『デジタル・ステップ』 第7話
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昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室は和やかなざわめきに包まれた。
「ユヅキ、一緒にお昼食べよー」
前の席からくるりと椅子を反転させてきたのは、クラスメイトの女子生徒、リナだった。彼女は透き通るような白い肌と、いつも機嫌の良さそうなアーモンド型の瞳を持っている。
その後ろから、先日腕を再生したばかりのケントも「俺も混ぜて」と適当に椅子を引きずってやってきた。
シオリとマナミも机をくっつけ、五人での昼食が始まる。
この世界に来てから数ヶ月。彼女たちが「生身」であることはすでにクラス中の周知の事実だったが、腫れ物扱いされることも、逆に珍獣のように群がられることもなかった。彼らにとって三人は、ただ「まだ古いOSを使っている転校生」くらいの認識でしかないのだ。
「マナミ、今日それだけ? 足りるの?」
購買で買ってきた焼きそばパンとメロンパンを机に広げたマナミを見て、リナが目を丸くする。
「足りるっていうか……ほんとはもっと食べたいけど、最近ちょっと太り気味でさ。これ以上カロリー摂るとガチでヤバいんだよね」
マナミが自分のぽっちゃりとしたお腹の辺りをさすりながら、恨めしそうにパンを睨む。
「あー、そっか。生肉の身体って、過剰なエネルギーを脂肪として蓄積する仕様なんだっけ。自己管理が大変だね」
リナは一切の嫌味のない、純粋な感心の声で相槌を打った。
彼女が広げた弁当箱には、宝石のように色鮮やかなフルーツや、繊細な細工が施された小さなタルトが並んでいる。栄養バランスやカロリーという概念はそこにはなく、ただ「味覚と視覚を楽しむ」ためだけに特化した、純粋な娯楽としての食事だった。
「リナちゃんはいいよね。いくら甘いもの食べても太らないし、肌荒れもしないし」
シオリが、少しだけ棘のある声で言った。
「私たちなんか、ちょっと寝不足だったり脂っこいもの食べたりしただけで、すぐニキビできるし、胃もたれするし……理不尽すぎる」
「まあね。俺たちの胃袋は、摂取したものを味覚データとして処理したあと、酵素でサラサラに分解して排出しちゃうからな」
ケントが自分の胸のあたりを叩きながら笑う。
「でもさ、不便なのも含めてオリジナルって感じで良くない? なんていうか、ちょっとレトロで味があるっていうかさ。俺はけっこう好きだけどね、そういうの」
「レトロ」
その単語が、ユヅキの耳に奇妙な響きを持って残った。
ケントやリナの言葉には、生身の人間を見下すような悪意も、優越感も微塵もない。本当にただの違いとして、あるいは「手のかかる旧型の機械」を愛でるようなフラットな視線で三人に接している。
シオリとマナミは「私たちの方が本物の人間なのに」という無意識のプライドを持っている。だからこそ、自分たちの抱える痛みや不便さを「人間らしさの証明」として特別視してほしいという欲求が透けて見えた。
しかし、リナたちにとってそれは、単なる「旧式のハードウェアが抱えるバグ」に過ぎないのだ。特別でも、神聖でもない。ただ、メンテナンスが大変そうだね、とフラットに同情されるだけのもの。
「……ねえ、リナ」
ユヅキは自分の弁当の卵焼きを箸でつつきながら、ふと問いかけた。
「食事で栄養を摂らなくていいなら、エネルギーはどうしてるの? やっぱり電気で充電とか?」
「ううん、基本は光合成だよ」
リナはタルトを美味しそうに咀嚼し、幸せそうに目を細めて答えた。
「皮膚のナノ細胞が光をエネルギーに変換するの。だから、日中にこうやって起きて活動してれば、勝手にチャージされる仕組み。ただ、夜は太陽が出ないから、バッテリーの節約モードに入るっていうか……どうしても眠くなっちゃうんだよね」
「そうそう。だから夜更かししてゲームとかしてると、マジで次の日の午前中、出力上がらなくてポンコツになるんだわ」
ケントが苦笑いしながら肩をすくめる。
それを聞いたユヅキは、少しだけ驚いた。
完璧な機械かと思いきや、彼らのシステムは驚くほど「自然のサイクル」に寄り添っている。太陽と共に目覚め、活動し、夜が来れば静かに休む。そこには、無理やりエナジードリンクを流し込んで深夜まで身体を酷使する、元の世界の人間たちのような「不自然なノイズ」が存在しない。
「……そっか。なんか、すごく健康的だね」
ユヅキが素直にこぼしたその言葉に、リナはぱっと顔を輝かせた。
「でしょ? 昔の記録映像とか見るとさ、人間って夜中まで起きて無理して働いたり、食べたくもないものを栄養のために流し込んだりしてて……すごい大変そうだなーって思うもん」
横に座るシオリとマナミが、気まずそうに視線を逸らす。彼女たちもまた、元の世界では深夜までスマホの画面を見続け、慢性的な寝不足と戦いながら生きるのが「普通」だったからだ。
ユヅキは、賑やかに笑い合うリナとケントを静かに観察し続けた。
誰も、三人の生身の身体を特別なものとしては扱ってくれない。
この圧倒的な「無関心と受容の入り混じった日常」こそが、いつかシオリたちの意固地なプライドを根元からへし折ることになるのだろうと、ユヅキは冷めたお茶を飲み込みながら、ぼんやりと予感していた。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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