『デジタル・ステップ』 第19話 「月曜日の筋肉痛」
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月曜日の朝。教室の扉を開ける三人の足取りは、まるで鉛を引きずっているかのように重かった。
「おはよー……」
死に絶えそうな声で挨拶したマナミは、ロボットのようなぎこちない動きで自分の席まで歩き、そのまま机に突っ伏した。シオリもまた、足を引きずるようにして椅子に座り込み、「もう一歩も動きたくない……」と怨嗟の声を上げている。
「おっはよー! あれ、三人ともどうしたの? 朝から出力低いね」
窓際の席からリナが、花が咲いたような完璧な笑顔で手を振ってきた。その横では、ケントがいつも通り軽快な動きで黒板の当番表を書き直している。
「出力低いっていうか……筋肉痛だよ。ふくらはぎとか、太ももとか、もう全身バキバキ……」
マナミが机に頬を押し付けたまま恨めしそうに答えると、ケントが不思議そうに首を傾げた。
「筋肉痛? ああ、生体繊維の微小断裂による炎症反応か。でもそれって、土曜日の話だろ? 昨日丸一日スリープモード(睡眠)に入って休んでたのに、まだ修復終わってないの?」
「終わるわけないじゃん! むしろ生肉の筋肉痛は、二日目からが本番なんだよ!」
理不尽な人体の仕様にキレるマナミ。
「へええ、二日遅れでエラーを吐くんだ。なんか時限爆弾みたいで面白いね」
と、リナは全く悪気のない、純粋な感心の声を上げた。
彼らには『筋肉痛が何日も長引く』という概念がない。パーツが損傷したり疲労が溜まったりしても、自己修復機能が睡眠中に完璧にエラーを潰し、翌朝にはベストコンディションにリセットしてくれるからだ。
そこへ、「おっす、おはようさん」と、隣のクラスからタクトが顔を出した。
「タクトくん……!」
シオリが顔を上げる。遊園地のあの日、タクトはリナに引きずり回されて絶叫マシンを三連続で制覇し、最後はベンチで白目を剥いて完全に「システムダウン」していたはずだった。
しかし今の彼は、憑き物が落ちたように爽やかな顔をしている。
「タクトくん、ジャイロセンサーは……? あんた、あの日完全にゲロゲロのポンコツになってたのに」
「あー、あれな。日曜日に姿勢制御のキャッシュ全部クリアして、三半規管のパッチ当て直したら一発で直ったわ。今はもう絶好調。なんなら今日もジェットコースター乗れるぜ」
タクトはニカッと笑ってサムズアップした。
「……ずるい」
マナミとシオリが同時に呻いた。
あんなに酷い目に遭っていたタクトでさえ、システムを再起動すればあっという間に100%の『新品』に戻ってしまう。対して自分たちは、楽しかった休日の『領収書』として、だるさと痛みを全身に背負いながら、一週間の始まりという憂鬱な月曜日の授業を受けなければならないのだ。
「はいはい、ホームルーム始まるよ。マナミ、立って」
ユヅキが苦笑いしながらマナミの肩を軽く叩く。
「いっ……! ユヅキ、叩かないで! 肩甲骨周りがヤバいの!」
「ごめんごめん」
ユヅキ自身も、実は階段を登るたびに太ももが悲鳴を上げていたし、冷たい海風に吹かれたせいか少し喉の奥がイガイガする。
生身の身体は、楽しさの前借りをした分だけ、後できっちりと痛みを請求してくる。
(ほんと、面倒くさいハードウェア……)
自分の凝り固まった首筋を揉みながら、ユヅキは小さくため息をついた。
彼らのような完璧な修復機能があれば、この月曜日の重だるい憂鬱から解放されるのに。
それでも、悲鳴を上げる筋肉の痛みは、土曜日の遊園地がいかに楽しかったかを証明する確かな余韻でもあった。
「あーあ、早く次の土日にならないかなぁ……」
マナミの心底だるそうな呟きに、シオリもユヅキも無言で頷く。
窓の外には、抜けるような冬の青空。
重たい身体と、憂鬱な月曜日。これもまた、人間らしさという名の、鬱陶しくも愛すべきノイズなのだと、ユヅキはチョークの音に微睡みながらぼんやりと考えていた。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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