『デジタル・ステップ』 第18話 「海風とだるま装備」
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土曜日の朝。海沿いにあるテーマパークのメインゲート前は、吹き付ける容赦のない冬の海風によって、立っているだけでも体温が奪われる過酷な環境と化していた。
「……さっむ。マジで無理。耳ちぎれる」
「だから言ったじゃん。海沿いの風舐めんなって……」
待ち合わせ場所に立つマナミとシオリは、まるで二体の雪だるまだった。
ヒートテックの重ね着に、分厚いセーター、さらに足首まであるベンチコートを羽織り、マフラーで目元以外をぐるぐる巻きにしている。可愛さなど完全に投げ捨てた、純度100%の生存戦略スタイルだ。ユヅキも二人ほどではないが、ダウンジャケットのポケットにホッカイロを二つ忍ばせて震えていた。
「おーい、待たせたな!」
「ごめーん、三人とも早いね!」
声がした方を振り向くと、駅からリナと、タクト、そしてなぜかケントの三人が手を振って歩いてくるのが見えた。
その服装を見て、生身の三人は絶望的な敗北感を味わうことになった。
リナは淡いピンクの薄手のチェスターコートに、なんとショートパンツとタイツという出で立ち。ケントに至っては、秋口に着るような薄手のレザージャケットを前開きのまま羽織っているだけだ。
「……ねえ、嘘でしょ。寒くないの?」
マナミが恨めしそうにリナの脚を指差す。
「うん? ああ、今朝から足元の循環ヒーターの出力マックスにしてるから、温泉に浸かってるみたいにポカポカだよ。マナミちゃんたち、すごい着込んでるね。コロコロしてて可愛い!」
「可愛いはいいけど、肩こって死にそうなんだよ……」
「お前ら、完全に越冬するマタギじゃん」
ケントがゲラゲラと笑いながら、ユヅキのダウンジャケットをツンツンと突いた。
「笑い事じゃないってば。ケント、あんた本当にその格好で平気なわけ?」
ユヅキがジト目で睨むと、ケントは「おう、触ってみろよ」と自分の手を差し出してきた。
手袋もしていないその素手に触れると、ハッとするほど温かかった。まるで淹れたての缶コーヒーを握っているような、じんわりとした熱が皮膚の下から伝わってくる。
「うわ、めっちゃ温かい……」
「だろ? 俺の排熱システム、かなり優秀だからな。あんま寒いならカイロ代わりに手繋いどいてやるよ」
ニヤッと笑うケントに、ユヅキは「はいはい、セクハラで保護局に通報するね」と冷たく返し、マナミとシオリが爆笑した。
そんな和やかな(そしてスペック差を残酷に見せつけられる)やり取りの中、ただ一人、タクトだけがゲートの奥にそびえ立つ巨大なジェットコースターを見上げて、顔を青ざめさせていた。
「……なぁ。あれ、今日点検で運休とかになってないかな」
「なってないよ! さっきアプリで見たら通常運行だったし! タクトくん、最初にあれ乗ろうね!」
リナがタクトの腕に嬉しそうに抱きつく。
「リ、リナちゃん……俺、ほんとにジャイロが……」
「大丈夫! 三半規管の感度落としてきたんでしょ? 私が手繋いであげるから!」
有無を言わさぬリナの笑顔に、タクトの魂が口から半分抜けかけている。
「あいつ、今日で廃車になるかもな」とケントが同情するような、面白がるような声で呟き、三人はまたお腹を抱えて笑った。
ゲートをくぐり、園内に入ると、ホリデーシーズン特有の華やかな音楽と、甘いチュロスの匂いが冷たい空気を彩っていた。
「よーし、まずは絶叫系制覇するよ! タクトくん、行こ!」
「ああっ、待って、せめて最初はメリーゴーランドとかでジャイロの準備運動を……!」
悲鳴を上げるタクトを引きずりながら、リナが先頭を切って駆け出していく。
「あはは、タクトくんマジで可哀想! ユヅキ、私たちも行こ!」
「マナミ、走ったらコート重すぎて転ぶよ!」
シオリとマナミも、寒さなど忘れたようにキャッキャとはしゃぎながら、二人の後を追って走り出した。
ケントが「お前らペース配分考えろよ、生肉なんだから!」と笑いながらその後を追う。
ユヅキはダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、少しだけ後ろを歩きながら、その賑やかな背中を見つめていた。
機械の彼らは、寒さ知らずで軽やかに笑っている。
生身の彼女たちは、だるまのように着膨れして不格好に走っている。
決定的に違うはずの二つの種族が、今は同じ冬の青空の下で、同じように遊園地のアトラクションにはしゃいでいる。
(ああ、楽しいな)
ポケットの中のホッカイロの熱を確かめながら、ユヅキは小さく白い息を吐いた。
冷たい風が頬を刺すけれど、心の中には、この世界に来てから一番穏やかで、混じり気のない温かい喜びが満ちていた。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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