな音だったそれも、しだいにぐちゃぐちゃと嫌な音に変わっていく。女生徒の頭を殴り続ける墓守の顔に双葉のような冷徹さも厚木美樹のような狂気も見えない。ただ気怠そうな無表情のままに墓守は人を殺している。
「……めて、やめてよ……」
双葉が絞り出すように声を発した。
ぐちゃりぐちゃりと音が響く。
「やめなさい! やめなさいって言ってるでしょ!」
泣き散らすような怒声を聞いて、ようやく墓守は手を止めた。帰り血まみれになった顔を拭うこともせず双葉の方をぽかんとした顔で見つめ、そして自分が殺した女生徒に視線を戻して笑った。それはさっきと同じ人懐っこい笑みだ。
「あー、またやっちゃった。僕の武器って相手が死んだかどうかわかりにくいから、ついやり過ぎちゃうんだよね。やっぱ双葉ちゃんみたいに優しい子はこういうの見てて気持ち悪いよね? ごめんね、もうやめるから」
「別に、そういう訳じゃないわ……」
その言葉が強がりであることは祐樹にも墓守にもすぐにわかった。双葉は確かに墓守の殺戮を見て気持ち悪いと、そう思ったのだ。特に彼女の戦闘スタイルは基本的に一撃必殺だ。だからこそ墓守のような何度も何度も痛めつける殺しを見ていられないのだろう。逆に言えば、彼女が一撃必殺にこだわるのも、そういう気持ち悪いものを見たくないからなのかもしれない。
「さて、とこれで全員かな」
血まみれになったスコップを地面に突き刺し、墓守は何気なくそう言った。
「全員? どういうことよ。一体何が全員なの!」
双葉が声を荒げる。墓守はその笑みを崩すことなく二人に告げた。
「海棠高校の生徒数は五五五人。その内、五五〇人が今墓の中に埋まっていて、二人はそこに転がっている。生きているのは、もう僕たち三人だけ。今ここに、朝の集会以来初めて海棠高校の全校生徒が揃ったんだよ」
長かったなぁ、なんて適当な感想と共に墓守は告げる。彼が語った真実は二人にとっては驚くべきことだった。もう何人も残ってはいないと思っていたが、まさか本当に墓守と自分達だけが生き残るとは。二人は目を合わせて互いの驚きを確認しあう。
「ほんとに、本当にここまで来たのね」
「ああ、もう本当にいよいよだな」
手の届くところにタグトロムがある。それは双葉を興奮させるのに十分すぎる情報だ。興奮は簡単に恐怖を吹き飛ばす。
「で、どうする? 君達二人は仲間みたいだし、とりあえずは僕対君達ってことになるんだろうけど。僕としてはこの二人の墓を作ってあげて、双葉ちゃんからサイン貰ってから戦いたいんだけど……」
「そんなの待てないわよ!」
叫びと同時に双葉は鋏を片手に墓守に突っ込んだ。墓守は地面に突き刺したスコップを引き抜くと同時に突っ込んでくる双葉に横の薙ぎ払いを繰り出す。双葉はそれを身を屈めることで避けると、墓守の首目がけて鋏を突きだした。その矢のごとき鋭い一撃を、墓守はすんでのところで双葉の手首を掴んで受け止めて見せた。そして手首を掴んだまま右の膝を双葉の腹に打ち込む。
「ぐっ……」
低いうめき声が双葉の口から漏れた。墓守は気にかけることもなくもう一度同じように膝をいれる。躊躇いはない。例えファンだった少女だろうと、墓守は躊躇なく殺してみせるだろう。だが双葉だって負けていない。痛みに耐えながら掴まれた手首をぐっと引き寄せると墓守の腕に思いっきり噛みついた。
「いった!」
墓守は思わず双葉から手を放す。双葉は後退することなく自由になった手で握られた鋏を振り回す。しかしそのどれも墓守の体にはかすりもしない。身を捻り、距離をあけ、スコップで受け止められ、全て墓守の体には届かない。墓守は悔しがる双葉の表情を見て楽しんでいるのか、すぐに勝負を決めようとはしない。時々攻撃を挟んではくるものの、そのどれもが紙一重でかわせる一撃だ。
「ふふっ、そんな焦らない方がいいよ双葉ちゃん。どんどん攻撃が単調になっていくから」
