これからの話をしよう
厚木を殺し、彼女がタグトロムを持っていないことを確認すると、双葉は結構なショックを受けていた。どうも彼女がタグトロムを持っているのではないかと思っていたらしい。確かに彼女は争奪戦初期からここに隠れている。それが意図的だったと考えるなら、戦う必要のないタグトロム保有者だと予測するのもわからないでもない。結局は違ったようだったが。その後、図書室の椅子に座って折れた右腕を祐樹に固定してもらっている時に双葉は放心したような顔で呟いた。
「勝てちゃったわね」
「勝てちゃったって、あんなに容赦なくトドメをさした奴の台詞じゃないだろ」
「でもほんと、途中マジで死ぬかと思った。駄目かと思った。私こんなところで祐樹と一緒に死ぬのかと思ったら泣きそうになった」
「ちょいちょい俺の心を傷つけにくるのやめてくれない……?」
「そんな変な格好をしてる奴を見たら暴言の一つや二つでてくるわよ」
「誰のために変な格好してると思ってんだ!」
双葉の折れた右腕は図書室の雑誌と祐樹のシャツを鋏で切って作った簡易の紐で固定していた。双葉がかなり適当に切り抜いてしまったため、祐樹のシャツは何か酷く前衛的なオシャレ服となってしまっていた。
切った本人である双葉はオシャレに生まれ変わったシャツを着た祐樹を指さしてパリコレだパリコレだと腹を抱えて笑った。あまりに大爆笑されたので祐樹も文句を言う気をなくして逆に乗っかってモデル歩きをして双葉の腹筋に大ダメージを与えてやった。自分らが殺した死体の横でこんなことをやっているのだから、俺らもだいぶ狂ってるよなぁ、と祐樹は静かに肩を落としたのだった。
そんな経緯の結果変な格好になったのだから、文句を言われる筋合いは祐樹にはないのだが、双葉にそんな事情は関係ない。いくらお前のせいだといっても耳も貸さない。そういう奴なのだと祐樹はよく知っていたので、あまり言及もしなかった。
「ほんと途中マジで死ぬかと思った。もう駄目かと思った」
「いや、それはもういいから……」
「ほんとに、本当に泣くかと思った。諦めるところだった。あんたが勝てるって言ってくれなかったら諦めてた。ありがとう、祐樹」
「なっ……!」
双葉の性格はお世辞にもいいとは言えない。口は悪いし、捻くれている。そのくせ、時々こうして素直に思いを口にするのだ。ずるい。卑怯だと、祐樹はいつも思っていた。
「赤くなってるわよ」
「なってない」
「祐樹はわかりやすいもんねぇ」
「なってないって」
「ふふん。そうね、なってないわよね」
勝ち誇った双葉の笑顔。悔しい、けれど返す言葉は見つからない。顔が熱くなっていく。しかし双葉の次の言葉で一気に祐樹は体温が下がるのを感じた。
「ほんっと、あんたと組んでよかったわ」
その言葉に祐樹は驚く程動揺した。それは双葉見ても変わる変化だったようで、彼女が心配そうにどうしたの? と祐樹の顔を覗き込んできた。
「いや……」
それは厚木を倒してから、ずっと考えていたことだった。
今の自分は双葉にとって足手まといだ。祐樹の機転のおかげで厚木を倒すことはできたのは確かかもしれないが、そもそも双葉が右腕を負傷しなければ、ここまで苦戦することもなかったかもしれない。いやもしかすると全力状態の双葉ならあっさり厚木にも勝てたのかもしれないのだ。図書室での戦いの苦戦は祐樹の油断が生み出したものだ。
わからないのは双葉が祐樹を庇ったことだ。自分の腕を犠牲にしてまで、自分を助ける意味が祐樹にはわからなかった。腕の負傷は何も今回だけでなく、この先の争奪戦の間ずっと双葉の枷になるものだ。そうなることを彼女がわかっていなかったとは思えない。
「なあ、双葉。お前どうして俺と手を組んでいるんだ? 自分の腕を犠牲にしてまで、俺を助けるメリットってなんなんだ?」
「……昔馴染みを見捨てずにはいられなかった……って言い訳は通じないわよね」
祐樹は真面目な顔をして双葉を見つめる。そうすることで双葉も逃げることを諦めて笑顔だった表情を硬くした。
「記憶を失くす前のあんたと私が手を組んだわけ。それは単純に私一人じゃ勝てない相手がいるからよ」
「双葉じゃ勝てない相手?」
怪我をする前の双葉でも勝てない相手。正直、祐樹には想像もできなかったが、彼女の口調に冗談のそれは一切ない。本気で双葉が絶対に勝てないと思った相手がいるのだ。
