『デジタル・ステップ』 第27話 「初詣とそれぞれの願いごと」
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吐く息が白く染まる、深夜の神社。
参道にずらりと並んだ提灯の明かりが、初詣に訪れた大勢の人の波をオレンジ色に照らし出していた。
「おーい! こっちこっち!」
鳥居をくぐってすぐの場所で、ケントが大きく手を振っていた。その横には、紙コップを持ったタクトと、見惚れるほど色鮮やかな赤い牡丹柄の着物に身を包んだリナが立っている。
「うわぁ……リナちゃん、すっごい綺麗! めっちゃ似合ってる!」
駆け寄ったマナミとシオリが、リナを囲んで歓声を上げた。
「えへへ、ありがとう。おばあちゃんが着付けしてくれたんだ。三人とも、寒くない? ホッカイロ持ってる?」
リナは着物の袖を気にしながら、ふんわりとした笑顔を向ける。
「ホッカイロお腹と背中に貼ってきた! ていうか、私たちもやっぱり着物着たかったなー」
「お前ら、さっきまでこたつで泥になってたくせに着付けなんて間に合うわけねーだろ。ほら、マナミ、念願のりんご飴」
ケントが、手のお椀に持っていたりんご飴をマナミに差し出す。
「わぁっ、ケント神! ありがとー!」
「俺にも感謝しろよ、屋台並んだの俺だからな。ケントはずっとたこ焼き食ってただけだし」
タクトが不満げに口を挟むと、「お前だってベビーカステラ一袋食ってただろ」とすかさずケントが言い返す。
さっきまで部屋で涙を流していたのが嘘のように、三人の心はあっという間にお祭り騒ぎの熱気に引き込まれていった。
冷たい夜風も、周囲の喧騒も、友人たちと交わすくだらない言い合いも、すべてが心地よい。
「よし、じゃあお参り行こっか。列、結構進んでるみたいだし」
ユヅキの言葉に頷き、六人は連れ立って本殿へと続く列に並んだ。
玉砂利を踏む音と、遠くで響くお囃子の音色。
ゆっくりと進む列の中で、他愛のない学校の噂話や、冬休みの宿題の進み具合について笑い合う。誰一人として「自分たちの身体の作りの違い」なんて気にしていない。ただの同級生として、新しい年の幕開けを共有している。
やがて、大きな賽銭箱の前へと辿り着いた。
六人横並びになり、それぞれがポケットや財布から硬貨を取り出す。
ユヅキは、五十円玉を賽銭箱へと投げ入れた。
カラン、と小気味良い音が鳴る。
深く二度お辞儀をして、胸の前で二回、柏手を打つ。
パン、パンと、六人分の乾いた音が冬の夜空に響き渡った。
(神様……)
目を閉じ、両手を合わせたユヅキは、心の中で静かに語りかけた。
一年前の自分なら、間違いなく「元の世界に帰れますように」と祈っていただろう。
理不尽なエラーがないこの世界に怯え、生身である自分たちの不確かさに絶望し、ただただ慣れ親しんだ過去へと逃げ帰ることだけを願っていた。
けれど、今は違う。
(どうか、この時間が、少しでも長く続きますように)
ケントがふざけて笑い、マナミがそれに怒り、リナとタクトが照れくさそうに微笑み合い、シオリが呆れたようにツッコミを入れる。
その輪の中に、自分が当たり前のように居られること。
いずれ訪れる「老い」という抗えない運命が、今はまだこの温かい日常を壊さないでいてくれること。
奇跡なんていらない。元の世界に帰る魔法もいらない。
ただ、明日も明後日も、彼らと一緒に笑って、他愛のないことで悩んで、肉まんを買い食いして帰る。そんな「普通の日々」が続くことだけを、ユヅキは強く、強く祈った。
「……よし、お参り完了!」
顔を上げたマナミが、満足そうに両手をポンと叩いた。
「マナミ、お前やけに祈るの長かったけど、何お願いしたんだよ」
列を抜けながらケントがからかうように聞く。
「決まってるでしょ! 『どれだけ食べても絶対に太らない体質になりますように』だよ!」
「それ神頼みでどうにかなる次元じゃねーだろ! 物理法則舐めんな!」
「そういうケントくんは何お願いしたの?」
シオリが尋ねると、ケントはドヤ顔で胸を張った。
「俺か? 俺は『次の期末テストで、勉強しなくてもヤマが全部当たりますように』だ!」
「最低! 煩悩の塊じゃん!」
「タクトくんは?」
リナが上目遣いで尋ねると、タクトは少し頬を掻きながら「んー、まあ、今年も楽しくゲームできたらいいなって……」と誤魔化すように目を泳がせた。その態度に、マナミとシオリが「絶対嘘だ!」「ほんとはリナちゃんと上手くいきますようにって祈ったんでしょ!」と一斉に囃し立て、タクトが「声でけぇよ!」と慌てて二人の口を塞ごうとする。
「ユヅキちゃんは、何をお願いしたの?」
リナが、不思議そうに微笑みながらユヅキを見た。
「私? 私はね……」
ユヅキは、騒ぎながら歩くケントたちを見て、ふっと柔らかく笑った。
「みんなで一緒に、無事に進級できますようにって」
「うわっ、ユヅキ優等生! ケント、ちょっとは見習いなよ!」
「うるせー! 俺だって進級はしたいわ!」
境内に、六人の笑い声が弾ける。
新しい年の始まり。冷たい空気の中で吐き出す息は白く、手先はかじかんでいるけれど、胸の奥には確かな熱が灯っていた。
「よし、次はおみくじ引こうぜ! 誰が一番運いいか勝負な!」
「負けた人、帰り道に全員分の温かい飲み物奢りだからね!」
走り出すケントとマナミの背中を追いかけて、ユヅキも玉砂利を蹴って駆け出した。
遠い故郷の空はここからは見えないけれど、今、自分の足元にあるこの世界が、どうしようもなく愛おしかった。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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