『デジタル・ステップ』 第21話「期末テストと変わらない中身」
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放課後の図書室は、暖房の微かな稼働音と、ペンの走るカリカリという音だけが支配する、重苦しい空間と化していた。
期末テスト一週間前。
それは生肉であろうとハイブリッドであろうと、学生という生き物にとって等しく憂鬱で、最も逃げ出したくなる過酷な期間である。
「……あーもう、ダメ。英単語がゲシュタルト崩壊してきた。なんで昔の人間は、似たようなスペルで全然違う意味の言葉を量産したの……」
マナミがシャーペンを放り出し、机に突っ伏して恨めしそうに呻いた。
その隣では、シオリが日本史の用語集で顔を覆ったまま、念仏のようにブツブツと年号を唱え続けている。
「ほんとそれ。っていうか、ケント、さっきから貧乏ゆすりうるさい」
マナミがジト目を向けると、向かいの席で頭を抱えていたケントが、泣きそうな顔で顔を上げた。
「わりぃ……。でもマジでわかんねぇんだよ、この物理の応用問題。公式は全部頭に入ってんのに、なんでこの答えになるのか全然納得いかねぇ。教科書三回読んだのに意味不明だわ」
ケントは自分の頭をガシガシと掻きむしり、問題集を睨みつけている。
「ケントくん、そこはもう『そういうもん』として解き方丸暗記するしかないよ。私も数学は半分諦めてるもん」
リナが大きなため息をつきながら、自分のノートをパタンと閉じた。
「それより私、現国(現代文)がほんと無理。『この時の筆者の気持ちを答えよ』って、知るわけないじゃん! だったら最初からそうやって文章に書いといてよって思わない!?」
「わかる! わざわざ回りくどい表現して問題にすんなって感じだよね!」
マナミが激しく同意し、二人は「ねー!」と愚痴で意気投合し始めた。
そのやり取りを見て、ユヅキは数学の問題集から顔を上げ、思わずクスッと笑い声を漏らした。
「ユヅキ、なに笑ってんの。こっちは真剣に赤点かかってんのに」
ケントが恨めしそうに言うと、ユヅキは「ごめんごめん」と手を振った。
「なんか、安心したなって思って」
「安心?」
ユヅキは手元のシャーペンをくるくると回しながら、目の前のクラスメイトたちを見渡した。
いくら身体が最適化されていて、病気もせず、疲労も一晩で完璧にリセットされるバケモノみたいなスペックを持っていても。
彼らはやっぱり、ただの高校生なのだ。
難しい問題にイライラして、勉強に飽きて、理不尽な国語の問題に文句を言って、すぐにサボる口実を探そうとする。
その中身(思考回路)は、生身である自分たちと何一つ、一ミリも違わない。彼らの頭の中にあるのは、冷たいAIのプログラムなんかじゃなく、間違いなく自分たちと同じ「人間の心」なのだ。
「……ねえ。もうこれ以上、情報が入るスペースないんだけど。私の脳みそ」
マナミが焦点の合わない目でぽつりと呟いた。
「奇遇だな、俺の頭も今、完全にショート寸前だわ。もう限界」
ケントも死んだ魚のような目で同意する。
二人の様子を見て、ユヅキは問題集を閉じた。
「よし。じゃあ、今日の勉強会はここまで。脳みそに糖分補給しに行こう」
「賛成! 駅前のクレープ!」
「俺、甘い炭酸一気飲みしたい……」
「タクトくん、それ絶対お腹壊すよ」
さっきまでの重苦しい空気はどこへやら、図書室を出る彼らの足取りは嘘のように軽かった。
テストの点数に怯え、勉強の苦しみを分かち合い、そして甘いものに逃避する。
ハードウェアの決定的な差など入り込む隙もないほど、彼らの中身は同じで、彼女たちの時間は、どこにでもある平凡で愛おしい学生生活に染まりきっていた。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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