『デジタル・ステップ』 第20話「持久走とシンクロ率」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
冬の体育の風物詩といえば、いつの時代も、どの世界でも決まっている。
「……ハァッ……ハァッ……むり、もう、肺が……!」
冷たい空気が喉を焼き、口からは絶え間なく白い息が吐き出される。
学校の外周を走る持久走の授業。マナミは顔を真っ赤にして、脇腹を押さえながらゾンビのような足取りになっていた。シオリもその横で、無言のまま虚空を見つめて足を動かしている。
「マナミちゃん……ハァッ……シオリちゃん、ファイトー! あと二周……!」
その横を並走するリナもまた、額に汗を浮かべ、荒い息を吐いていた。
彼女の頬は寒さと運動で赤く染まり、その息遣いには明らかな「疲労」が混じっている。
「リナちゃん……ハァッ……なんで、機械なのに……そんなマジメに走るのよ……ッ」
「機械じゃないもん……ハァッ……ちゃんと生体筋肉あるし! 負荷かけないと、細胞が成長しないし、金属骨格とのシンクロ率も落ちちゃうんだから……ッ!」
リナは必死に腕を振りながら答えた。
そう、彼らの身体は完全な無機物ではない。遺伝子情報に基づいて「成長」するためには、人間の筋肉と同じように物理的な負荷を与え、筋繊維を破壊しては修復するというプロセスが絶対に不可欠なのだ。だからこそ、学校のカリキュラムには体育が組み込まれ、彼らも等しく「疲労」と戦っている。
「おらー! タクト、お前ペース落ちてんぞ!」
「ハァッ……うるせえ、ケント! 俺はさっきから、右膝のモーターとふくらはぎの筋肉の同期がズレてんだよ……ッ!」
横を駆け抜けていく男子たちの集団も、決して余裕ではない。
ケントもタクトも、滝のような汗を流し、肩で息をしながら、それでも負けじとデッドヒートを繰り広げている。エネルギー残量と酸素供給の限界ギリギリを攻めている彼らの姿は、スポーツに打ち込むただの男子高校生そのものだった。
「みんな……ハァッ……ほんと、馬鹿みたい……」
限界を迎えたマナミの悲鳴をBGMに、ユヅキもまた、重たい脚を引きずりながら走っていた。
吸い込む空気が冷たすぎて喉が痛い。心臓は肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打ち、全身の筋肉が「もう止まれ」と悲鳴を上げている。
しかし、ユヅキの心の中には、不思議な安堵感があった。
彼らは完璧なスペックを持ったバケモノではない。自分たちと同じように息を切らし、汗をかき、苦しさを乗り越えて身体を作っている。その事実が、埋めようのないと思っていた彼らとの「壁」を、ほんの少しだけ低くしてくれているような気がしたのだ。
「もう……絶対、一歩も動けない……」
ついに規定の距離を走り切り、ゴール地点の芝生に雪崩れ込むように倒れ込んだ三人。
ほぼ同時にゴールしたリナも「ああぁ……脚が、鉛みたい……」と芝生に座り込み、タクトやケントに至っては「酸素……酸素くれ……」と大の字になって天を仰いでいる。
「……ねえ、マナミ」
冬空を見上げながら、ゼーゼーと荒い息を繰り返すシオリが、隣で伸びているマナミに声をかけた。
「なに……」
「走り終わった後の空気って……なんでこんなに美味しいんだろうね……」
その言葉に、マナミは「わかる……」と力なく笑い、横にいたリナも「ほんと……生き返る……」と深く息を吸い込んだ。
完璧にデザインされた身体だろうと、旧式の生肉ハードだろうと関係ない。
限界まで走って、息を切らして、芝生に倒れ込んで見上げる冬の空の高さは、全員にとって等しく同じものだった。
「あーあ、早く体育終わんないかな。購買で肉まん買お……」
「マナミ、あんたさっき『胃が揺れて吐きそう』って言ってたじゃん」
「いいの! 消費したカロリーを取り戻すの!」
「俺にもピザまん奢って……」
苦しげな、けれどどこか清々しい笑い声が、冬の冷たい風に溶けていく。
圧倒的なスペック差があるはずなのに、同じように疲れて、同じように肉まんを求める。彼女たちの「ありふれた高校生活」は、違いすらも笑い飛ばしながら、どこまでも平和に続いていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の☆から応援していただけますと、作者の生身の肉体の執筆エネルギーに直結します。




