『デジタル・ステップ』 第9話
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放課後。三人は学校の近くにあるオープンカフェのテラス席に座っていた。
「……ねえ、これ本当にヤバいかもしれない」
マナミが、三段重ねのベリーパンケーキを切り分けながら真剣な顔で呟いた。
「私、ここに来てから毎日こういう甘いものとか、お肉ばっかり食べてるじゃん? なのにさっき保健室で体重測ったら、元の世界にいた時より2キロも落ちてたの。しかもお肌ツルツル。どういうこと?」
「私も」
シオリが、色鮮やかなフルーツパフェのグラスを見つめながら頷く。
「最近、便秘も全然ないし、胃もたれも一回もしてない。っていうか、食べれば食べるほど身体が軽くなる感じがするんだけど」
不思議そうに首をひねる二人を見ながら、ユヅキは自分の前に置かれた紅茶に口をつけた。
「当然でしょ。ここの食材は、全部バイオプラントで『最適化』されてるんだから」
「最適化?」
「そう。彼らにとって食事は栄養補給じゃなくて、純粋な娯楽なの。だから、味や食感は完璧にデザインしつつ、生体パーツに負荷をかけるような過剰な糖質や悪玉コレステロール、不純物なんかは最初から排除されてる。彼らが栄養素の数値をメニューに載せてるのは、昔の人間の文化を真似た『こだわり』の演出みたいなものだよ」
ユヅキの説明に、マナミはパンケーキを頬張りながら目を丸くした。
「じゃあ……この世界の食べ物は、どれだけ偏食しても絶対太らないし、病気にもならないってこと?」
「そういうこと。私たちの元の世界の食べ物みたいに、美味いものには毒がある、みたいな理不尽なバグが存在しないの」
その言葉を聞いた瞬間、マナミとシオリの顔に、隠しきれない歓喜の色が浮かんだ。
元の世界では、カロリー計算に頭を悩ませ、罪悪感に苛まれながらスイーツを口にしていた。食欲という本能と、美しくありたいという願望が常にバッティングし、ノイズを生み出していた。
しかし、ここでは違う。本能のままに食べ、楽しむことが、そのまま健康へと直結している。
「……なにそれ、最高じゃん」
マナミがとろけるような笑顔でパンケーキを平らげていく。シオリも「元の世界のジャンクフードって、ほんとにゴミだったんだね」と笑いながらパフェのスプーンを進めた。
ユヅキは、無邪気に喜ぶ二人を静かに見つめていた。
(ほら、また一つ手放した)
二人は気づいていない。
「太るかもしれない」「肌が荒れるかもしれない」という葛藤や、それを乗り越えて節制する努力こそが、彼女たちが元の世界で誇っていた「人間らしいノイズ」の最たるものだったはずだ。
しかし彼女たちは今、そのノイズをあっさりと捨て去り、機械たちが用意した「最適化された快楽」にどっぷりと浸かっている。
「……本当に、美味しいね」
ユヅキもまた、完璧な温度で抽出された紅茶を喉の奥へと流し込みながら、この無機質で優しい世界に少しずつ染まりゆく自分たちの輪郭を、確かめるように味わっていた。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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