『デジタル・ステップ』 第5話
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それでは、本編をお楽しみください!
編入から三ヶ月が過ぎ、季節は容赦のない夏を迎えていた。
グラウンドに降り注ぐ強烈な日差しの中、体育の授業で長距離を走り終えた生徒たちは、皆一様に肩で息をし、玉の汗を流していた。
「あー……死ぬ。マジで暑い……」
木陰にへたり込み、スポーツドリンクを一気飲みするクラスメイトの男子、ケント。彼の額からは滝のように汗が流れ、体操着はぐっしょりと濡れている。
その様子を少し離れた場所から見ていたマナミが、信じられないというように顔をしかめた。
「ねえ、なんでアイツら汗かいてんの? 機械のくせに、わざわざ汗かく機能とかつけてんの? 意味わかんなくない?」
「ほんとそれ。なんか……生身の真似事してるみたいで余計キモいんだけど」
シオリも同意して、持っていたタオルで自分の首元を拭う。
「真似事じゃないよ。必然でしょ」
呆れたように口を挟んだのはユヅキだった。
「脳のCPUも、タンパク質と金属のハイブリッド器官も、駆動すれば当然熱を持つ。排熱制御をしなければ熱暴走を起こすんだから、気化熱を利用した『発汗』は最も理にかなった冷却システムじゃん」
「だとしてもさぁ」とマナミが唇を尖らせる。
「この前なんか、隣のクラスで風邪が流行って学級閉鎖になったじゃん。機械がウイルスに感染するとか、設計ミスすぎない?」
「自然環境を舐めすぎだよ。生体パーツを使ってる以上、それに寄生して進化するバグ(細菌)がいるのは当たり前。彼らは完璧な機械になりたいわけじゃないの。生身の良さを残したまま、アップデートしてるだけ」
ユヅキがそう言い返した直後だった。
グラウンドの端で、金属製の重いトンボ(グラウンド整備用の器具)を片付けていたケントの頭上から、古くなった防球ネットの巨大な鉄柱が、固定具を外れて倒れてきた。
「危ないッ!」
誰かが叫ぶのと同時、鈍い破砕音が響いた。
逃げ遅れたケントの左腕が、数百キロの鉄柱の下敷きになり、肘から先が完全に『潰れ』ていた。
「ヒッ……!」
シオリが悲鳴を上げ、マナミはあまりの惨状に腰を抜かす。
赤い血液(あるいはそれに極めて近い生体液)がグラウンドの土を黒く染め上げていく。どう見ても切断不可避の、取り返しのつかない重傷だった。
だが、当のケント本人は、脂汗を流して顔をしかめてはいたものの、パニックには陥っていなかった。
「いっったぁ……最悪。やっちまった」
「おいケント、大丈夫か!」
駆け寄ってきた体育教師が、数人がかりで鉄柱を持ち上げる。ぐしゃぐしゃになった左腕を引き抜かれたケントは、深くため息をついた。
「あーあ、完全に神経回路まで潰れてますね。これ、再生にどれくらいかかります?」
「遺伝子情報のロードと部位培養からだから……まあ、最低でも三日はバイオポッドの中で絶対安静だな」
「マジすか。週末のバスケの試合、出たかったのになぁ」
激痛に顔を歪めながらも、そこに『腕を失った絶望』は一切なかった。
彼はただ「数日間の不便」を嘆いているだけだった。教師もクラスメイトたちも、ひどい捻挫でもしたかのような態度で彼に肩を貸し、保健室へと歩いていく。
その光景を、シオリとマナミはガチガチと歯を鳴らして見つめていた。
「な、なに……アレ。腕、潰れてたよね? 治るの? 生えてくるの……?」
「化け物じゃん……やっぱり、アイツら人間じゃない……!」
恐怖で泣き出しそうな二人を尻目に、ユヅキは静かにグラウンドの血溜まりを見つめていた。
彼らは痛みを感じる。汗をかき、熱を出し、怪我をすれば血を流す。
けれど、致命的な欠損さえも遺伝子情報から完璧に再生してみせる。アナログの脆弱性を克服し、けれど生命としての営みは決して捨てていない。
(なんて、美しくて合理的なんだろう)
ユヅキの中で、元の世界への未練という名のノイズが、完全に消滅した瞬間だった。
お読みいただきありがとうございます。
アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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