「さっきも話にちょっと出てきたでしょう? そいつの名前は墓守。この海棠高校で一番ヤバい男よ」
「一番ヤバい? 一番強いとかじゃなくてか?」
「勿論戦闘力もずば抜けているわ。でも、あいつはそれ以上に何かヤバいのよ。強さよりも異常性の方が最初に出てくる。そういう奴」
イカれた男よ、と双葉は吐き捨てるように言った。
「体育館で校長の話が終わったあと、しばらくはみんなどうしていいのかわからずその場にとどまっていた。でもあいつは違った。校長の話が終わった瞬間、たまたま隣にいた女生徒の首をへし折ったのよ。あいつは武器を持つ前から戦うつもりだった。いや、戦うんじゃなくて殺すつもりだったのね。その後、スコップを武器にしてからはもう無双状態よ。逃げる奴、向かってくる奴、男女無差別に殺しまくった。前半戦の、戦うことを放棄した奴らの殆どはあいつが殺したわ」
「そりゃ確かにヤバそうな奴だけど……でも、そこまで警戒するほどのことか?」
「これだけなら、そう思うのが普通よ。殺した数が多いからって別にどうってことない。私だって人は殺しているんだもの。問題は、あいつが校庭を根城にしてやっていることよ」
「何を、しているんだ?」
不思議と、祐樹は自分が汗をかいていることに気づいた。嫌な予感がする。覚えていないはずなのに、この男はヤバいとどこかで誰かが言っていた。
そうして双葉は言った。墓を掘っているのだと。
「自分で殺した奴、誰かが殺した奴、誰彼かまわずあいつは墓を作って埋めている。気づかなかった? 全校生徒が争っているわりには、この学校には死体が少なすぎるって」
「それは、思っていたよ」
実際、祐樹が見た誰かが殺した死体は最初の数人だけ。それ以降は廊下にも教室にも死体らしきものは目に入らなかった。
「全部墓守が回収して、埋めてるのよ。ご丁寧に墓を作って、一人一人きちんと埋葬している。こんなの異常よ。自分が殺した相手を真剣に供養する奴が、まともな神経の持ち主だと私は思わない。あいつは狂ってる」
狂っている。それは祐樹が厚木に抱いた感想だった。しかし、もしかしたら双葉は厚木をそういう風に見ていなかったかもしれなかった。もっと狂った奴を知っているから、彼女にとって厚木は普通の女子に見えたのかもしれない。
「ま、そういう異常性を差し引いてもとんでもない奴なのよね。今のスナイパーがいるこの学校で唯一自由に動けるのが墓守だけなの」
「スナイパーがいるのに自由に動けるってどういうことだよ。それに校庭を根城にしてるって、校庭こそ開けているし、隠れる場所もないスナイパーの格好の餌食じゃないか」
「そのはずなんだけど……あいつ、スナイパーの射撃全部避けちゃうのよ」
「は?」
「野生の勘? みたいなのが働くのか知らないけど、飛んできたもの全部避けちゃうの。私たちがやったみたいに走り続けて標準をずらすとか、そういう小細工を使わずにピンポイントで避けるのよ。スナイパーも今じゃああいつに標準を向けようとはしないわ。まあ、そうやって油断させてあとで殺すって手だと私は思っているけど……とにかく墓守はそういう化け物みたいな奴なのよ」
双葉の言うことはわかった。祐樹は頷いて見せたが、しかしそれでもわからない。双葉が自分と手を組む意味が祐樹にはわからなかった。
「それで、どうしてお前は俺と手を組んだんだ」
「だから言ったでしょう。私じゃ墓守に勝てないから、あんたの力を借りるためよ」
「俺とお前が手を組めば、墓守は倒せるのか」
「というより、あんた一人いれば勝てると思うわよ?」
当然のように発せられた言葉に祐樹は茫然とした。言葉を失う。声が出なかった。それだけ驚いたのだ。
「ちょっと、どうしたのよ祐樹」
「どうしたもこうしたもあるか! その化け物みたいに強い墓守よりも、俺の方が強いって、そんなことあり得んのかよ!」
「あり得るわ。というか事実よ。だから私はあんたと手を組んだ。そして記憶を失ったあともこうして一緒にいる。あんたの記憶さえ戻れば、私たちは誰にも負けないんだから」
双葉が記憶を失う前の祐樹を頼りにしていたのは本当のようだった。強い自分の姿というのを想像できず、祐樹は困惑する。だが双葉が冗談も挟まず真面目に話しているのだから、嘘ではないはずだった。双葉にとって祐樹は最後の切り札だったのだ。自分の腕を犠牲にしても守らなくてはいけないもの。
