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『デジタル・ステップ』  作者: さらん


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『デジタル・ステップ』 第23話 「正しい老いとイルミネーション」

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

それでは、本編をお楽しみください!


「うわぁ、駅前のツリー、今年めっちゃ大きい!」

「ほんとだ! リナちゃん、タクトくん、早く早く!」


クリスマスシーズンの喧騒に包まれた駅前広場。

巨大なモミの木に飾られたシャンパンゴールドのイルミネーションを見上げ、マナミとシオリが歓声を上げる。リナとタクトもそれに続き、ケントが「お前ら迷子になんなよ」と後ろから歩いていく。


ユヅキは少しだけ遅れて歩きながら、その光景を微笑ましく眺めていた。

ふと、ユヅキの視界の端に、ツリーを見上げて寄り添う一組の老夫婦の姿が映った。

上品なグレーのコートを着た初老の男性と、その腕にそっと手を添える、柔らかな白髪の女性。

二人の顔には、長い年月をかけて刻まれた深く穏やかな皺があり、その瞳はイルミネーションの光を受けて優しく細められている。


(……そうだよね。彼らも、ちゃんと老いるんだ)

ユヅキは、立ち止まってその老夫婦を見つめた。

この世界に来たばかりの頃、ユヅキは「機械の身体=不老不死のサイボーグ」だと勝手に思い込んでいた。しかし、彼らの身体は金属の骨格を埋め込んだような無骨でロマンのないものではない。

細胞の隅々にまで浸透し、タンパク質と完全に融合した、極めて高度なナノテクノロジー。

それが彼らの身体の正体だった。

遺伝子情報に沿って正しく細胞分裂を繰り返し、十代の成長期を経て、やがて成熟し、ゆっくりと老境へと向かっていく。白髪も生えれば、顔に皺も刻まれる。


しかし、決定的な違いがあった。

老夫婦の背筋は、見惚れるほどスッと美しく伸びている。

彼らの体内を巡るナノマシンは、遺伝子レベルの「自然な老い」を許容しつつも、軟骨の摩耗や筋力の致命的な低下といった「構造的な崩壊」を完璧にサポートしているのだ。

内臓疾患やガン細胞、認知の濁りといった理不尽なエラーも、ナノマシンの働きと定期メンテナンスで完全に排除されている。誰も腰を曲げず、杖もつかず、痛みに顔を歪めることもない。誰もが背筋を伸ばしたまま、ただ『健康に、穏やかに老いていく』ことができる。

この世界ではそれが当たり前だからこそ、誰もその美しい姿勢に違和感を抱かない。


「綺麗ですね」

「ええ、本当に」


老夫婦が顔を見合わせて微笑み合う姿には、長い時間を共に歩んできた者だけが持つ、ノイズのない絶対的な平穏があった。

ユヅキは自分の震える手を、コートのポケットに深く突っ込んだ。

彼らの「老い」は、完璧にデザインされ、見えないテクノロジーに守られた安全な道のりだ。


対して、自分たち『生肉(オリジナル)』の老いはどうだろうか。

今はまだ10代だから、筋肉痛が数日長引く程度で笑っていられる。

しかしこの先、20代、30代、そして老後を迎えた時。この100%有機物の身体は、自分でも制御できない速度で確実に劣化していく。


ナノマシンのサポートがない細胞は容赦なく崩壊し、関節はすり減り、腰は曲がり、未知の病が静かに増殖していく。それをスキャンして取り除いてくれる最新の医療システムはこの世界には存在しない。自分たちは、いつ爆発するかわからない時限爆弾を抱えたまま、暗闇の中を手探りで、惨めに老いていかなければならないのだ。


「ユヅキ! なにボーッとしてんの! 写真撮るよー!」


ツリーの下から、マナミが大きく手を振っている。


「あ、うん! 今行く!」


ユヅキは老夫婦から視線を外し、友人たちの元へ小走りで向かった。


「はい、チーズ!」


ケントの掛け声で、スマートフォンのカメラに全員の笑顔が収まる。

画面の中で笑うマナミもシオリも、今はまだ、輝くような若さと体力を持っている。だからこそ、自分たちが抱えている「サポート切れの旧式ハードウェア」という致命的なリスクから目を逸らすことができているのだ。


(……このままでいいって、思ってたけど)

ツリーの眩しい光の中で、ユヅキの胸の奥に、かつて保護局で感じたあの冷たい焦燥感が再び頭をもたげた。

楽しい高校生活。優しい友人たち。この温かい日常が永遠に続けばいいと思っていた。

けれど、自分たちだけは、この穏やかな世界から少しずつ、確実に「無慈悲な肉体の崩壊」によってこぼれ落ちていく運命にある。


「……ねえ、マナミ、シオリ」

「ん? なに?」

「……ううん。ケーキ、早く買いに行こっか」


口に出しかけた言葉を飲み込み、ユヅキは無理に笑顔を作った。

彼女たちがこの残酷な真実に気づくのは、まだ少し先でいい。せめて、この温かいクリスマスの間だけは。

冷たい冬の風が吹く中、ユヅキはポケットの中の自分の拳を、誰にも気づかれないように強く握りしめていた。


お読みいただきありがとうございます。


アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。


もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉(オリジナル)であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の☆から応援していただけますと、作者の生身の肉体(ハードウェア)の執筆エネルギーに直結します。


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