「るっさいわね!」
双葉が一際大きく振りかぶった一撃を放つが、それも簡単に避けられてしまう。自身の攻撃の勢いで双葉は姿勢を崩す。致命的な隙が生まれたのにも関わらず、墓守はスコップを使わずふざけたような平手を双葉の頬に一発入れただけだった。そのことがさらに双葉を激昂させる。
「この、野郎!」
再び大振りの一撃。それもまた墓守の体にはかすりもせず、カウンターで回し蹴りを貰い双葉は大きく後ろに吹き飛んだ。
吹き飛ばされた双葉の体を祐樹は受け止める。彼女はすぐにでも墓守に向かおうとしたが、祐樹がそれを無理矢理止めた。
「放して! 放してよ!」
「やめろ、無理だ。お前じゃ墓守には勝てない。圧倒的過ぎる」
それは双葉自身も言ったこと、自分では墓守には勝てないのだと、彼女はわかっていた。しかし実際にこうして戦ってみて、その圧倒的な戦力差を見せつけられて彼女は酷く悔しそうな顔をした。
「でも、でも……私がやらなきゃ……もうすぐそこなのよ、タグトロムはすぐそこにあるはずなの…………」
「わかってる。だから、俺に任せとけ」
そう言って祐樹は双葉を後ろからギュッと抱きしめた。突然のことに身を強張らせた双葉の耳元で祐樹は囁く。
「悪い。さっき俺、嘘吐いた。記憶は戻らなかったって言ったけど、本当は戻ってたんだ。自分の武器も思い出した」
「え……?」
「ごめん。でも意地悪してたわけじゃないんだ。記憶を失う前の俺が自分の武器を双葉に教えなかったのも、理由があるんだ。……俺の武器は誰にも知られていない方が強い」
その言葉の意味はきっと伝わらなかっただろう。だけどそれでいい。もうこれ以上彼女が戦う必要はない。祐樹は覚悟と共に立ち上がる。彼女が持っていた鋏を受け取り、墓守の前に躍り出た。
「なんのつもりだい? その鋏は双葉ちゃんの武器だろう。君が持ったところで、僕を殺すことはできないよ」
「そうかな。逆にこれは俺の武器だって可能性もあるんじゃないのか?」
双葉の真似をした得意げな顔で祐樹は墓守に言い放った。
「だってあんた、双葉の攻撃一撃もくらってないだろ。それなのに、これが双葉の武器だって言い張れるのかよ」
墓守は数秒ぽかんとしたあと、腹を抱えて笑い出した。
「あははははははは! 確かに、そりゃそうだ! 君、中々えぐい手を使うねぇ。真実がどうであれ、そう言われてしまったら僕は君を放っておけなくなる。そうやって彼女から僕を遠ざけるつもりかい? 優しいね、惚れそうだ」
「やめてくれ。男に惚れられても嬉しくないし、何より俺は心に決めた人がいるんだ」
そう言って、祐樹は得意げな笑みのまま墓守に突撃を仕掛ける。後ろから双葉が引き止めるように声を出したが、聞こえないふりをした。右手に鋏を持ち、全力のダッシュで墓守に接近し――――祐樹はそのまま墓守を通り過ぎた。
「――――は?」
間の抜けた声と共に墓守が振り返り、祐樹の背中を見つめる。祐樹は肩越しに墓守を見て、
「悪いけどまともにやって勝てるとは思えないんでね! 小細工させてもらうぜ!」
墓守もまた笑顔を見せながら祐樹を追いかけた。
「追いかけっこかい? 面白いね! 僕はこれでも陸上部だったんだ!」
「そうかよ、俺はサッカー部だったぜ。幽霊部員だけどな」
祐樹は全力疾走のまま新校舎に入った。一階を駆け抜け、上の階に上り、その階を駆け抜けるようにしてまた上へ。特別体力に自身があるわけじゃない祐樹はすぐに息が切れ始めた。乾ききった喉は痛いくらいに水を欲しているが、給水所なんてあるわけがない。
とにかく走った。全力のままに手足を振り続けた。そうして新校舎の最上階までたどり着くと、後ろから追いかけてきていた墓守の姿は見えなくなった。
ここからが勝負だ。
祐樹は一人誰にも聞こえない声で囁いた。七篠祐樹の姑息な戦いが幕を開けたのだと。