「理解できた? あんたと私が手を組むわけ」
「まあ一応。共闘というよりは、双葉が一方的に頼りにしてる感じみたいだけど」
「そこまでわかれば十分よ」
疑問は解消された。だが最後に一つだけ、聞いておかなくてはいけないこと、はっきりさせておくべきことがあった。
「双葉」
「なによ、またあらたまっちゃって」
「タグトロムは一人しか手に入れられない。もし俺たちが最後の二人になった時、どうするつもりなんだ? 墓守が最大の敵だというのなら、そういうパターンだって考えられるだろう」
祐樹の核心をつくような質問に双葉は思ったよりも簡単に答えた。
「別に、さすがにここまで一緒にやって来て殺し合いも嫌だし、というかあんたに私は敵わないだろうし、公平にじゃんけんでもすればいいんじゃないの? ……ま、そんなことするまでもなくあんたはきっと私にタグトロムを譲ってくれるでしょうけど」
「どうして、そんな風に言えるんだよ」
「だってあんた、私のこと好きじゃない」
祐樹は再び顔が紅潮し、熱くなるのを感じた。それもさっきの比ではない。突然ゆで釜に放り込まれたかのように一気に祐樹の顔は耳まで真っ赤になった。
「ふふん。小学から通算七回も告白してきてるくせに、ちょっとからかうとすーぐに赤くなるんだから」
「う、うるさい! 自分で言うのと、言われるのじゃ色々違うんだよ……!」
双葉の言葉を否定はしない。当たり前だ。彼女の言っていることは全て事実。祐樹は双葉のことが好きだった。小学時代の初恋を祐樹はしつこくもまだ続けていたのだ。
これじゃないといけないものがない。全てが全ての代替品でしかない七篠祐樹の人生の中で、ただ一つ唯一無二の存在。それが双葉えいりだった。
告白してはフラれ、告白してはフラれを繰り返しているにも関わらずしつこいと罵ることもなく双葉は祐樹の友達を続けてくれている。それは嬉しいことだったが、時折こうしてからかうのだけはやめてほしかった。本気の想いを茶化されるのは好きではない。祐樹は本気で双葉のことが好きだった。しかし最近はもう付き合ったりしなくてもいいかもとも思い始めていた。無論他の女になびくつもりはないが、このまま友達のままで十分じゃないかと思っていた。自分が彼女のことを好きならいいと、そういう諦めの極致に立とうとしていた。
それでもからかわれれば体は反応する。自然と心臓の鼓動も早くなった。
「あんたならきっとお礼にキスしてあげる、とか言えばタグトロムを譲ってくれるでしょ?」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言えなかった。顔を真っ赤にしながらタグトロムを差し出す姿がなんとなく想像できてしまったのだ。双葉は祐樹以上にそのことがわかっているのか、祐樹がはっきり言葉にしなくとも、そういう風になると信じているようだった。
「だから、あたしとあんたが手を組むのは当然なの。わかったら早く記憶を取り戻してよね。私を勝たせてくれるんでしょ? そしたら、キスでもなんでもしてあげる」
そう言って双葉は人差し指を唇に当ててにっこりと笑った。
悔しいかな、それだけで祐樹はやる気がでてしまうのだった。
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その後、二人は図書室を出た。スナイパーに狙われる危険はあったが、ここで引きこもっていても仕方ないという結論に達したのだ。それに、祐樹の武器を思い出すにあたり、有力な情報が双葉の口から出たのだ。
「結局武器がなんなのかは教えてくれなかったけど、どこで手に入れたのかは教えてくれてたのよ」
その場所は家庭科室。新校舎の四回の部屋だった。旧校舎から新校舎に移動するには一度外にでなくてはならない。そこで墓守に遭遇する危険もあったが、墓守はよく校庭にいるというだけで基本的には高校の中を自由にうろうろしているので、墓守に遭遇しないようにと半ば賭けのような祈りと共に二人は家庭科室を目指した。幸運にも道中スナイパーに狙われることも墓守と遭遇することもなく、他の生徒とも合わずにすんなりと家庭科室に到着。そこで二人を待っていたのは予想もしていなかった展開。
家庭科室で、スナイパーが死んでいた。




