『デジタル・ステップ』 第8話
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それでは、本編をお楽しみください!
この世界に来て、三人が最も苦痛に感じたのは「夜の長さ」だった。
夜の九時。元の世界であれば、SNSのタイムラインが最も活発になり、通話アプリで友人たちと意味のない長電話を始めたり、動画サイトを巡回したりする、ゴールデンタイムの入り口だ。
しかし、この世界の夜九時は、まるで真夜中の二時のように静まり返っていた。
「……マジで暇なんだけど」
居住ユニットのソファに寝転がりながら、マナミが天井に向かってぼやいた。
彼女の手に握られた端末には、一応この世界のネットワークが繋がっている。しかし、タイムラインを何度更新しても、新しい情報は全く流れてこない。
動力源を光合成に頼る彼らは、太陽が沈むと同時に活動レベルを落とし、バッテリーを温存する「省エネモード」に入る。そのため、夜の街にはネオンサインもなく、深夜営業のコンビニエンスストアも存在しない。人々は家で静かに本を読んだり、穏やかな音楽を聴いたりして過ごし、十時を過ぎれば街全体が深い眠りについてしまう。
「誰かにメッセージ送っても、みんな『もう休むね』とか『明日ね』ばっかり。信じらんない。まだ九時だよ?」
シオリも不満げに端末を放り投げ、大きな欠伸をした。
最初の頃、三人は元の世界の習慣を引きずり、夜中まで起きていようと意地を張っていた。
しかし、外からは車の音ひとつ聞こえず、ネット上にも誰の気配もない。ただ圧倒的な「無音」と「情報のなさ」だけが空間を満たしている。発信する相手も、消費するコンテンツも存在しない夜は、現代人にとって想像を絶するほど退屈だった。
「もう……寝るしかないじゃん、こんなの」
「だね。……なんか、無駄に起きててもお腹空くだけだし」
結局、二人は諦めたように立ち上がり、それぞれのベッドへと潜り込んだ。時刻はまだ十時前だった。
ユヅキは部屋の照明を落とし、窓の外を見た。
月明かりに照らされた美しい街並みは、まるで巨大な休眠カプセルのように静まり返っている。その圧倒的な静寂は、ノイズにまみれた現代社会から見ればひどく退屈に思えるが、同時に、生物として極めて自然な「安らぎ」に満ちていた。
そして翌朝。
三人は、目覚ましのアラームが鳴るよりも早く、窓から差し込む朝日で自然に目を覚ました。
「……あれ。なんか今日、スッキリ起きれた」
ベッドの中で伸びをしながら、マナミが不思議そうに呟く。
「わかる。いつもみたいな、頭痛い感じがない」
シオリもパジャマのまま洗面台に向かい、鏡を覗き込んだ。
「てか、ニキビ治ってるし。肌の調子、めっちゃいいんだけど」
ユヅキは白湯を飲みながら、二人の様子を静かに観察していた。
当然だ、とユヅキは思う。
深夜までブルーライトを浴びて脳を興奮させ、睡眠不足のまま重い身体を引きずって起きる。そんな「アナログの悪習」が、夜の娯楽が一切ないこの環境によって、強制的に修正されたのだ。
日の入りと共に眠り、日の出と共に目覚める。皮肉なことに、この機械たちの街のサイクルに身を委ねたことで、彼女たちの生身の肉体は、かつてないほど健康で最適な状態に仕上がってしまっている。
「なんか悔しいけど……早寝早起き、悪くないかもね」
マナミがぽつりとこぼしたその言葉に、ユヅキは薄く笑った。
誰も彼女たちに「早く寝ろ」と命令したわけではない。
ただ、退屈という環境要因によって、彼女たちは自ら進んでこの世界のシステムに同調し、そしてその「快適さ」を知ってしまったのだ。
それは、生肉のプライドを捨ててこの世界に「染まっていく」ための、小さくも決定的な最初の一歩だった。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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