『デジタル・ステップ』 第6話
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事故から四日目の朝。ケントは何事もなかったかのように教室に姿を現した。
「おはよー。いやー、バイオポッドの退屈さマジで地獄だったわ。スマホ持ち込ませてくれないんだぜ?」
欠伸交じりに自分の席へ鞄を置く彼の左腕には、真新しい皮膚が周囲よりわずかに淡い色合いを見せているだけで、凄惨な欠損の痕跡など微塵も残っていなかった。
「ケント……腕、もう平気なの?」
ユヅキが歩み寄って尋ねると、彼は「おう」と気軽に左腕の袖をまくり上げた。
「見てよこれ。培養したての生体パーツだから、まだちょっと日焼けが足りないけどね」
そう言って、ケントは左手でシャープペンシルを拾い上げ、指先で器用にクルクルと回してみせた。その滑らかで精密な動きには、わずかな遅延もぎこちなさもない。元の腕と、一ミリの狂いもなく同じ精度で機能している。
遠巻きに見ていたシオリとマナミが、ひっ、と息を呑んで後ずさった。
「……気持ち悪っ。プラモデルのパーツ交換じゃないんだから……」
マナミの震える声は幸い周囲の喧騒にかき消されたが、ユヅキは彼女たちの「理解しようとしない態度」を無視して、ケントの腕を興味深く見つめた。
「すごいね。遺伝子情報からの再生ってことは、神経の接続から何から、完全に元通りってこと?」
「そういうこと。まあ、完全にゼロから培養するからエネルギーは食うけどね。とりあえずこれで週末の試合には出られそうだわ」
あっけらかんと笑うケントに、ユヅキはふと湧いた疑問を口にした。
「もしさ。あの鉄柱が腕じゃなくて、頭とか胸に落ちてたら……どうなってたの?」
その瞬間、ケントの気だるげな笑みがスッと消え、周囲で談笑していたクラスメイトたちも一瞬だけ静まり返った。
ケントは少しだけ真面目な顔になり、自分の頭を指差した。
「それはダメだね。即死、あるいは完全な『初期化』だ。俺たちの頭には思考と記憶を司るCPUが入ってる。これが物理的に破壊されたら、バックアップから復元できたとしても、それは『今の俺』とは連続性を持たない別の何かになる」
「……」
「それに、もう一つ。もっと重要なのがここだ」
ケントは自分の左胸、心臓の位置をトントンと叩いた。
「この世界じゃ、心臓は血液を送り出すだけのポンプじゃない。概念でしかなかった『魂』を定着させるための、特殊な生体コアなんだ。だから、ここを潰されたら終わり。遺伝子情報がどれだけ残っていようが、魂が散り散りになっちまったら、もう二度と再生することはできない」
その言葉の重みに、ユヅキは息を呑んだ。
彼らはプラモデルでも、不老不死の化け物でもないのだ。
頭(記憶と思考)と、心臓(魂)。
その二つの急所を抱え、いつか訪れる確実な「死」のリスクを背負って生きている。ただ、理不尽な部位欠損という生肉のバグを克服しただけで、命の尊さや有限性は、元の世界となんら変わらない。
(……なんだ。彼らの方が、よっぽど真摯に命を生きてるじゃない)
ユヅキの中で、静かに、だが確かな決意が固まる音がした。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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